9.恋するおろく
青くて円い魔法陣は、おろくの知っている魔法言語とは違った。どんなことが書いてあるのか、おろくにはまるで解らなかった。
「鴉の秘術か」
「へええ、これが。魔法とは違うのかい」
好奇心で痛さを忘れたのか、おろくは声を弾ませた。
「舌を噛みますよ。口は閉じて下さい」
緑の鴉に注意を受ける。加速か加圧で危険なのだろう。おろくとダイダイは、大人しく従った。
おろくの使う魔法では、ほとんど魔法陣を使わない。魔法陣を極端にアレンジして絵の描いたカードを利用していた。
繰り返し使える上に、どんな絵でも魔法にできる。今回、門海の町に来るにあたって、カドミで流行中の黒札に魔法を仕込めたのもそのためだ。
しかしおろくは、魔法陣を馬鹿にしているわけではない。本人が自由人だからといって、基本や規範を軽視したりはしないのだ。
むしろおろくは、鴉の秘術に魅せられていた。淡く光る青い円に視線が吸い寄せられ、胸が高鳴る。上を向けば、緑の鴉が青い光を浴びて神秘的に輝いていた。
(なんだろう。胸が苦しいのに心が浮き立つ)
おろくは少女ではないが、まだまだ若い魔女である。今までは魔法ばかりにかまけて、ロクに友人すらいなかった。まして恋などしたことがない。
真っ直ぐに前を向く灰緑色の半眼が、おろくには急に愛しくてたまらないものとなった。
(ほんの小さな手助けを、恩義に感じて助けに戻ってくれた)
好ましいと思い始めると、些細な事にも胸がときめく。落ち着いた声も、丁寧な語り口も。何もかもが素敵に見える。
雲までは届かないものの、かなりの高さを飛んでいる。チラリと見下ろせば、金属の猫耳をつけた少女が、羽を少し畳んで急速に上昇してくる。
白く短い上着には、爽やかなミントグリーンの縁取りと、縁取りと同じ色をした二つずつ二列のボタンが付いている。ピンクのベルトを締めた白いボックスプリーツのミニスカートは、襞裏にミントグリーンが覗いていた。
(見た目は可愛らしいのにねえ)
白い縁取りでミント地に白い水玉の二の腕まである手袋が、活動的な半袖の上着に華を添える。折り返し付きのロングブーツは、白地にミントの水玉だ。
黒地のサイハイソックスに入ったやや濃いピンクのラインは、途中でかくんと折れている。スカートとソックスの間には、ピンクのスパッツらしきものが見えていた。
(あんな明るい表情なのに、硬い声して熱線かい)
空飛ぶ少女は回転音と風切り音を響かせて三人に迫る。火を吹く様子もなく、魔法の気配もない。おろくの知らない力で飛んでいるようだ。
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