第2幕ー8 恋人達の末路(下)
第2幕これにて終幕
フェリシアナの訃報がもたらされて1週間後に葬儀は行われた。もちろんラウル・カベサスの葬儀も一緒に。
多くの弔問客が来て、彼等の死を悼んだ。2人の死は悲劇的な恋の結末として人々の口から口へと伝わっていく。もう王都でこの話を知らない人はいない。
10数年振りに人前に出た王妃は弱々しい様子で今にも倒れそうな顔色をしている。それでも背筋を伸ばし立つ姿は涙を誘うものがあった。ずっと姿を見せなかった彼女を批判する人は今日は誰もいない。囁くように会話する人達から漏れ出る会話から側妃とミリアムへの批判が聞こえてくる。
「まだ成人前だというのに、癇癪を起こして人を死なせるなんて恐ろしいですわ」
「そうですわね。この一件でミリアム殿下に縁談を持ち込もうとする家は無くなるでしょう。わたくしの所にも年齢が近い息子がおりますが、嫁に来ると考えたら恐ろしくて」
「カベサス家は不幸でしたわね。見目の美しいご子息だったばかりに目を付けられて」
私は2人の棺に花を添えてから少し離れたベンチを選んで腰掛け、時間が来るのを待ちつつ弔問客を観察し、後ろに座っている夫人達の会話を耳をすまして盗み聞きしていた。
弔問に来た人達は眠っているように見える棺の中を見て花を1輪入れて行く。ラウル・カベサスの棺にしがみついて泣く令嬢は多かった。
そういう令嬢は家族に支えられながら神殿を去って行く。
カベサス侯爵夫人を寝込ませるまでに至った親切な人達は、全く何も悪いと思っていない様子で夫人に同情し、一言二言交わして去って行った。誰もがカベサス侯爵夫妻の表情を悲しみに耐える姿として捉えている。
側妃が決定事項のように縁談を言い出さなければ、その場で断られたミリアムが牢に閉じ込めたりしなければ、これらを知っている人達が側妃とミリアムに異を唱えてくれていれば……。
本来ならば得られるはずの未来があったのだ。
駆け落ちさせるために死を偽ろうと考えたのは私だが、そうせざるを得ないと判断してしまうまでに至らしめたのは彼等だ。カベサス侯爵夫妻のあの表情は彼等への失望と悔しさではないだろうか。
カベサス侯爵は側妃とミリアムに対してのみ棺に入れる花を拒絶し、近くに居た側妃派貴族を動揺させた。拒絶されたミリアムは顔を赤くして花を床に投げ捨て踏みにじり神殿を出て行った。
側妃はフェリシアナの棺へ行き、花を入れ去って行った。すれ違った時に見た側妃の表情は焦りの色が見えていた。
アルベルトに寄り添い、棺が土の下に埋められるのを見届ける。あの棺には等身大の人形が入っている。魔法師の中にそういうのが趣味というか、人形に魂を宿させたいと日々情熱を持って研究している人がいるらしい。
その人がそれらしくラウルやフェリシアナに似せて作った人形が入っている偽の棺だ。本物は馬車に乗って王都を離れてしまっている。
葬儀が終わったらカベサス侯爵夫妻は新たに嫡男となった次男を連れて領地へ行くことになっている。明日には王都を出て行く予定だと侯爵が言っていた。
棺が埋め終わるとカベサス侯爵夫妻は礼をしてしゃくり上げる次男を連れて場を後にし、私達も去ることにした。外でずっと立ちっぱなしはとても冷える。
帰ったら暖炉の前を陣取って暖まりたいところだ。ああ、でもお風呂にゆっくり浸かるのも捨てがたい。気になって買っておいた入浴剤はどこに仕舞っただろうか……。
「ちょっと離宮に寄っていかないか?」
「温かくて美味しいお茶が飲みたいわね」
「しょうがないな。フェリ程じゃないが俺がお茶を淹れてやる」
「じゃあ行くわ」
数日ぶりに入った離宮は変わらず人の気配が少ない。アルベルトがお茶を淹れている間、暖炉に火を起こすことにした。
生活に必要な魔法すら使えないベラーク国の人間が生きるには魔道具は必要不可欠で暖炉の傍に置いてある、おしゃれな枝のようなそれも立派な魔道具だ。
使い方は火をつけたい場所の上で折る。それだけで火がつく。
「ほら、淹れてきたぞ。特別に蜂蜜も入れてやった」
「ありがとう」
だいぶ部屋が温まり始めた頃にアルベルトがトレイに2つカップを乗せてやって来た。彼に手招きされてソファーに並んで座ると疲れもあってほっと息を吐く。
「今頃2人はどこだろうな」
「旅立ってから5日くらいだったわね。国境まではまだまだ先よ」
「そうだよな。無事に着けば良いが」
「心配性ね」
「当然だろ?まともに王城の敷地から外へ出た事なんて無いんだからな」
「意外と何とかなるものよ」
窓の外は雪がちらつき始め、小さな雪の結晶は地面に付く前に溶けてしまって積もる事は無い。
どうせあの2人にとっては寒さなんて感じないのかもしれない。
「……甘い」
アルベルトが淹れたお茶は蜂蜜がたっぷり入れられていて、ひどく甘かった。
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