第3幕ー12 彼女はどこか似ている
「久しぶりだね。アル様の婚約者さん」
馬車を降りるとエミリアが両手を腰に当てて出迎えた。
関わりたくない人を目にして急に屋敷へ帰りたくなってくる。
「話があるんだけど、ちょっと来てくれる?」
「……はあ、お断りします」
「そう、お断り……って、ええっ?! どうしてよ!」
何故って……知人でも何でも無い人の言う事を聞くだろうか。アルベルトからプレゼントで貰ったブレスレットを奪い取ろうとしたり、呪いのアイテムを使って思うがままに人を操ろうとする危険人物である。
「貴方のお願いを聞く理由がありませんし」
「……っふ……酷い。どうせワタシが外国人だから話を聞く価値が無いと思っているんだ……」
理由を答えるとエミリアはポロポロと涙を零し始めた。
面倒臭い。
真っ先に思ったのはそれである。
ああして泣けばエミリアは被害者になり、私が悪者だ。私達の横を通り過ぎる人がチラリとエミリアを見て、首だけ振り返って私を非難するような視線を送る。
「分かったわ。話だけは聞いてあげる」
苛立ちを溜息で吐き出してから綺麗に涙を流すエミリアに答えた。
中庭へ進み人気のない場所まで来るとエミリアは歩みを止めて辺りをキョロキョロ見回し、何やらボソッと呟いてクルリと振り返った。
「それで話は何かしら?」
「……偉そうな物言い、印象悪いよ? まあ、いいけどさ」
近くにあった木を背に寄りかかり、彼女はふっと嫌な笑みを浮かべる。
「ワタシ前にいじめてってお願いしたよね? どうして何もしてこないの? お陰で皆離れて行ったんだけど」
「皆とは誰の事です?」
「マル様とカル様とルカ様とアル様の事よ」
「馴れ馴れしい。だから離れて行ったのではないかしら」
「そんな事ないもん。ヒロインのワタシに恋しないなんておかしいんだから」
何だその妄想は。
恋しているというよりも、身に着けているそのアクセサリーの効果だったという事は知らないのだろうか。知らなくても教えるのは私の役目じゃない。
「そう思うなら、別にそれで構わないけれど、私のせいにするのはお門違いだわ。単純に貴方に飽きたのでしょう」
「なっ……なんですって! 酷い!」
「貴方みたいな女性は沢山いるもの。相手が欲しがるような特別な物を持っていないのなら、変わった子として少し可愛がられて終わりよ。人の物を欲しがる猫は本当に盛りがついていて面倒ね」
「…………っ!!」
カッと顔を赤くして睨みつける。私はその顔を見て鼻で笑った。
これまで価値を付けるチャンスはあったのに、捨てたのはエミリアの方だ。黙って大人しくしていれば、クラウディオがエミリアを婚約者として認めさせる事が可能だったかもしれないし、側妃のフォルトナになりすます計画だって上手くいけば価値として付けられた。
既に社交界でのエミリアの価値は無いに等しく、クラウディオが妃に望もうが認められない。せいぜい愛人としてなら有りという程度だ。
エミリアは暫く睨みつけていたが、やがてニヤリと笑った。
「もういいです。本当は怒らせて頬を叩かれようと思ってましたけど。もうすぐパーティーですよね、それまでにアル様の心は頂きますから。王城に住んでいない貴方にとって不利でしょうけど、文句は言わないでくださいね」
それだけ早口のように言い、わざとぶつかってエミリアは去っていったのだった。
彼女は知らない。私が既にアルベルトの傍に自分の手の者を置かせている事を。
去っていく背中がどこかマリアに似ているような気がして何度も瞬きをした。