8.熱線
一般的な転移魔法に行先座標の設定が必須なのに対し、おろくの空間跳躍は、地図さえあれば正確にその場所へ移動できる。
それどころか、ランダムに安全な場所へと跳ぶことすら可能なのだ。転移魔法と違って、座標が狂うとマグマの中や壁の中、なんて恐怖も全くない。
逃げるにはもってこいの魔法である。
この魔法を買われて、おろくは魔法連合の末端調査員として、ここ陽本の軍事拠点である門海の町へと派遣されて来たのだ。
「出し惜しみしておっ死んだら、始まんねえだろうがよっ」
ダイダイが焦った声を出す。
おろくの額に汗が滲む。
金属製の猫耳をつけた少女は、白地にピンクのラインがあしらわれたケープの背中を捲り上げ、金属製の細い板を何枚も突き出している。
板は、白と黒との二重構造になっている。白と黒とは分離しており、別々に展開することが可能だ。
それぞれの板も独立しており、羽のように細かな動きをしていた。
「熱照射装置、充電完了」
2人が凝視する間も、猫耳金属少女の冷たく平坦な声は続く。
「おろくっ」
「ちっ、跳ぶしかないか」
「早くしろよっ」
おろくが空間跳躍をするために、渋々意識を集中させ始めた時、ごおっと激しい風音が起こった。
「えっ」
「なんだぁ?」
2人が辺りを見回すのも構わず、金属の少女は宣言した。
「照射致します」
次の瞬間、少女の額についた黒い飾りから、真っ白な光の筋がおろく目掛けて発射された。
「あっ」
おろくの集中力が切れる。
そこへ風音が近付いて、おろくとダイダイは宙に浮いた。
「ぐえっ」
お腹を掴まれたおろくが、潰れたカエルのような声を出す。
「ぐっ」
首根っこを掴まれてぶら下げられたダイダイも、くぐもった声を発する。
2人が掬い上げられた後の地面には、小さな穴が煙を上げていた。路上のゴミや小石が高熱で焼かれたらしい。ダイダイがぎょっとして息を呑む。
「ぐうぅ」
おろくがうなる。熱線が掠ったらしく、燃えた肩口に水の魔法を当てて消火している。
しかし、火傷はしてしまったとみえる。
「しばしの辛抱なされませ」
頭の上から丁寧な声が降ってくる。おろくとダイダイを助けたのは、先程屋敷から逃げた筈の緑色の羽を生やした鴉だった。
「あんた、あの子は?」
痛そうに顔を顰めながら、おろくが鴉に問う。
「もう安全にございます」
「へええ、たいした速さで飛んだなあ」
ダイダイが感心する。
「いえ、抜け道がございまして、ほら」
「え?」
「空に?」
2人が首を上げると、前方にうっすらと青っぽい魔法陣が見えた。
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