第2幕ー5 メイドの秘密
翌週にフェリシアナから手紙を託され、その手紙をラウルへと渡るよう荷物に紛れ込ませた。それから何度か手紙のやり取りは続いたが、結局のところラウルは諦める気は微塵も無く、フェリシアナの方も諦めきれない様子だ。
つい数十分前にケーキのクリームまみれになって帰ってきた彼女は汚れを落とし、新しいメイド服に着替えを済ませて私やアルベルトと一緒にお茶を飲んでいる。
フェリシアナが王城でメイドとして働いているのは役立たずの王女だからメイドとして働けと側妃に言われたからだそうだ。実際王城では何でも出来るメイドとしてあちこち人手の足りないところを回っている。
そして時々思い出したように側妃やミリアムに呼ばれて嫌がらせを受けている。お茶をかけられるのはまだマシな部類らしい。
「ミリアムに言われたわ。本当に愛しているのなら身を引いて相手の幸せを願うべきだって。別れを告げるのが良い方法だと分かっているけれど……」
それはミリアムの方だろうと思った私は間違っていないと思う。
お茶会が行われていた場所にはそれなりの人数の夫人や令嬢がいたのだ。彼女達の前でハッキリ断っていたのだから。
これはもうラウルがミリアムとの縁談を承諾するまで絶対に牢から出してもらえないだろう。あのワガママ王女の事だから承諾した後も心の中でフェシリアナの事を想う事すら許さなさそうだ。
「だからと言ってフェリが諦めたら、それこそラウル・カベサスが牢に入れられた意味が無くなるだろう」
「でも、もう3カ月も牢の中よ?いくらカベサス夫人が差し入れをしていたとしても、ラウルが持たないわ」
「だったら駆け落ちでもしてしまえば良いのよ」
「あら、名案ね」
私の提案に同席していた黒髪のメイドが突然口を開いて同意する。
「行先はそうね……ラフィーク国が良いわ。お兄様に手紙を書いてあげるから、それを持って行けば大丈夫」
「母上……でもどうやってラウル・カベサスを牢から出すんです」
離宮へ行くようになってから顔を合わせるようになったメイドは時々こうして私達と一緒に黙ってお茶を飲む。特にアルベルトが咎めたりしないので、ここはそういうのを許しているのだとばかり思っていた。
どう反応して良いのか分からずにポカンとしていると彼女はふっと微笑んだ。
「アル、その前に」
髪を払う仕草をすると黒かった髪が赤へ変化した。
ベラーク国は他国では普通の人が使える魔法すら使えない国だ。魔法師以外で使えるとなると1人しか思いつかなかった。しかも赤色の髪となると間違いない。
「おうひさま……」
「初めましてでは無いけれど、この姿では初めましてね。ワタクシがベラーク国の王妃シャンタルよ。騙していてごめんなさいね。世間では病気療養中という事になっているから」
びっくりしたでしょう?と悪戯が成功したみたいにクスクス笑った。
「仕方が無かったのよ、あの姿じゃないと自由に歩き回れないから。ワタクシが堂々と表に出たらあの人は立場が無くなって何をするか分からないんだもの」
「……」
「あの姿の事は秘密にして頂戴ね。知られると面倒だから。それに魔法師達にも迷惑がかかるし」
「それは、どういう……」
驚きすぎて声が震える。
王妃は疑問に答えるつもりがあるようで、視線を私に向けたまま目を細めた。
「10年前だったかしら、子供達の命と引き換えに魔法師達の実験体になるという条件を付けられているの。この国の殆どの国民は他国と違って魔法が使えないから、その原因を追究する為に。もう原因はすぐに分かっているのだけど早く分かったら、次はもっと過酷な条件を課されるだろうし」
「まるで早く王妃様に亡くなられて欲しいみたいですね」
「あの人は王妃のように振舞っているけれど王妃では無いもの。陛下の心は手に入らないから執着しているのよ」
「アデルミラ様が陛下に愛されているという話は、嘘だったのですか」
「そうしないと側妃なのに王妃の椅子に座れないじゃない。そういう事だから今はまだ秘密なのよ。魔法師達は自分達の研究をしたいし、邪魔をされたくない。彼等と話をしてその研究はまだ続いている事にして聞かれたら死にそうになっていると答えるようになっているのよ」
「そういう事ですか。わかりました、誰にも言いません」
「そうしてくれると助かるわ。まだその時じゃないもの。それよりもどうやって駆け落ちさせるのか話を聞きたいわ」
王妃はそれからニッコリ満面の笑みを浮かべ両手を1つ叩いた。私が何を提案しようとしているのか興味がある様子。
言えば夢見がちだと思われるかもしれないが、言うだけならと思って話す事にした。
「ラウル・カベサス様とフェリシアナ様は死を偽って外へ出すのはどうでしょう。牢の中は不審死もあり得ますし。彼の死を知り後を追ってフェリシアナ様が自死する。後は葬儀の後に掘り起こし合流させて城を出る。念のため変装はしてもらいますけど。普通の駆け落ちならば評判は悪いですが、愛ゆえの死ならば人々の口から悲劇として美しく語られるでしょうから」
「……はははっ!死を偽るですって?!」
どれだけ反対されようとラウルの意志は固く、フェリシアナも離れられないのならば、いっその事どこかへ逃げてしまえば良い。単純に逃げるだけならば追いかけられて引き離される上に評判も悪いが、死んだ人間が逃げる事はありえない。死が逃げるという意味ならば確実に追いかけて来られない。
「生きていると分かっていたら追って来るでしょうし逃げ続けなければいけませんから。逃亡費用もばかになりませんし。特にラウル様が牢の中で亡くなられると貴族達が知ればミリアム殿下の評判はもとより、止めようとしなかった母親の方の評判も悪くなると思いますが。たがか縁談を受け入れなかっただけで死を賜る事になれば流石に横暴すぎて人が離れるのでは無いでしょうか」
「なるほどね…良いわ。ただし、棺の中身は変更させてもらうわよ。丁度いい研究をしている魔法師がいるから頼んでおくわ。ミリアム第二王女が表に出られなくなっても痛手にはならないでしょうけど、アデルミラが悔しい顔をするのは楽しみね。実に見物だわ」
王妃が目を細めて言う。10年もの間表舞台から遠ざかる羽目になった王妃が側妃に対して何も思わない訳が無い。
これから作り出す悲劇はきっと王妃の望みに沿う事になるのだろう。