第1幕ー3 誕生会の夜
ミントグリーン色のドレスを着て、結い上げた髪と耳飾りとネックレスには夜の色をしたサファイヤがダイヤモンドと共に輝いている。出来上がった姿を大きな鏡の前で1回転して確かめる。
支度を手伝ったメイド達が自分達の仕事の出来に満足して笑みを浮かべているのが鏡越しに見えた。
階段を下りて玄関へ向かうと丁度アルベルトが迎えに来たところで、執事と話をしているところだった。私の姿を見てピタリと動きを止め何も声を掛けずにじっとしている。
どこか変な所でもあるだろうか。気に入らない格好だっただろうかと不安がむくむく湧き上がり始めてきた。
「…………」
聞き取りづらいくらい小さな声でアルベルトが何かを呟いた。
「えっ?何?」
「まぁまぁ似合うんじゃないか」
聞き返せば良いとも悪いとも取れないような微妙な返事が返ってきた。ほんの少しだけガッカリしたような気分を味わいつつも本日の主役より目立つのは良くないと思えば悪くない感想だと思い直す。
これから向かう所はブロトンス邸である。そこで友人マルガリータの誕生祝いが催されるのである。主役はマルガリータなのだ。
”まぁまぁ”という言葉が頭に付いていようが、酷い格好だとは言われていないだけ良いではないか。
何度も言うが、今日の主役はマルガリータなのである。それに結婚相手を探す必要も無いので、それ程めかしこむ必要が無い。
執事が笑みを浮かべながらアルベルトに何やら耳打ちをしていたが、聞いてすぐ驚いた顔をして1歩離れた。
馬車がブロトンス邸へと動き出す。
向かいに座るアルベルトは終始ソワソワして落ち着かない様子だ。出る前に執事に言われた事が原因なのか、それとも別の事なのか、何か言いたそうにしているのだが何も言わずじまいのままブロトンス邸に着いてしまった。
馬車を降りると雰囲気が一変して堂々とした様子を見せたので単に緊張していたのかもしれない。何せ彼にとっても婚約者を連れて夜会へ出るというのは初めての事なのである。
弟の第二王子は既に婚約者がいるにも関わらず、アルベルトに婚約者がいなかったのは心に決めていた方がいるらしいとか、王城内での母親と側妃の争いを見続けていて尻込みしていたらしいとか色々あるが、私が思うに側妃側が有力な相手と婚姻を結ばせたくないという思惑が働いているのではないだろうか。
とにかく、アルベルトには今まで婚約者も恋人らしい女性の姿がある話も一切聞かなかったので、こうして特別な相手をエスコートする事は緊張するようだ。
既にブロトンス邸には多くの人が到着し、各々談笑しながら始まるのを待っている。その中をアルベルトと突っ切って行けば当然注目を浴びる事となった。
それは私がまた新たな婚約を結んだのかという意味合いもあるし、アルベルトの婚約者が私だという驚きもある。中には新たな賭け事の対象として見ている人もいる。
それらを無視して始まるのを待っていると、やがてブロトンス侯爵がベルを鳴らし広間は波が引くように静かになった。
「本日は我が娘マルガリータの誕生祝いにお越しいただき大変感謝いたします。娘も今年で18になりました。あの小さかった娘も今ではすっかり立派な淑女になり……――ぐすっ」
思いがこみ上げてきたのか涙を浮かべながら話すブロトンス侯爵のとても長い挨拶にマルガリータが注意して笑いを取る一面もあったが、一斉に乾杯をしてマルガリータの誕生会は始まった。
音楽が鳴り始めると共に踊り始める人達が中央に集まりだす。アルベルトの問いかけに笑みを浮かべて答え、中央へ進み出て踊り始める。思っていたよりもアルベルトはとても踊りやすい相手だった。私に合せてくれているのだろうけれど、安定感と安心感を感じさせる。
「思っていたより踊りやすいな。練習したのか?」
「アルが上手なだけよ」
「そうだろうか。そういえば1度も踊った事が無いな」
「そういえばそうね」
「相手がオリビアだからなのか、緊張しないし楽しいな」
「良かったわ」
「オリビアは楽しくないのか?」
