2.青い鳥を連れたヤクザ
おろくは、目の前に広げた黒札を揃えて紫色の縮緬に包んで帯の間にしまう。
それから着物の上前をちょっと抑えて立ち上がると、箪笥の中から眼鏡を取り出す。黄緑色の縁が灰紫の髪と濃紫の瞳によく映える。
「ちょっと、おろく!それ」
オレンジ色の雄猫が咎め立てをする。
「眼鏡くらい、いいだろ」
「普通の眼鏡じゃないだろ。イカサマする気か」
「馬鹿だね。見抜くためさ」
「ほんとかなあ」
おろくは猫の不審を尻目に、部屋の隅の衣紋掛け(着物を掛ける道具)から、臙脂の羽織をひょいと取って着込む。
建て付けの悪い引き戸をガタガタと開けて、おろくは埃っぽい裏通りに出た。オレンジ色の猫もついてくる。
「なんだい、ついて来んのかい」
「視察だからね」
「ふん、隙あらば首にするつもりだね」
「さてね。正当な報告はするよ」
夕べの風は涼しく、暑くなり始めた初夏の路地裏を渡ってゆく。おろくは一瞬目を細め、黒塗りの下駄でからころと歩き出す。
後ろに続くオレンジ色の猫は、ピンと立てた尻尾の先を微かに揺らめかせながら歩く。
物売りの声や、道ゆく人の噂話を聞き流しながら、猫と魔女とは橋を渡って商家の別邸然とした板囲の家に辿り着く。
おろくは素早く周りを確認して、ほとんど塀と見分けのつかない潜戸をあける。
「なんでえ、てめえは」
開けたところへ、戸の内側に控えていたボサボサな黒髪に黒眼鏡のヤクザ者が凄む。
「どうやって入った」
おろくは知らん顔である。
オレンジ色の猫は、無邪気な眼をして見上げていた。
「おやまあ、あなたが閂をかけるの、忘れたんでしょ」
庭の奥からやってきた、黒い散切り頭に片眼鏡の嫌味な若者がヤクザに声をかける。
するとどこからか、青い丸っこい鳥がやってきて、片眼鏡を突こうとする。
「使い魔の躾がなってませんね」
片眼鏡は懐から小刀を出す。
「フーッ!」
オレンジ色の猫が全身の毛を逆立てると、片眼鏡の振るった刃は青い鳥に届くことなく折れてしまった。
「おいっ、余計なことすんな」
青い鳥が猫に怒る。
「先輩がノロマだからだろ」
猫は不遜に言い放つ。
「なんだと、こら」
青い鳥は矢のように猫を目掛けて突っ込んでくる。オレンジ色の猫は、難なく避けて鼻に皺を寄せた。
「それで、貴女はなんですかね?」
片眼鏡の問いに、おろくは黙って黒札の包みを見せた。
「賭場荒らしですか?」
「まさかあ。旦那、あたしゃちったあ腕の立つ札師だよ?ひとつ親分さんに使って貰えるように口聞いとくれよ」
「なんだ、このアマ。図々しい」
「ちょっと無理ですね。お引き取り下さい」
オレンジ色の猫がゆらりと尻尾をくねらせる。
「今日の夕飯だけでも稼がせてくんなよ」
おろくが食い下がる。
「無理ですね」
押し問答をしているところへ、建物の方が俄かに騒がしくなった。
猫と鳥とが、同時に目つきを鋭くする。
オレンジ色の猫は、髭をぴくつかせて建物の方へと首を伸ばした。
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