第1幕ー12 計画する人達
もう12通目になるマリアからの手紙は私が前の婚約者の事が忘れられないようだとか、マリアが私にいじめられているとか、殆ど嘘ばかりになっていった。ロベルトの件はマリアが仕組んだ事だし、マリアと顔を合わせることが無くなったに等しいのにどうやっていじめるのか聞きたい。
他に近々国王誕生祭で行われる夜会で大々的に私の断罪とマリアと婚約する事を宣言して欲しいという記述を見付け、私は期限をその日に定める事にした。
ペンを手に取りエルネスト宛てに手紙を書いた。彼ならばこの依頼を面白がって協力するに違いない。
アルベルトが私を訪ねて来たのはそれから2日後の事で、何か気になる事でもあるのか玄関先から外を睨み付けるように、遠くを一瞥してから屋敷内へ入ってきた。
「どうかしたの?」
「いや……門の近くで怪しげな人が中を窺うようにして見ていたから」
「気にする事は無いわ。どうせ何も出来ないから」
「知っているのか?」
「まぁ……色々あって。とりあえずお茶の準備が出来ているから、あちらへ行きましょう」
準備しておいた部屋へ通し、席へ着く。生憎今日は雨が降っており、庭の様子も少しだけ様子が違って見えた。コトンとドロテアがお茶の入ったティーカップを置いてドアの近くに立った。
「それで、あの不審な女性は何なんだ?」
「元使用人よ。今はまだカレスティア家の使用人だと思うわ」
「どうして門の前に……」
「そんなの決まっているじゃない。アルに近寄るために待っているのよ。どうしてかは分かるわよね?」
「まさか、あれがそうだと言うのか?毎日そこに立たせて監視していると⁈」
「気づかなかったの?アルが来て数十分経ってから必ずマリアが来ていたことも?」
「…………いや、言われてみればここへ来るたびよく会うなとは思っていた」
「鈍い……」
「仕方ないだろう、価値が無いと見向きもされなかったんだ。ああ、自分で言って空しくなってきた……」
ヘコんでしょんぼりしたアルベルトの頭を撫でた。
ドロテアが音を立てないようにドアを閉めたのが視界の隅に入り、マリアが来たと気づいた。
伯母が絶縁を言い渡すのは今に始まった事ではない。母が拒絶を示せばすぐに飛び出てくる言葉。数日経ってマリアが訪ねてくるようになって、追い返される姿に母が心を痛め屋敷に入れてしまい絶縁はうやむやになる。
イラーナの監視もあって今日確実に来ると思っていた。アルベルトに聞こえたら屋敷に入り込むことが出来て、さらに私の評価も落ちて一石二鳥……な訳ないじゃない。今回の絶縁宣言は母も受け入れて何も見ない聞かないを貫いている。
けれどもアルベルトは気づいてしまったようで、溜息を吐かれた。
「……誰か来たのか」
「お母様の知り合いじゃないかしら」
「そうか。ところで今度の夜会の事なんだが着るドレスは何色にする予定だ?」
そう言ってアルベルトはこの先住むことになる屋敷の話をし始めた。僅かに漏れ聞こえる騒がしい声は意識の外に追いやってしまったらしく、国王誕生祭の夜会で着るドレスの色を聞いてきた。
「アルの目と同じ色のドレスにしようと思っていたけれど」
「えっ……」
「嫌だった?」
「あ、いや…そういう訳じゃ……うん、そうか分かった」
片手で顔を覆い隠してまた俯いた。耳まで髪の色みたいに赤くなっている。嬉しい時は必ず耳が赤くなるところは昔から変わらない。嫌じゃないのなら良いのだ。
アルベルトの瞳の色は父親である国王の色だと聞いている。自分達をないがしろにし続ける父親を忌み嫌うあまり同じ色の目も嫌なのではないかと不安だった。
仲の良さをアピールするには相手の持つ色の物を身に着けるのが一番で、今度の夜会で髪の色と同じ赤は候補に考えていなかった。時期的に暑苦しそうだし。
暫くすると漏れ聞こえてきた声は聞こえなくなり、遅い時間になってしまったので夕食に誘った。食事の後アルベルトは父と書斎に入り何やら長く話をして帰って行き、見送った後私は父に書斎へ呼び出されたのだった。
「お前のやっている事に関して何も言う事は無い。あの女の命令に逆らっているあっちが悪いのだからな。それに対する措置を取ったところで責められやしない。ああいうのはうちの得意とするところでもあるからな」
私のしている事をやはりというか知っていた。知らないはずがないのだ。家業上あらゆるところの情報を得ているのだから。先んじて情報を得て手を打ったり違う情報を流し自分達にとって有利なように物事を動かすのは基本中の基本だ。
これまでやってきた事の理由は問わないけれども、恐らく父には結果が見えているようだった。
「令嬢らしくないと怒らないのですか」
「何故怒る必要が?長年疎ましかったカレスティアを排除出来る機会をみすみす逃すと思うか?」
「疎ましいと思うのなら、もっと早くにお母様を止めてくだされば良かったのに」
「アレシアはなかなかに残酷なのだよ。優しい人だと思われているが、優しさも時には残酷な凶器になる」
「ではマリアをあのようにしたのはお母さまのせいだと……」
「まぁ、そうなるだろうな。全てアレシアのせいとは言えないが。まぁ後はお前の好きにやってみろ。折角アレシアを止めさせたんだからしっかりやれ」
父は葉巻に火をつけて深く吸い込み口から紫煙を吐いた。葉巻独特の香りが煙と共に薄く広く広がっていく。
「それが出来たら腐敗した部分も排除しやすくなるだろう。国をまともにする良いきっかけになる。北西の情勢が怪しくなってきたから早めにやっておくと後が楽だな」
そうですか、と納得しかけて私は頷きそうになった頭をピタリと止めた。
「……ちょっと待ってお父様?何か重大な事をさせようとしていない⁇」
「お前の姉達はもっと大変な目に遭っているんだ。少しくらい手伝ってやるのが姉妹愛というものだろう?迷惑しかかけない末っ子なんだから少しは役に立て」
再び紫煙を吐いて、ニヤリと悪い笑みを浮かべたのだった。