第2幕ー4 側妃のお茶会(下)
気絶した夫人をカベサス邸まで送り届け、リリアナと屋敷まで戻った。結局挨拶も何もせず帰って来てしまったけれど、あの雰囲気ではお茶会を続けるのは無理だろう。
1週間後にカベサス夫人から良ければ屋敷に来ないかという招待を受け、牢に入れられたラウルの事も気になるので招待を受ける事にした。
カベサス邸の応接室で会った夫人は未だ顔色が冴えない様子だが私とリリアナを見るとニコリと力なく微笑んだ。
「あなた方がわたくしを屋敷まで送り届けてくれたと聞きました。会ったばかりだというのにお礼を言うのが遅くなってしまって……」
「体調は如何です?まだ顔色が良くないようですが」
「体調の方は大丈夫ですわ。ただ……」
「もしやまだ牢に?」
信じられない気持ちで口に出すと彼女は泣きそうな顔をして頷いた。内定した婚約を断っただけなのに、未だ牢に入れられているなんて横暴にも程がある。
あの様子だと夫人もラウル本人も知らない話だったようだし、場を変えて断ればまだ良かったような気もする。起きてしまってからアレコレ考えた所でどうしようもない事だけれども。
「ミリアム殿下との婚約なんて初めて聞いたもの。……きっと息子も気が動転してその場で断ってしまったのよ。旦那様もあれから慌てて息子を説得する為に牢へ出向いたけれど、フェリシアナ殿下が良いって譲らなくて。結局旦那様からはミリアム殿下のお怒りが解けない限りは無理だと言われてしまったわ……ってこんな事あなた達に話しても仕方ないわよね」
「あれから正式な婚約話が来たりとかは」
「無いわ。こちらから申し込むのを待っているのよ。だって息子が断り続けるのだもの。あの子は一度決めると考えを曲げないし、何も知らない親切な方は早く承諾させろとしつこくて困ってしまうわ」
カベサス夫人は頬に手を当てて小さく溜息を吐いた。顔色が冴えないのは連日訪れる親切な方々のせいなのだと暗に伝えていた。
「あなた達を呼んだのは、お願いがあるからなのよ。ラウルに何か差し入れをして欲しいの。牢の中は良い環境では無いし、夜は冷えるわ。それにいつミリアム殿下の怒りが解けるか分からないし。だから多少値が張っても良いから、寒さを凌げる物と栄養のある食べ物を見繕って欲しいの」
そして夫人と後日再び会う約束を交わし、カベサス邸を後にした。
一方フェリシアナはというと、お茶会の2日後にアルベルトから元気は無いがメイドの仕事はしていると聞いた。彼女に何があったのかまでは知らず気になっていた様子でお茶会の出来事を話した。
最後まで話を聞いたアルベルトは眉間にしわを寄せて長い溜息を吐く。頭が痛くなったのかこめかみを揉み始めた。
「恐らくそれは試されているな。自分に逆らいそうな人間がいないかどうか」
「試す必要なんてある?もうあの人の天下じゃない」
「アデルミラは不安なんだろう。父上の婚約者筆頭として婚礼はいつだとか言われていたのが母上と婚礼を挙げた事で周りの態度が一変したそうだからな。それにカベサス家と縁続きになりたい家はそれなりにいるさ。広大な領地を持っているし、ラウル自身あの容姿だ。少しでも引っかかるような素振りを見せたらすぐに叩くだろ」
カベサス夫人が倒れてから連日お見舞いが来ていたのはそのせいか。夫人達は必死なのだ。何もしなければ潰される、生き残るために彼女達は訪ねるのだ。
そうなるとラウルへの差し入れをする方法も考えなければいけないのではないだろうか。親だから許されるとは限らない気がする。後でリリアナに伝えておいた方が良さそうだ。
帰ってからリリアナに伝え、ラウルへの差し入れはカベサス夫人が直接行くのではなく、こちらで届ける手筈を整え実行に移された。商会の人間が直接行って届ける事にしたのだ。牢番にもこっそり差し入れと称して酒やら色々渡せば簡単だった。
ラウルから欲しい物があると言われたのが便箋セットとペンとインクだ。彼はそれを使ってこっそりフェリシアナ宛の手紙を書いて託してきた。リリアナからそれを渡されて、その手紙をフェリシアナへ届ける事にした。
フェリシアナに渡すとすぐさま封を開けて中の手紙を読み、涙をにじませる。
「……ばかな人」
「手紙にはなんと?」
「死んでもこの想いを貫くのですって」
「一本気な方ですね。騎士らしいというか」
「だからってラウル様があんな場所で寂しく死んでしまうのは嫌よ。でも……」
「ひとまず返事を書いてみては?説得するなり話し合うなり出来る事はあるでしょう。相手が諦めるのを待つのも良いですが、ラウル様が考えを変えないまま牢の中で寂しく亡くなられるのを待つよりはマシではないですか?急いで書かずとも手紙が書けたらちゃんと渡るよう手配しますよ」
頷くと同時にフェリシアナの目から溜まっていた涙が零れた。