第1幕ー14 幕が上がる
王からの挨拶をブリオネス公爵が読み上げた後、エルネストが劇場から連れて来た女優が歌声を披露し場を大いに盛り上げた。彼女が一礼をして広間を去ると続けてダンスが始まった。私達も流れに乗って2曲程踊り、飲み物を持って談笑していると背後からアルベルトの腕にしがみついてきた者がいた。
当然だがマリアである。周囲がギョッとして見て見ぬ振りを装いながらひっそり注目し始めた。
ブリオネス公爵も何気にこちらを注目している。やはりあの時の私の言葉が気になっていたようだ。
伯母とマリアは注目が集まった事に機嫌を良くしていた。
「久しぶりだねぇオリビアちゃん。何度か会いに行こうとしたんだけど会えなくて悲しかったよぅ」
マリアはアルベルトの腕に抱きついたまま満面の笑みで言う。その斜め後ろで伯母が扇を広げて目を細めた。
これから私は婚約破棄されて、マリアがそこに収まるのを大勢に見てもらう予定だから。大勢の前で恥をかかされるのを楽しみにしてきたようだ。
けれどもすぐに2人の表情が変わった。
私とアルベルトの服装を交互に何度も視線を動かして見ている。
「……仲が良いねぇ」
「ええ、陛下に安心してもらおうと思って。マリアの方は多くの男性からダンスに誘われているのでしょうね。さぞ楽しい夜会でしょうに、こちらへ来て良いの?」
「……当然よ。断るのも大変なんだから。それより、今日の装いはどうかしら、似合っているでしょう?」
クルッと1回転して見せたマリアの髪には私が贈った髪飾りが煌めいた。これを着ける時に誰も意味を教えなかったらしい。
私が贈った髪飾りはスイセンをモチーフにしたものだ。季節外れにも程がある。カレスティア家の使用人は止めただろうが、マリアが聞かなかったのだろう。彼女の中でその髪飾りの贈り主はアルベルトなのだから。
その意味は『うぬぼれ』。
花言葉くらい調べたら良いのに、しなかったのか。自分に向けられるものが全て好意以外ありえないと思っている証拠だ。少なくともここに1人は好意どころか悪意を向けている人間がいるというのに。
「良いんじゃないか?」
「うふっ。ありがとうございます」
「折角の大きな夜会だしカレスティア嬢、俺と1曲いかがだろうか」
私に視線を送り1つ頷いてからアルベルトはマリアにダンスを申し込んだ。驚きからうっとり微笑む表情に変わってマリアは彼の手を取りダンスの輪へ入っていくのを見送る。
最後の夜なのだ、これくらい大目に見る余裕はある。
もうすぐ私が最も見たかったものが寸前に迫っている。ざっと周囲を見渡せばカレスティア伯爵が同派の貴族と談笑しているのが見えた。
仲間に教えられ彼は振り返りマリアの姿を認めるとポカンと口を開けた。今初めて知ったという顔だ。ブリオネス公爵の右腕とも言われているから他の貴族の嫉妬もあって噂1つ耳に届かなかった様子だ。
それでもマリアか伯母からアルベルトの名前は挙がったのに気にも留めなかったのか。
そもそも屋敷に居る協力者からの報告では意図的にカレスティア伯爵は伯母やマリアと関わるのを避けている素振りがあると聞いている。夜寝静まった頃に帰って来て、起きたら自室で支度や食事を済ませて顔を合わせずに出て行く。
そんな生活を王都に来てからずっとしているそうだ。
伯母はいつかの時のようにぴったり横にくっついて、扇で口元を隠して私に話しかけてきた。
「貴方が決断しないから恥をかくことになったわね」
「いやだわ伯母様……」
「だからわたくしの言う通りにしておけば恥をかかずに済んだのに。マリアの髪飾り、あれは殿下がマリアに贈ってくださったのよ。貴方には1つでもそういうものがあって?いい加減理解して、これから起きる事は大人しく受け入れる事ね。意地汚く抵抗なんてしない方が貴方の評判もそれ程落ちずに済むでしょう」
「……」
クスっと笑って伯母がカレスティア伯爵のいる方へ行ってしまった。本当にどこまでも失敗する可能性を考えない人だ。
これを本気で言っているから反応に困る。実は冗談でしたーとか言う人が出てきた方が余程マシだ。
伯母が向こうへ行ってしまったのを見計らって、そっと近くに立ったエルネストがダンスを踊る人達を見ながら私に話しかけてきた。きっと伯母との会話も近くで聞いていたのだろう、顔が半分笑っていた。
「……っぷ…や、やあ。気分はどうだい?」
「笑いたければ笑った方が体に良いですよ。先日は無理なお願いを聞いてくれてありがとうございました」
「いや、急に笑い出したら僕の頭がおかしくなったと思われるから我慢するよ。あの件は僕としても興味があったから。それから王妃派には根回しを済ませてあるから自由にやるといいさ。そうだな…お礼は降霊祭用に1つ用意するという事でどうだろう」
降霊祭は秋に行われる行事で今からとなると、あとひと月半……。
しかし演劇を鑑賞出来ない人も見ることができる数少ない機会を台無しにするのはもったいない。そして出した答えは請け負う事だった。
「……ガンバリマス」
「あ、そろそろ終わるね。僕は一番近くで見させてもらおうかな」
「リリアナ姉様でしたら向こうにいますよ」
「ありがとう。先に殿下に挨拶してから声をかけてみるよ」
エルネストの言ったタイミングで曲が終わり、マリアをエスコートしながらアルベルトが戻ってきた。こちらに戻ってきた時点でマリアはアルベルトから離れるべきなのだが、彼女は両腕を彼の腕に絡ませたまま離れようとはしなかった。
「殿下、ご機嫌うるわしゅう」
「ラサロ公爵、久しいな。劇場の方はどうだ?」
「運営は上々ですよ。そろそろ次の段階を踏みたいと考えているのですが、なかなか許可が降りなくて困っている所です。……ところで、その令嬢は?」
「彼女はマリア・カレスティア嬢だよ。オリビアの従妹、といったところかな」
「ああ、噂通りお顔が綺麗な方ですね」
「まぁ!綺麗ですって、アルベルト様」
褒められて大喜びしたマリアにえっ…となった。何気に失礼な事を言われていると思うのだけど気づいていない。
いいのかな?……まぁ喜んでいるし良いのか。
言葉通りエルネストは挨拶が終わると双子の姉の1人リリアナの元へ行ってしまった。イザベルに邪険にされるだろうけれども、姉達の居る場所はこれから始まる出来事がよく見える位置だ。
マリアがアルベルトと踊った事で更に注目が集まっている。良い頃合いにそっと溜息を洩らした。
これ以上無い豪華で最高の舞台。十分すぎるくらいに観客は揃った。