乙女ゲームの世界に転生したと思ったら、雑世界観なコメディ時空だった。
あ、やべ。これ『乙女ゲーム転生』だ。
階段を三段ほど気持ちよく落ち、手すりに頭をぶつけて気絶した。
そして寝て起きたら、色々な事を思い出していた。……で、冒頭である。
しかしよく考えたら、ヤバい事など何もなかった。何故なら私は、ゲーム内に影も形もないからだ。
モブですらない。
……いや、待てよ……? あ! 多分私、モブだわ! 多分私だろうってキャラ、見つけたわ!
そんじゃ、ヒロイン探さなきゃ。居るといいなぁ。うふ、うふふふふ……。
* * *
私は侯爵令嬢アントワーヌ。黄色っぽい金の髪に、真っ青な目の、少しキツイ顔立ちだ。しかも超ボリュームの髪は勝手に縦ロールになる、『天然パーマ型縦ロール』である。
……せめて、髪型くらい選ばせてよ……。いくら乙ゲー転生って言ってもさ……。天パ型縦ロールって何だよ……。しかもこの髪、めっちゃ頑張って伸ばしても、午後には勝手に縦ロールに戻ってる。どんだけだよ!
この度、前世の記憶を思い出したのだが、前世の性格と今の性格に大差がない為、誰も私に違和感などは持っていない。前世、今世共に『適当・大雑把・事なかれ』をヨシとする性格だ。
そして思い出したのは、この世界が乙女ゲームの世界であるという事だ。
まずこの国の名前が『聖セーン王国』。
別におかしくないじゃん、て思った? まあ、思っておけばいいわ。フッ(鼻で笑う)。
このゲームは結構人気があった。PC専売だったが、ダウンロード販売サイトでの購入者評価が『非常に好評』だった。
お値段はたったの千円。良心的だ。国内の同人ゲームだった。
このゲームについていたタグは『経営』『可愛い』『笑える』『恋愛シミュレーション』……。一応、開発者さんは『乙女ゲーム』と言っていたが、タグは正直だ……。真っ先に『経営』だ。
ヒロインは十七歳の女の子。デフォルトネームはフローラだ。苗字は選択制だった。ファーストネームと違い、セカンドネームは五つくらいから選択しなければならない。
同人ゲームでたった二人で作っていたらしく、音声はない。あったら多分、『笑える』がトップに躍り出ただろう……。しかも二人チームで一人は音楽しか担当していない。実質一人。
紙芝居的なアドベンチャーゲームではなく、四頭身くらいのキャラクターがちまちまアニメーションする、とても『可愛い』画面のゲームだ。そう、タグの二つ目の『可愛い』は、ヒロインの四頭身キャラの事である。
ヒロインは聖セーン王国でお店屋さんを経営している。そこへ条件を満たすと攻略対象が現れ、イベントフラグを立てて……という感じのゲームだ。
つまり、攻略対象とのイベントがない日は、お店を『経営』するゲームだ。
この経営パート、驚きのガチ仕様だった。しかもフツーに面白い。これだけで一本作れば良かったのでは……と思う程、経営シミュレーションとして出来が良い。
作者さんのブログ見てみたら、『長い事作りかけで放置していた乙女ゲームと、やっぱり作りかけでモチベ切れてた経営ゲーム、奇跡のフュージョン!!』らしいが……。
何故そこをフュージョンさせた!?
いや、某アトリエシリーズみたいに、経営的なのと友情イベント盛りだくさん!みたいな人気ゲームもあるよ!? だがしかし、だよ!
このゲームでヒロインが経営するお店というのが、『八百屋』『魚屋』『肉屋』から選択ってどういう事だよ!? そんでヒロインのデフォ名『フローラ』て! じゃあ、花屋でいいじゃん! ていうか花屋の方がいいじゃん、乙ゲー的に!
もうお分かりだろう。この国、聖セーン王国。……そう。つまり、『生鮮王国』だ。
ネタ国名が、私が現実として暮らしている国の名前だ。正式名称だ。笑うわ、そんなん!
