第2幕ー7 恋人達の末路(上)
王妃は本当に自由に動き回っているようで、あちこちから情報を仕入れていた。恐らく騎士や使用人が親切に教えているのだろう。もしかしたら正体を知っていて協力している人もいるのかもしれない。細かな所まで王妃は知っていた。
駆け落ちの件は最初に話した後すぐラウルにフェリシアナから手紙で伝えてもらい実行される日を待っている。
カベサス家は同意しようがしなかろうが実行される予定だったのだが、生きている事を知らないままなのは不公平だと思ったまでの事。王家そのものを恨むような事があっては良い事無し、損をしても多少なり旨味が無ければ。
商会では2人に必要な旅の道具を揃え、同行者としてリリアナが行くことに決まった。ラフィーク国に婚約者がいて慣れた道筋だから安全に辿り着きやすいという理由が大きい。リリアナはそのままラフィーク国に留まり結婚する予定になっている。
準備は順調に着々と進み、駆け落ちをするための第一段階を実行する日を迎えた。1年が始まる最初の日、この日は王城から少しばかり豪華な食事が牢へ運ばれる。運ぶのはメイド姿の王妃だ。
やる気に満ち溢れている王妃は牢に出される食事内容まで知っていて、眠り薬を渡すより、食事の中に入れた方が良いと言うのでお任せした。
そして計画通りラウルに眠り薬が入っている食事が配られた。
それから3日後に王城へ家族と一緒に行く。もちろん新年の挨拶をする為でもあるし、貴族達の会話を聞くためだ。既に謁見の間には多くの貴族がひしめき合い、親交のある人を見つけては新年の挨拶を繰り返す。
翌朝になっても目覚めなかったラウルは死んだものとして牢から外へ出され、家族の元へ帰されている。どこから広まったか想像出来てしまうが、ラウルの死はこの王城に集まっている貴族達の話題に上がっていた。
「今年も女神の加護がありますように。ところでもう聞きましたか?」
「ああ、ラウル・カベサスが牢の中で亡くなられたそうだね。愛を貫いた結果があれとは……」
「たかが内定段階の縁談を断られただけで牢に入れたミリアム殿下は非情なものだ」
このような会話があちこちでされているのを耳にした。まだ玉座まで遠いから彼等の声は大きい。人の不幸話というのは実に早くよく広まり、知らない人が居ないのではないだろうかとすら思えた。恐らく王城を出た頃には街中にも広まっている事だろう。
少しずつ前へ進み、クレーエ家の番が来た。壇上には右からブリオネス公爵、相変わらず喋らない無表情な王、王妃が座るべき椅子に側妃が、それからその隣にミリアムが用意された椅子に座っていた。側妃は不機嫌そうで、ミリアムの顔色は良くない。
彼女達の耳にも確実に入っているのは確かだ。幸先の悪い1年の始まりで気分は最悪だろう。今頃王城のどこかで王妃が笑っているような気がする。
深々と礼をすると後ろの方からざわめきが起きて、段々近づいてくる焦った人の声。振り返ると侍従の恰好をした男性が出てきた。
「陛下!大変です!フ……フェリシアナ殿下がっ…お亡くなりになられましたっ!!」
彼は声を張り上げてフェリシアナの訃報を伝えた。王がその報告を聞いて立ち上がり、ブリオネス公爵に押さえられ顔を歪ませ再び力なく座る。王の動揺は挨拶の為に並んでいた貴族達にも伝わり、ざわめきが広がり始めた。
「ああっ!そんな……っ!フェリシアナ殿下が!!」
「オリビア、落ち着きなさい。挨拶が終わってからフェリシアナ殿下の元へ行くと良い」
両手を口元に当ててショックを隠し切れない風の私に父が腕を引いて震えた声で咎める。再び深々と礼をした私に父が小声で女優には程遠いなと言った。
