第2幕ー6 カベサス家の選択
王妃の同意と協力を得られる事となり、仕掛けをするためにカベサス邸を訪ねると夫人は体調不良がぶり返し、代わりに侯爵自身が対応してくれた。夫人は可愛い系の見た目だが、侯爵はかなり厳つい見た目をしていた。
てっきりラウルは父親似だとばかり思っていた。相当美人な中年おじ様なのだろうと勝手に想像していた分、ガラガラ音を立てて想像は崩れ去った。
「似てないと思ったのだろう」
「……イイエ」
「ふっ…隠さずとも顔に書いてある。ラウルは儂の若い頃にそっくりなのだよ」
思わずカップを落としそうになり寸前で耐えた。彼、ブルーノ・カベサス侯爵はニヤリと片方の口角を上げて笑った。
「カベサス夫人はまた具合が悪くなられたのですか」
「こう連日来られてはな。そのどれもがミリアム殿下との縁談を承諾しろと言うだけでな。本人の意志が変わらないのならば、どうする事も出来ん。不仲になるのが分かっていて受け入れさせてもミリアム殿下が哀れだ。しかし周りは放ってはくれないのだ。それはともかく用件はラウルへの差し入れだったな。いつも通りで構わないので手配しておいてくれ」
「かしこまりました。あと、今日は別の事でもお話があったんです」
「なんだ?」
「ご子息を牢から出すための提案です。ご子息はとても固い意志をお持ちですから、いっそのことフェリシアナ様と駆け落ちさせちゃいませんか?」
ボトッとカベサス侯爵が持っていたカップを床へ落とした。
「いやいやいやいや……何を言っているのか分からないのだが」
「ですから駆け落ちの提案です。もちろんラウルとフェリシアナ様のです。お2人は恋仲ですし、ご子息がミリアム殿下との縁談を承諾しない以上、お2人の仲を認めて逃がしてあげるのが宜しいかと思いまして。話に聞けばミリアム殿下は毎日ご子息の元へ通っているそうですね。諦めて自分との縁談を承諾しろと迫っているとか。このままですと、ご子息は牢の中で儚くなってしまいそうですよ」
「いや、しかし……駆け落ちだなんて外聞の悪い」
首を横に振りながら嫌悪感を露わにする侯爵にニコリと微笑みかける。彼の中には側妃や側妃派と呼ばれている方々のやる事に疑問や不満があると見ている。そうじゃなければ怒鳴って追い返すだろうから、少しは心が揺らいだのではないだろうか。
考えを曲げないラウルがこのまま牢の中で一生を終えるかもしれない不安もあるだろう。
「外聞が悪く無ければ良いのですよね?」
王妃に提案した通りの話をそのままカベサス侯爵にも話した。眉間にしわを寄せて目を閉じて最後まで話を聞いてくれた。駆け落ち自体受け入れがたいものなのだが、それ以上に受け入れ難い事、大切な嫡男を死んだことにする事はつまり2度と会えない事に変わりはない。
未だ頑なにミリアムの縁談を牢の中で断り続けているラウルと周囲の圧力に苦しんで寝込んだ夫人を思えば、あるいは。
しかしカベサス侯爵はすぐに答えを出さなかった。重く長い溜息を吐くと私には一瞥もくれずに口を開いた。
「……少し時間をくれないか。これを儂1人で決める事はできない」
「構いませんが、あまり時間は差し上げられません」
「わかっている。3日で良い、時間が欲しい」
「では3日後、お返事をいただきに参ります」
約束の3日後、再びカベサス邸を訪れると侯爵夫妻が揃って待っていた。すっかり参っている様子の夫人の肩を抱き寄せ、自分に寄り掛からせていた。起き上がる事も辛いのかもしれない。
「君の話に、乗ろう。妻と話し合って決めた答えだ。どこかで生きてさえいてくれれば、それで構わない」
そう言った侯爵夫妻の表情は硬い。
たった3日で決めると宣言したものの、迷いはあるのだろう。誰だって家族を失いたくは無いのだから。
「他国から嫁いでくる姫よりも自国の人間の方が良いとずっと思っていた。慣例に倣って神血の一族であるブリオネス公爵家の娘が王妃の座に就くのが正しいと信じていた……この考えはきっと間違いだったのだ。儂等にも限度というものがある。よってこの機会に妻の療養も兼ねて領地へ引く事にする」
「思い切りが良いですね。側妃や側妃派を見限るのですか」
「いいや、迷っている。この決断も正しいのかどうか……」
「不安はもっともですが、このまま失うよりは、どこかで生きていてくれる方が良いですからね。運が良ければ旅行なんかした時にでも偶然会う事もあるでしょう」
「そうか……そうだな。生きてさえいれば偶然再会出来る日があるのかもしれないな」
立ち上がってカベサス侯爵と固い握手を交わした。