そうだ、八百屋いこう。
前世の記憶を思い出してから初めての外出だけど……、改めて、この国がカオスだわ……。
まず、この国の言葉は、ゴリゴリの日本語だ。
元日本人による一人語りだから日本語だと思ってたでしょ? 違うのよ。母国語なのよ。
つまり、聖セーン語=日本語。
だって日本の同人ゲーだから! 英語版とか出てなかったから!
『布団が吹っ飛んだ』が通じる異世界。……いや、言わないけど、こんなダジャレ。
王都のほぼ中心地、少し高くなっている場所にお城があるけど、その城がどう見ても浦安にあるネズミ国のシンボルの『あの城』だ。白っぽい石造りで、水色の屋根の、アレ。の豪華版。
……多分、作者さんが背景描く時、あの城を参考資料にしてたんだろうね。あそこにマジで王様住んでんだぜ? 笑うだろ? 「ハハッ」とか、甲高い声で笑ってもいいんだぜ?
そして、通貨単位は『円』だ! やったぁ、分かり易ぅい!
経営ゲームとして、理解しやすくはあるけども! そこは何か『ゴールド』とか『ギル』とか『キャップ』とか、色々あんじゃん……。
おかげでお嬢の割には金銭感覚あると思うわ、私……。物価もほぼ日本だもの。
お金の種類も、一円、五円、十円……と全く同じ種類のコインがあって、千円、五千円、一万円の紙幣がある。しかもデザインに見覚えしかない。『日本国』とか『日本』て入ってる部分を全部『聖セーン』に変えて、偉人の肖像画も変えたらバッチリ。
……偽札感、ハンパない。子供銀行のお札みたい……。
そんで、一年365日で、四年に一度うるう年があって、現在は『創世歴2021年』。
何か所、突っ込みたくなったー? 私、全部ー。
でも突っ込んだら負けなのー。だってこれ、私にとっては現実だからー。
さて、そんな『突っ込んだら負け』な世界、聖セーン王国な訳だが。
……突っ込ませてくれ。
商店街がマジで日本の商店街なの、何でだよォ!
真っ直ぐな道の両脇に、いろんなお店が軒を連ねている。そして、道路にはみ出すのぼり、看板、ワゴン……。
商店街の入り口にはアーチがあり、『王都商店街三丁目』と丸ゴシックで書かれている。
もーちょい凝ったフォント使いなよ、作者さん! 丸ゴシックて!
何だろう……。もう色々、馴染み感しかない……。無駄に落ち着く、ここ。
あ、たい焼き屋さんある。いいなー、食べたいな。一個150円かー。
食文化、めっちゃ日本。今まで違和感とか持ってなかったけど。前世の記憶を思い出してしまったがばっかりに、違和感しかねえ!
たい焼きて! 好きだけども! 買っちゃったけども!
たい焼きをもぐもぐしながら、商店街を歩く。
は? 「貴族のお嬢様は歩き食いなんてしない」?
うるせぇ。たい焼き、あったかい方が絶対美味しいじゃん。冷めても美味しいけど。
トースターであっためて、ちょっと放っといたら尻尾燃えてたの思い出した。すんごいどうでもいい話だけど。
愉快な商店街三丁目をてくてく歩く。
見えてきました八百屋さん! グリーンのアーケードに白抜き明朝体で店名が書かれてますよ!
『新鮮やさい・くだもの 八百セルシウス』
……作者さん……、もうこのゲーム、舞台を日本にしちゃった方が良かったんじゃない?
カオス度合いがおかしすぎるから……。
都合の良い事に、八百屋のはす向かいにオープンテラスのカフェがある。そこにお邪魔する事にした。
「あ。何かカップル割とかある。ケーキセット千五百円だって! これいいじゃない!」
「お嬢がチョコケーキを俺に譲ってくれんなら、考えない事もないっすね」
クッ……。
カップル割引のセットは、ドリンク二つとケーキが二つだ。ケーキはチョコとレアチーズ。
写真はどちらも美味しそうだ。
だが私は、チョコケーキが食べたい!
チーズケーキも好きだ。けれど、人には『チョコケーキ気分』な日が必ずある! そして今日がその日だ!
「フランツ、レアチーズにしときなよ。ホラ、チーズケーキ系とモンブランって、男の人でも好きな人多いじゃん」
「いや、そういう一般論とかどーでもいいんで」
「一般論、大事やぞ!?」
「そっすね。でも今はどーでもいいんで。……あ、すみません。このカップル割引のセットをお願いします」
話し合い、終わっとらんやろが! 何で勝手に頼んでんの!?
「ホラ、お嬢、飲み物何にすんですか?」
「アイスカフェオレで」
店員のお姉さんは「かしこまりましたー」と愛想よく言うと、店の奥へ戻って行った。
ケーキセットは結局、フランツと半分こする事にした。
ナイフできっちりと縦半分に分ける私を、フランツが何か言いたそうに見ている。
「……言いたい事あんなら、言いなさいよ」
「細けぇ」
即答かよ!
