11.井戸と笑顔
里の中央広場に降り立った緑の鴉を理吉と呼んだ黒い鴉たちは、おろくの怪我に気づくと気遣わしそうに寄ってきた。
「大丈夫かい」
「血が出てるよ」
「そこの井戸で洗うといい」
わいわいと声をかけながら、鴉たちはおろくを井戸に案内する。理吉も後からついてくる。
井戸は広場の片隅にあった。四角く組まれた木の板で囲われた、つるべ式の井戸である。
カラカラと金属製の滑車が小気味良い音を立てて縄の先に結びつけられた木の桶を運ぶ。
「ほら、怪我のとこ出して」
面倒見が良さそうなおばさんに促され、おろくは袖を捲る。
「ひゃあっ」
「しみたかい?」
「冷たくてびっくりしました」
「井戸は初めてなのかい?」
「いえ、でも、こんなに冷たいのは初めてです」
おろくは、世話好きらしいおばさんに丁寧な言葉で対応する。
門海の町でおろくたち庶民が住む下町地区は、海を埋め立てて作られた。そのため、地面を深く掘ると海水が出てしまう。
だから、おろくたちの生活用水は、偉い人たちがすむ上町地区の川から上水道を引き、井戸に溜めて使っていた。
おろくたちの使う井戸は、ほぼ常温であった。温度が一定に保たれる為に、夏には少しひんやひするし、冬にはほんのちょっぴり暖かい。
それは、川から引き込んだ人工の流れである。地下の湧水から汲み上げる水とは違う。
鴉の里にある井戸は、森の地下水から汲み上げる冷たい水で満たされている。おろくが元々住んでいたのも用水路から水を引く町だったので、森の井戸の冷たさに驚いたのだ。
「そうかい、そうかい」
おろくを取り囲む里の鴉たちは、愉快そうに眺めていた。おろくはばつが悪くなって黙ってしまった。
「人懐こい連中です。悪気はないですよ」
緑の鴉がとりなした。おろくは慌てて口を開く。
「悪気だなんて、思っちゃいないよ」
「それなら良いのですが」
「びっくりしちゃって、恥ずかしいじゃないか」
もごもごと言い訳をするおろくに、理吉と呼ばれた緑の鴉は優しい顔で笑いかけた。
おろくはどぎまぎしてしまい、変な顔になる。
「何という顔をするのですか」
理吉はとうとう声を立てて笑った。
「おろくさん、あなたはずいぶんと可愛らしい方ですねえ」
それを聞くと、それまでじっと様子を伺っていたオレンジ色の雄猫が、バカにしたように欠伸をした。
「なんだい、猫畜生。馬鹿にしやがって」
「別になんでもねえや」
ダイダイは、おろくの傷を洗って地面に流れた水の匂いをふんふんと嗅いだ。
「毒も魔力も呪いも、なんもねえな」
「あの光は熱いだけだったねえ」
結局2人とも、あの少女の形をしたなにものかについては、何もわからないままだった。
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