攻略対象は四人。
生鮮王国の王太子マクレル殿下。公爵家の令息ラファナス。騎士団長の息子タウルス、そして隠れていない隠しキャラ王弟フリッシェス。
流石、もともと単独の乙ゲーの攻略キャラだった人々。肩書がキラキラしてる。
この四人が、生鮮食料品店で繰り広げるラブストーリー。
はっきり言って、カオスだった。
しかもこの作者さん、めっちゃ絵が綺麗だったから、カオス感マシマシだった。
攻略対象は、それぞれ現れる店が決まっている。王太子殿下は魚屋、公爵令息は八百屋、騎士団長の息子は肉屋、そして隠しキャラはどの店でも出る。……もーちょい隠れろや、隠しキャラ。
イベントもカオスだった。
魚市場の初競りに参加し、宝船をご祝儀価格で競り落とす王太子。そしてそれを喜ぶヒロイン。
キャベツとレタスの見分けがつくようになって感動する公爵令息。
豚の屠殺場へ見学に行き、「俺も騎士だ。見届けねばならん……!」と悲壮な覚悟を抱く騎士団長の息子。
変装もしてないくせに「実は私は現王の弟なのだ……」とか言い出す隠れてないキャラ。しかも全店舗共通で起こる。お前は隠れてろ。
経営パートが面白いだけに、「コイツら、クッソ邪魔臭ぇ……」と思いながらプレイする事になる。
しかも恋愛イベントが挟まる日は、お店を放置しなければならない。
それまでにアルバイトを雇っていればまだ大丈夫なのだが、それをしていなかった場合、休業にするしかない。痛手である。扱っているのが生鮮なので、一日臨時休業すると大分廃棄がでるのだ。
なので、このゲームの購入者レビューはこんな感じだった。
『攻略対象という名の邪魔者を、いかに上手く捌くかが腕の見せ所』
『可愛い本格経営シミュレーション。恋愛? 知らない子ですね』
『生鮮殿下、お隠れになって下さい(切実)』
などが多かった。
因みに『生鮮殿下』とは、王弟の事だ。彼の名前はドイツ語で『Frisches』、英語でいうところの『fresh』だ。つまり、新鮮や生鮮だ。故に彼はネットで『生鮮殿下』と呼ばれる。
ただ、恋愛パートの出来が悪いかというと、そうではない。
前述のカオスなイベントには、カオス感をいやが上にも増してくる美麗なスチルがついているのだ。
ただ、生鮮殿下にイベントスチルはない。スチルないクセに絡みは多い。ウザい。
前述したカオスなイベントに、美麗なスチルが付いて、カオス度アップだ。
そしてイベント時のBGMが大抵、同じ曲だ。ある有名な曲をオマージュしているらしい。その有名な曲とは、アレである。日本人なら恐らく、誰しも一度は耳にした事があるのではなかろうか。スーパーで良く流れているあの曲。そう、呼び〇みくんのループミュージックだ!
♪ポポーポ・ポポポ、ポポーポ・ポポポ っていうアレ。のオマージュ。
生鮮感スゲェよ! クッソ笑ったよ!
しかもエンディングもこの曲のアレンジで、しっとりした歌詞までついてて、歌ってるのが作者さんの知人の声優専門学校生(男)とかで、もう爆笑しかない。こなしたイベントスチルがアルバム風にスライドされていくのがまた、爆笑と涙を誘う。
エンディングを見たデータをセーブしてロードすると、経営パートだけを延々と続ける事が出来る。しかも攻略したお相手が無給のアルバイトとして使える。
多分、頑張って邪魔な恋愛イベントこなしたご褒美なんだろうな。
どうだろう。
私が『ヒロイン探さなきゃ!』と思ってしまう気持ちが、お分かりいただけただろうか。
見たくない!? このカオスなイベントたち!
あ、私は因みに、ゲーム内で店舗ランクがB以上・評判もB以上になると、店に買い物に来るようになる客ね。多分。
ランクを上げていくと、高額商品を購入してくれるお客さんが来るようになる。
その中に、金髪縦ロール&青いつり目の女の子が居たのよ。多分それが私だわ。……四頭身アニメ風キャラと現実だと、ぱっと見で分かんないけど。
一応、顔グラもあったけど、イラストと三次元だとまた、見え方違うし。
……え、待って。私、肉屋でサーロイン5キロとか買うの……? キロて。マジか。
買ってどーすんの、私……。いや、食べるけども。
という訳で私は、早速従者に調べに行ってもらう事にしたのだ。
「えー、お嬢がお探しの肉屋、魚屋、八百屋ですが……」
手に持った手帳に視線を落としつつ、従者が言う。
彼は我が家の執事の息子だ。私の二つ年上で、物心ついた頃からずっと一緒に居る。幼馴染のようなものだ。
……しかも家族は、私とコイツを完全に同列に扱う。もはや兄妹だ。身分差とか、どこ行ったよ?
「それっぽいのは、全部確認できました」
「全部あった!? マジでか!」
「マジっすね」
頷いた従者――フランツに、私はもう一度「マジか……」と呟いた。
私がコイツに「探してきて~」とぶん投げた条件はこうだ。
・王都の商店街にある八百屋or肉屋or魚屋。
・店主が女の子。しかも、両親を亡くして一人暮らし。
・店主の名前が『フローラ』なら大当たり。
いや、待って。……全部あったっつったよね?
そんなに女の子一人だけでやってるお店があるの……? 何それ。
「えー、まずは肉屋。王都商店街一丁目にあります。両親を事故で亡くしたっていう女の子が店主です。店主の名前はフローラ」
「パーフェクツ!」
そうそう、そういう設定だった!
もうこの肉屋、絶対ヒロインのお店じゃん!
「で、次に魚屋。王都商店街二丁目にあります。やっぱ両親を事故で亡くした子が店主で、名前はフローラ」
「ワッツ!?」
え、この子も両親亡くしてて、名前がフローラなの……?
「最後に八百屋ですけど、王都商店街三丁目です。両親亡くしたフローラって子がやってます」
「はぁぁぁ!?」
何じゃそりゃ! まさかのヒロイン、三種類全員いるとか! そんで全員、プロフィール一緒とか!