「こういうのはきっちりやっとかないと、禍根が残るでしょ!」
「ケーキで禍根て……」
は? 食い物の恨み程、恐ろしいモンはないでしょうが!
「禍根が残らないとか言うんなら、あんたが素直にチーズケーキ食べればいいのよ。私、チョコ食べるから」
「いや、それはないっすね」
ちょっとは譲れよ!
小さなケーキを縦に半分にし、ぺらっぺらになったのを食す。
あ、チーズケーキも美味しいじゃん。ソースがラズベリーなのかぁ。うん、甘酸っぱくていいじゃん。
「……お嬢」
呼びかけられてフランツを見ると、フランツは無言で顎をしゃくるように八百屋を示した。
なんじゃい? あとそのジェスチャー、お前の方が偉そうだからやめろ。
八百屋の方を見るとなんと、今まさにイベントが始まろうとしていた。
店先には、いかにも『僕、貴族です!』というキラキラの服装をした生鮮殿下――もとい、フリッシェス王弟殿下がいらっしゃる。流石、一ミリも隠れる気のない隠しキャラだ! 全くもって隠れてないし、忍んでない!
「……あれ、王弟殿下っすよね……?」
フランツの声が戸惑いまくっている。まあ、そうだろうな。
「そうね、どこから見ても王弟殿下だわね」
髪型から服装から、王宮に居ても違和感がないくらい、何処から見ても王弟殿下である。おかげで、商店街に居るという違和感が凄まじい。
その王弟殿下は、店先の品物をじっと見ているようである。何かお気に召したのだろうか。
生鮮殿下はちっちゃいイベントの宝庫なので、彼のイベントフラグが立っていても、まず分からない。
眺めていると、殿下は店先の見事なレタス(一玉)を両手で掲げる様に持ち上げた。
立派なレタスだ。丸々として、瑞々しい。
「なんと素晴らしいキャベツだろうか!」
朗々とした舞台俳優もかくやというお声が、ここまでばっちり届いた。
「……あれ、レタスっすよね?」
フランツの戸惑いがすごい。
「どっから見ても、立派なレタスだわね」
しかしな、フランツ君よ。世の中には一定数、レタスとキャベツの見分けがつかん人間がおるのだよ。まあ、間違って買ってこられたとしても、意外と何とかなるけどね。……メニューがお好み焼き以外なら。
「青々と瑞々しい! 実に美味そうではないか!」
それは同意しますよ、生鮮殿下。
朗々とレタスを褒め称える殿下。そこへ、いかにも貴族のお忍び風の青年が近寄ってきた。
「貴方は先ほどから、何を仰っているのです?」
肩の下あたりで緩く髪を束ねた、銀縁メガネのインテリ風イケメンだ。彼は公爵令息ラファナス君だ。生鮮殿下よりは忍んでいる風ではあるが、貴族オーラを隠しきれていない。
「あれ、公爵だか侯爵だかの嫡男でしたっけ?」
フランツに一発で見破られている。
「そうね。公爵家のご嫡男様だわね」
「王弟殿下に、公爵家の嫡男に……。そんな高位貴族が、なんでこぞって八百屋に来てんですか?」
「そこは突っ込んだら負けよ」
「……誰と勝ち負け競ってんです?」
「世界よ!」
ドーン!! と書き文字が入りそうな雰囲気で言った私に、フランツは暫し間をおいて「はぁ」と気の抜けた返事をした。
だから、その気の抜けた返事をやめんか!
「どこのどなたかは存じませんが、貴方は間違っている! それはキャベツではない!」
ラファナス君の声に、フランツが思い切り呆れた顔をした。
「どっから見ても王弟殿下にしか見えないんすけど、あれも突っ込んだら負けなんすか?」
その通りだ。
「キャベツでなければ、何だと言うのだ? 君はまだ若い。野菜の事など、何も知らないのだろう?」
「お前も知らねえじゃん……とかも、言っちゃダメなんすよね?」
フランツの呆れ顔が戻らない。
フランツもそこそこイケメンの部類なんだから、もっとしまった顔しときなよ。
「貴方よりは知っていますよ」
ラファナス君が、フッと鼻で笑う。
そして、生鮮殿下がお持ちのレタスを、ビシィっと指さした。
「それはキャベツではない! 白菜だ!!」
「形から違えし」
思わず突っ込んでしまった。
「お嬢、突っ込んだら負けなんじゃなかったんすか?」
ケーキを食べつつ言うフランツに、私はちょっと「ぐぬぬ……」となってしまった。
「そうなんだけど。白菜はないでしょ、白菜は」
「まあ、そっすねぇ。……寄せ鍋にレタス入ってたら、ちょっとテンション下がるかも知んねーすね」
「意外と、フツーにイケそうだけど」
嫌いな人も多いようだが、私はレタスの鍋などは嫌いではない。味噌汁も然りだ。
「これを白菜だと?」
生鮮殿下がフッと鼻で笑う。
どうでもいいけど、なんであんたら二人して、そう芝居がかってるん?
