10.鴉の里
鴉に抱えられたまま、おろくとダイダイは空中で青く光る魔法陣を潜り抜けた。緑の鴉は口を軽く閉じて前を見ている。相変わらず半眼だ。
少し縮れた柔らかそうな苔色の髪が、魔法陣の向こう側から吹いてくる風に煽られて後ろへ流れる。
露わになった鴉の額は良い形に弧を描き、汗ひとつ浮かんではいなかった。
(へえ、落ち着いたもんだ)
後ろから地面を溶かして穴を開けるような何者かが追いかけて来ているのだ。それは恐ろしいだけではない。生き物でもなく、魔法生命体でもない。未知の物体だ。
よくわからない上に、命を奪われてもおかしくない物騒な攻撃を仕掛けてくる。そんなものに追いかけられたら、焦りや全力の飛翔から汗ぐらいかきそうなものだ。
(町で見かける鴉の連中とは少し雰囲気が違うね)
おろくには鴉の知り合いはいない。町で暮らす鴉たちの様子を思い浮かべて、この緑の鴉とはどこか違うと思ったのだ。
町の鴉も、山から来る鴉も、皆髪や羽は黒い。稀に白や灰色がいるが、緑色は初めて見た。
森のエルフと混血しているから、姿が違うのは納得できる。だが、それだけではない。
身に纏う気配が違うのだ。森のエルフ特有の深い魔力の香りが仄かに漂う。そして、その香りがよく似合う神秘的佇まい。
(鴉として、ってより、この人が違うのかね)
この緑の鴉は、おろくが今までに出会ったどんな存在とも似ていなかった。
そんなことを考えているうちに、魔法陣の向こうに到着した。3人が通り抜けた後には、もう魔法陣は光っていなかった。
魔法陣で空中に開かれた近道が閉じられる時、おろくは後ろを振り返ってみた。金属の猫耳と金属の羽を持つ可愛らしくも攻撃的な物体は、しつこく追って来ようと迫ったが、鼻先で閉じる近道に、人のように顔を顰めた。
「目標消失します。追跡不能」
閉じかけた道の向こうで、猫耳少女が宣言している。溌溂とした表情とはアンバランスに思える無機質な音声が、やがてすっかり聞こえなくなると、おろくたち3人は、山の中にいた。
木立がそこだけぽっかり開いた集落には、小さな草葺き屋根の家々が寄り添うように建っていた。
その集落の真ん中に、まるい広場が設けてある。何もない、ただの丸いスペースだ。
緑の鴉は、おろくを腕に抱えて、ダイダイは変わらず首根っこを掴んでぶら下げて飛ぶ。
鴉はだんまりのまま梢を越えて、広場に向かって降りてゆく。
「里吉、おかえりー」
広場の縁で待っていた鴉たちが、待ちかねたように寄ってきた。
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