「それはもちろん楽しいわよ」
「だったら楽しそうな顔をしたらどうだ」
「きゃ……!」
手を繋いだままクルリと1回転させられてから引き寄せられニッとアルベルトが悪戯を成功させたような笑みを浮かべた。
すっかりヘトヘトに疲れてしまって何曲踊ったのだろうと思い出そうにも数えられないくらいだった。初めて夜会で踊るのが楽しいと思った。
アルベルトが飲み物を歩き回るメイドのトレイから2つ取り、1つを私に渡すとグラスの半分くらいを一気に煽ってふうっと息を吐いた。
「こんなに楽しいものなんだな」
「随分沢山踊ったわ。こんなに踊ったのは初めてよ」
今までの婚約者達でもこうはいかない。1、2曲踊った後は離れて行動していたし、相手が男友達と楽しく遊んでいようが浮気していようが私には止める気も咎める気も無かった。
いや、1度だけ不満を洩らしてみたが嫌な顔をされて黙りこくってしまって、私を婚約者として扱いはするものの冷たく冷え切った視線や、時折小さく舌打ちされるようになってしまったのだ。それ以来互いに悪い雰囲気にならないよう口を閉ざして黙る事にした。
だからだろうか、今日は今までに無く気分が高揚している気がする。喉を潤す果実水もいつもよりもっと甘く感じた。
夢見心地のような気分を一瞬にして現実へ引き戻したのは私の名を呼ぶ聞きなれた声だ。どうしてこの夜会に居るのかと凝視してしまった。
声の主は他でも無いマリア・カレスティアである。マリアはマルガリータと仲が悪く、彼女の誕生会に呼ばれるはずが無いのだから私が驚いて凝視してしまうのも無理は無い。私が安心して、こういう場を珍しくも楽しめていたのはマリアが居ないからというのが大きい。
「やっぱり来てたんだねぇ。元気そうで良かった」
「……どうして居るの。貴方、リタと仲が悪いでしょう」
「えー?わたしはマルガリータ様の事好きだよ。どうしてもお祝いをしたくてパパの代わりに来ただけだよぉ。それよりも、紹介してくれないの?」
元婚約者だったロベルトと共にやってきたマリアは私に話しかけてチラリとアルベルトを見やった。
嫌われていると知りながら、マルガリータの誕生会へ父親の代わりに出席したのは伯母から私に新たに婚約者が出来た事を聞いて顔見知りになるため……。
スッと楽しい気持ちも急に地の底へ落ちた感じだ。
「アル、彼女が従妹のマリア・カレスティア」
「初めまして殿下」
「ああ、初めまして」
マリアとロベルトが深く礼をするとアルベルトは鷹揚に頷いた。
「見ておりましたが、素晴らしいダンスでしたわ。わたしともダンスをしてくださらないかしら?」
「悪いが、今日のダンスの予約は一杯なんだ。次の機会にしてくれるだろうか」
「……残念ですわ。次はわたしとも踊ってくださいな」
手を持ち上げるようにしたマリアに悩むことなくアルベルトはダンスの誘いを断った。
意外だった。マリアの誘いを断る男性を見た事がなかったので、思わずアルベルトを見てしまったくらいだ。
断られたマリアの方は気分を害している風でもなく、1ミリもアルベルトから視線を逸らさず笑みを浮かべていた。
むしろあからさまに反応があったのはロベルトの方だった。このようなやりとりに覚えのあるロベルトはアルベルトが断った事でホッと胸を撫で下ろしていた。
ロベルトの時も、その前も更にその前もマリアと近くなるきっかけは夜会でのダンス。そこからどんどん距離が近くなり、終いにはマリアの恋人になり私へ婚約破棄を告げるまでがお約束とも言える流れだった。
だからだろう、ロベルトはマリアがアルベルトに取られるかもしれないと一瞬にして不安を感じ、断られた事で安心したようだった。
私と視線が合ってしまったロベルトはフイッと気まずそうに視線をマリアへと移した。明日は我が身ということに気づいたのだろう。
それから他愛も無い会話をしているとブロトンス家の執事がやって来てマルガリータが呼んでいると伝えたので、マリアと別れて執事の案内でマルガリータが待っているサロンへと向かう事になった。