殿下はお持ちのレタスをそっと籠に戻すと、今度はキャベツを取り上げ高々と掲げた。それはあたかも、ライオンの王的な映画で、生まれた王の子をヒヒが掲げるシーンの如くである。
「先ほどのあれが白菜だというなら、これは何だと言うつもりかね!?」
勝ち誇っている。殿下、めっちゃ勝ち誇っている。
「……キャベツっすよね」
「キャベツだわね。『白菜買って来てー』って言って、キャベツ買ってこられても、まあ何とかなるんじゃない?」
「そういう問題っすかね?」
ラファナス君はというと、殿下がお持ちのキャベツを見て「クッ……」などと言っている。
何故そういうリアクションになるのかが、全く分からない。
そもそも、両方白菜じゃねぇし。
「……何か、人集まって来てますね」
「そうね……」
八百屋の店先で繰り広げられる意味不明のコントに、買い物客たちが足を止めてしまっている。
分かる。意味分からな過ぎて、見ちゃうよね。
ていうか、あの二人、フツーに営業妨害なのでは……。
そう思いつつも眺めていると、店内から女の子が出てきた。
「あ、あの子が店主っすね」
ほう! 彼女がヒロイン(八百屋)か!
「あの……すみません、お客様……」
おずおずと声を掛けるフローラちゃん。
流石は乙ゲーヒロイン。可愛らしい容姿をしている。ふんわりとした栗毛に、緑色のぱっちりとした大きな目が印象的だ。顔立ちは可愛らしく整っており、中背で華奢。……チッ、羨ましい……。
「……お嬢、なに舌打ちしてんすか?」
「あん?」
してねぇよ! 心の中でしかしてねぇよ!
「君は……、ここの店員だろうか……」
ラファナス君が、いきなりフローラちゃんにぽーっとなっている。早い。
流石『恋愛要素が邪魔』と言われたゲームだ。攻略対象が惚れるのが早い。
「そうですが……。すみませんがお客様方、お店の前で揉め事は困ります……」
そりゃそうだ。しかも内容が恐ろしくどうでもいい。
「店員なら丁度いい! 君! この野菜の名を、彼に教えてやってくれないか!」
やはり朗々と、舞台役者のような発声で言う殿下。
フローラちゃんは、ここからでも分かるレベルで迷惑そうな顔だ。
「……キャベツですが?」
フローラちゃんの言葉に、男二人が雷にでも打たれたかのようにビシッと固まった後、膝から崩れ落ちた。
え? 何が起こった?
「キャベツ……だと……?」
「何故……、白菜では……」
時期的に白菜はおいていないのだが、もしも店頭に白菜があったらどうなっていたのだろうか。
余計カオスになるだけか。
「あの、もういいでしょうか? 他のお客様のご迷惑にもなりますので……」
フローラちゃんの言葉に、二人は同時に立ち上がった。
殿下は手に持っていたキャベツを、そっと売り場に戻している。
「今日のところは、引き分けだな!」
何がだよ。
「ふん! そういう事にしておいてやろう!」
だから、何がだよ!
男二人は同時にフローラちゃんに向き直ると、やはり同時に礼をした。貴族の男性がやる礼だ。お前ら、忍ぶ気ねぇだろ。
「お騒がせして申し訳ない、レディ。今日のところはこれで……」
生鮮殿下がそう言うと、今度は公爵令息がフローラちゃんに微笑んだ。
「このお店は素晴らしい野菜ばかりだ。また寄らせていただきますよ、レディ」
その言葉を受けるフローラちゃんは、完全に目が死んでいる。彼女の「また来る気かよ」という心の声が、ここまで聞こえる気がする。
二人がそれぞれ別方向へと去ってしまうと、常連らしい女性がフローラちゃんに声をかけた。
「フローラちゃん、あのお貴族様たち、何だったの……?」
お貴族様って、バレバレやん。
いや、バレない方がどうかしてるレベルだったけども。
「何でしょうね……? パトロールの騎士様に言って、取り締まって貰えるでしょうか……?」
不審者扱い!! いや、完全に不審者か!
「騎士に言ったところで、相手が王弟じゃ無理っすよね」
「そうでしょうね……。あ、塩撒いてる」
フローラちゃんが、店先に塩をぺっぺっと撒き散らしている。
気持ちは分かるが、アイツらはまた来るぞ。お塩勿体ないから、やめなさい。
「……今日は帰ろうか、フランツ」
「ウィス」
相変わらず、やる気ねえ返事だな!
帰ってから、私はフローラちゃん(八百屋)宛てに手紙を書いた。
覚えている限りの勝手に起こるラファナス君イベントと、その回避方法だ。
まあ言っても、『回避方法』はほぼ全て『ガン無視』なんだけれども。
一部イベントは、特定の台詞や行動を起こす事で、延期(回避ではない)する事が可能なのだ。
それらを書き記し、フランツにお願いしてフローラちゃん(八百屋)に届けてもらう事にした。
イベントとしては見ごたえはあったが、あのドの付きそうな阿呆二人を相手にしなければならないフローラちゃんが、あまりに可哀想に思えたからである。
後日、手紙を届けてきたフランツが、手紙のお礼にとフローラちゃんから高級フルーツ詰め合わせを貰って帰ってくるのであった。