新年の挨拶を終わらせて顔を上げると唇を噛みしめている様子の王と余計不機嫌になった側妃、真っ青どころか白くなってしまったミリアムが目に入った。
新たな年が明けて早々にラウル・カベサスの死を聞かされ、あっという間に広がった彼の死。それに加えて今度はラウルと恋仲にあったフェリシアナの死を聞かされては普通の精神状態ではいられないだろう。
王城に集まった貴族達はこう思うはずだ。
――ラウル・カベサスとフェリシアナ王女を死なせたのは側妃と異母妹のミリアム王女だ、と。
高い所にいる2人はじっとそこに座って何を思っているのかは本人にしか分からないが。
挨拶が終わった後、いそいそと謁見の間を出て両親と別れ離宮へ急ぐ。恐らくは王妃が遣わした侍従のお陰でフェリシアナの訃報は多くの貴族に広まった。これで当面の間、新たな話題に上がる。私が急ぎ足で謁見の間から出たのも彼等に何かが起きたと思わせる為だった。
離宮に着いて、ノックをするとドアからアルベルトが出てきて中へ入れてくれた。
「首尾はどうだ?」
「フェリシアナ様の訃報が伝えられたところよ。謁見は中止、侍医を引き連れて来るわ」
並んで歩きながらフェリシアナが使っている部屋へ行くと彼女はベッドの上で王妃とお喋りをしている所だった。フェリシアナの顔から首まで白粉で白くされ死人のような化粧を施されている。どこでそんなものを学んだのかゆっくり聞きたいところだが、時間がもう無い。
「母上、フェリ。そろそろ人が来ます」
「分かったわ」
「やっとこの時が来たのですね。ドキドキします……!」
「さ、始まるわ。目を閉じて、ゆっくり深呼吸して」
王妃がフェリシアナを寝かせて、慈しむように前髪を撫でた。
今か今かとこちらまでドキドキしながら待っていると、バタバタ走る音がしてフェリシアナの部屋へ王が転がり込んで来た。アルベルトが床に膝をついて動けない王を助け起こしフェリシアナの傍へ連れて行った。
後に続いて侍医とブリオネス公爵がやって来た。
「なかなか起きてこないので見に行ったらベッドの傍にこんなものが……」
王妃は涙を流しながら侍医に小瓶を渡した。受け取った侍医はその小瓶の口の辺りを手で仰いで匂いを嗅いだ。悲しむアルベルトを慰めるためぎゅっと抱きつけば彼も抱きしめ返してきた。
「これは間違いなく毒ですな……」
「ラウル・カベサスの訃報を聞いて娘は部屋から出てこなくなってしまったのよ。でもまさか死を選ぶなんて……ううっ」
王妃が涙をハンカチで拭う。
ドアの入り口付近で神妙な顔をしたブリオネス公爵が1歩フェリシアナの部屋へ足を踏み入れた。
「急ぎ葬儀の手配を行います。恐らく1週間後になるかと思いますが」
「宰相殿」
「何でしょうか、王妃殿下」
「アデルミラに“これで満足かしら”と伝えて頂戴。貴方も大変ね、あのような姉と姪を持って」
「……はい」
「では私もこれで失礼いたします」
ブリオネス公爵と侍医が離宮から出て行くのを確認してアルベルトが詰めていた息を吐いた。
「もう良いですよ」
「はー!泣くのは疲れるわね!」
「ふぅ……うっかり寝入ってしまいそうでしたわ」
むくりと起き上がったフェリシアナに驚いて王が腰を抜かして椅子から落ちてひっくり返った。
驚きすぎて声が出ないのか、王は大きく目と口を開けてフェリシアナを凝視していた。
「じゃあ、私帰るわね。明日迎えに行くわ」
「そうだな……ありがとう、オリビア」
「うん。じゃあね」
こそっとアルベルトに声を掛けて大きな音を立てないように離宮を出る。
何だか邪魔してはいけないと思った。今日から明日にフェリシアナが王城を出る日が伸びてもラフィーク国に到着する日が1日ずれるだけだ。最後くらいは親子揃って過ごす方が良いだろう。