第1幕ー5 劇場
劇場は王都中心から東側に位置する場所にあり、私が住む屋敷からはやや遠い。
やや灰色がかった白いレンガに瑠璃色の屋根、内装は王城と変わらない煌びやかさがある。かつて王家の持ち物だったそれはひっ迫した財政により売り出され、ラサロ公爵家が買い取った。
元は数多くあった離宮の1つで、300年程前にその当時の王が王妃の為に建てた物だと言われている歴史ある建物であったが、ラサロ公爵は思い切って内装を壊し今の劇場へと作り変えてしまった。
贈り物のように綺麗にラッピングした原稿を持って他のお客と同じように持っていたチケットを係員に差し出した。半分もいで返されたチケットを手にチケットに書かれた桟敷席へ向う。
1人で観劇をしにきた貴族女性というのは目立つものだが、おどおどしているよりも逆に堂々としている方が目立たない。
指定の桟敷席は舞台が一番遠い天井桟敷席と言われる場所である。別に舞台を見に来た訳では無く、話をする為に来ているので都合の良い席だ。
待ち合わせの人物は既にソファーに座って待っていた。まだ昼間だというのにワインを片手に優雅に足を組んで座っていた。
彼の名はエルネスト・ラサロといって彼こそが劇場の支配人である。
「お久しぶりです」
「うん、久しぶりだね。まぁ座りなよ。飲み物とお菓子があるよ」
脇にあるテーブルにはエルネストの言う通り果実水が入った瓶と色んな種類のお菓子がケーキスタンドの上に載っている。グラスも用意されていて自分で果実水を注いでふた口程飲んだ。
「リタが心配していたよ。というかまた婚約したんだ?」
「ああ……ええ、まぁ」
「何だい?その答えは」
「実は…――」
ロベルト・バレンスエラに婚約破棄されてすぐに王室からアルベルトの婚約者として指名された事、ここへ来る直前にマリアが訪ねてきた事を話した。エルネストはグラスに残っていたワインを飲み切ってテーブルに置いた。
「君はまた黙ってカレスティア嬢に譲るのかい?」
「そんな事よりも面白い物を作ったと手紙に書いてありましたけど、見せてくれないのですか?私、その為に来たのですけど」
「そんな事って……オーリ、君は自分自身の事を大切にしないと」
「他の女性になびくような人と結婚せずに済んで良かったと思いますけどね」
「厳しいねぇ……」
そう言って彼の脇にあるテーブルに置いてあった箱からナイフを取り出して渡してきた。
「舞台の小道具ですか?」
「作らせてみたんだ。怪我をする人がいるから、どうかと思って」
先端が少し丸くなっていて刃も潰されているので触れていても怪我をする心配は無さそうだ。しかしどこが面白いのか分からず首を傾げた。
「それはね、押すと刃が柄に入る仕組みになっているんだよ」
「確かに怪我をする人は減ると思いますが……舞台の上なら目立たないですよね。面白いかといえばまぁまぁ?」
言われた通りにすると刃が柄の中へ押し込まれ、指を離すと元通りになった。
随分とおかしな物を作らせたと思ったけれども、エルネストなりの考えがあっての事だろう。誰からも良いと言われなかったから私に見せて共感を得たいだけなのかもしれないけれど。
素晴らしいと目を輝かせて言ってしまったら話が長くなる。エルネストの足元に隠すように置かれている箱が……考えるだけでもゲンナリしてしまう。
「それは試作品。たまに役にのめり込みすぎる人がいるんだよ。傷つけられたらたまったものじゃない。舞台以外にも仕事があるんだからね」
「ファンサービスとやらでお茶会でしたっけ……」
「他にも色々あるよ。上へ行くチャンスは必要だろう?」
エルネストは視線を舞台の方へ向けるとワッと拍手が起きて幕が下りる。それからまた幕が上がると出演者達が一堂に舞台の上に並んで礼をした。彼の言う上へ行くチャンスを掴めた人達。
一旦頭の隅に追いやった考えが再び浮上してきて手の中のナイフを見た。