第1幕ー11 5人目
5人目の婚約者ロベルト・バレンスエラは元々街で暮らしていた平民だった。仕立て屋で働く母親とバレンスエラ男爵の間に出来た庶子。10歳の頃に母親が風邪を拗らせて亡くなるまで父親の顔も知らずに育った。
母親が亡くなって初めてバレンスエラ男爵が父親だと名乗り、ロベルトを男爵家に迎え入れたのだった。バレンスエラ男爵と夫人との間には1人娘がいたが、夫人や娘は彼を受け入れ本当の家族のように接していたという。
でも本当の家族のように受け入れられるものだろうか。夫人や娘はバレンスエラ男爵が気まぐれで相手をさせた女性との間に出来たロベルトを簡単に受け入れられるほど広い心を持っているのだろうか。
私の心が汚れすぎているせいなのか、裏があるとしか思えない。
家の後継ぎは男性のみが認められており娘しか生まれなかった家は婿を取り、その男性に家名を継がせる。バレンスエラ家は娘1人だったので、庶子でもロベルトは大切に扱われる。男爵が亡くなった後が彼女達の本番だろう。
婚約する話が出た際、身辺調査をするのでロベルトの事情は口には出さないまでもある程度は知っていた。
ロベルトが私と婚約する事になったのはバレンスエラ男爵が当たるかどうかも分からない金の採掘事業に大金を投資して失敗し、立て直そうにも上手くいかなかったからだ。小さな領地で得られる分でそれなりに貴族らしい生活は出来たはずなのに欲をかいたせいで、バレンスエラ家は今にも潰れそうな勢いだった。
今までの婚約者も皆そのようなものだから、特別ロベルトが哀れだとは思わない。家同士の結婚なんて互いの利益しか求めないものだ。
バレンスエラ家は援助を要求し、クレーエ家はバレンスエラ領に住んでいた植物の品種改良に長けた人材をもらい受ける事で婚約は成された。
ロベルトは最初から私の事が嫌いで、お金で何でも欲しい物を手に入れる人だとよく言われたものだ。
だから割とすぐにマリアの方へ心を傾けてしまっても何にも思わなかった。家と恋心を天秤にかけて傾いたのが恋心だった、それだけだ。
「バレンスエラ…様」
「婚約破棄以来、だな。元気そうで何よりだ。あれから色々大変だったんだ」
「はぁ、そうですか」
「……」
「……」
会話が途切れて暫く無言が続く。
マリアに何らかの指示を受けて話し掛けたのではない……?それよりも表情筋が疲れてきたのだけど。用があるのなら早く本題を話して欲しい。
ロベルトはそわそわと忙しなく視線を動かして落ち着かない様子だ。
「あの……折り入って頼みたい事があるんだ」
「内容次第ですが……話すだけでしたら無料ですので、とりあえず話してみてください」
脅したつもりは無いのだけれど、ロベルトは口元を引き攣らせて怯えの表情を見せた。ここまで怯えさせるような事をした覚えは無い。婚約破棄を宣言されて速やかに手続きを済ませ、援助も即座に打ち切ったくらいだ。援助した分を返済するよう求めてもいない。
それとも援助は打ち切られると思っていなかったとか?慈善事業なんてしていないのだけど。婚約する際にきちんと書面でその事は条件に書き入れてあったし。
「…………あの…また僕と婚約をしてくれないだろうか!」
「……」
「オリビアがアルベルト殿下と婚約しているのは分かっている。それにマリアが殿下に恋をしている事も。どうせ殿下はマリアに惚れるのだから、傷つく前に僕と…」
「何を言うのかと思っていたら、たった数か月で私を捨ててマリアを選んだ方が今度は自分を選べと。これはずいぶん面白い冗談を仰りますね」
「……いや、それは」
「それは国王陛下の決定を私に裏切れという事ですか?」
「今度は誠心誠意オリビアを愛すると誓うよ!」
こめかみを押さえて長い溜息を吐いた。
「裏切った方が言う誓いの言葉は信用ならないわね」
「じゃあどうしたら……」
「欲しいのは家を維持できるだけの援助とマリアの心。違う?」
「……」
「無言は肯定と受け取る事にするわ。まぁ…婚約を結び直すにしてもバレンスエラ家に何の価値も見出せないのよね。それって婚約する意味あるかしら?」
「価値?」
「何か欲しいのならば、それに見合う物を差し出さなければ成り立たないのよ?お店で物を手に入れる時にお金を支払わないと手に入らないでしょう。それと同じよ。バレンスエラ様の心なんて私は別に求めていませんし。それに比べ、アルベルト殿下には価値があるのですよ。1つめに王族と縁続きになれる事、これだけでも商売がもっと繁盛しますから。2つめにアルベルト殿下が得ることになる領地。クレーエ家も口出し出来るから都合の良い土地として利用できるわ。3つめは……」
「いっ、以前はそんな人じゃなかっただろう⁈ずいぶん意地汚くなったな!!」
「酷い言い草……以前の婚約の時もちゃんと価値のあるものを頂いているわ。貴族同士の婚姻なんて互いに利益が見出せなければ意味が無いのよ。バレンスエラ家にアルベルト殿下以上の価値があると言うのなら考えてあげますが」
「それは……」
俯いて無言になったロベルトとの会話は終わりだと判断し、近くに両親がいるのを見付けてそちらへと足を運んだのだった。こちらを注目している集団の中に伯母とマリアの姿があったけれど、悩んだ顔をしていれば何も言われる事は無い。
その方が自分達の計画が上手くいくと喜ぶだろう。
向こうで伯母とマリアがうっそりと笑っている顔が見えた。