雑!! 世界観が、アホほど雑!!
「……んで、この店がどーしたんすか?」
「うん……。ちょっと待って……。考えたい事があるから、下がっていいわ」
「ウィース」
返事がダラダラしてんな……。今に始まった事じゃないけども。
どうしよう……。ヒロインがまさか、全員居るとは……。
そんでどうでもいいけど、『王都商店街〇丁目』って、地名も雑だわ……。
恐るべし、生鮮王国……いや、聖セーン王国。
これからどうするか、考えないと……。私が楽しく彼女らのイベントを見守る為に。
フランツに更に詳しく調べてもらった結果、それぞれの現在の商店ランクがおおよそ判明した。
商店ランクとはゲーム内パラメータで、商店の一日の売り上げと来客数、そして設備によって決まる。
最高がSで、ゲームスタート時の最低がE。
このランクが、イベントのトリガーとなっている。要は『商店ランクがC以上で起こる』などである。
イベントのトリガーとなるパラメータはもう一つあり、それは『評判』だ。
良い接客をする、広告を打つ、特定のイベントを起こすなどで上がっていく。逆に、接客が悪かったり、値段が相場より極端に高く設定してあったりすると、評判は落ちる。
これも商店ランク同様SからEまである。
ただ、商店ランクが設備などから判別できるのと違い、こちらは調べる術がない。
ここは現実なので、私がプレイヤーという訳でもない。なので、私が「ステータスオープン!」とか恥を忍んで言ってみても、分かりようがない。
……恥ずかしかった。誰に聞かれた訳でもないけど、めっちゃ恥ずかしかった……。
イベントのトリガーとなるのは大抵、『商店ランク〇以上、且つ評判〇以上』だ。必要パラメータの半分しか分からないが、全く分からないよりいいだろう。
さて、問題の商店ランクだが、一番高そうなのが八百屋で、恐らくC。フランツが言うには、店主以外に店員が居たそうだ。
ヒロインたちは皆、天涯孤独の身の上である。(そういうとこばっか乙ゲーっぽい)
そこでヒロイン以外の店員が居るとなると、ゲーム的には『正規雇用』と『アルバイト』の二種がある。アルバイトは時給は高くないが、ヒロインの0.8倍くらいの働きしかしない。対して正規雇用の社員になると、給与は高いがヒロインをも凌ぐ能力を持つ者も居る。
アルバイトが商店ランクCから、社員がBから雇用可能となるのだ。
そしてフランツが見た店員は、お釣りの計算にちょっとモタついていたらしい。これは間違いなくアルバイトだ。
という訳で、商店ランクは恐らくCだろう。
肉屋と魚屋は、どうやらどっちもどっち程度だ。商店ランクDで惣菜販売を始める事が出来る。双方とも、店内に惣菜コーナーはあったらしい。
となったらまずは、一番イベントが起こり易そうな八百屋を覗きに行こう。
「さ、行くわよ、フランツ!」
「は? 何処へ?」
私は既に準備万端だ。
近年稀に見る、良き変装具合だ(自画自賛)。
何の為に購入したのか忘れたがクローゼットに入っていたワンピースに、何故か持ってる伊達メガネをかけ、縦ロールは無理やり三つ編みにしてやった。
大分いい変装具合だろう。
ワンピースは貴族が着るようなものではなく、その辺の町娘の勝負服くらいのお品だ。本当に、何で持っているのか。いつ購入したのか。
伊達メガネは「今、メガネがアツい!」と突発的自分内ブームが巻き起こった二年前に購入し、掛けていたら耳の裏あたりが猛烈に痛くなったので、それ以来ずっと封印していた品だ。……今日もまた痛くなるかもしれない。そうなったら、別の手段を考えよう。
私の最も分かり易い特徴となる髪は、無理やりに二つに分け、三つ編みのおさげにしてやった。……冗談みたいに太い三つ編みができたが、縦ロールよりは目立たないだろう。奇跡の天然縦ロール(超ボリューム)なので、三つ編みにするだけでも結構苦労したのだ。
「……すっげぇ太え三つ編みっスね」
ピンポイントでそこかよ!
この超ボリューム縦ロール、三つ編みにすんのにすごい時間かかったのに! 櫛通そうとして、櫛の歯折っちゃったのに!
「……めっちゃ頑張ったのに。褒めてくれてもいいのに……」
少し悔しい思いで呟くと、フランツが溜息をついた。
「いやー……。褒めどころが、今イチ分かんねぇんで」
「うぅ……」
「そんなとこにしゃがみ込まないでください。ホラ、立って」
思わずへたり込んだ私の手を、フランツが適当に取って引っ張る。
「もうちょっと優しくぅ……」
「精一杯す」
言いながらも私を立たせると、不思議そうに首を傾げた。
「で? 何処行くんすか?」
「まずは八百屋かしらね!」
はぁ……、て何だ! そのやる気のない返事はぁ!
もっとシャッキリせんかぁ!