第三話 おばあちゃまと僕の父
「それはどういう意味かな?」
「だから、私のおばあちゃまと」
「と」
「井口くんが」
「が」
「デートをします。」
まさに青天の霹靂とはこのような場合をいうのではないだろうか。5秒前まで、もしかして森川さんは僕に好意を持っているのかもと、淡い空想を抱いていた僕を殴りたい。しますって、もう決まったことみたいに言わないでくれよ…。というか、こんなのを森川さんが好きなはずないだろう。何考えてんだ自分。申し訳ないけれど、僕は森川さんのおばあちゃまとデートをするつもりはない。
「ごめん、実はこの後バイトがあって」
「待て待て待て。」
立ち上がろうとすると森川さんは僕の肩を押さえてマカロンに押し戻した。森川さんの長い髪が頬に触れる。鈴蘭の香りが鼻先をかすめた。……仕方がない、話くらいは聞こう。
「私のおばあちゃま、井口くんと会ったことあると思うよ。」
「えっいつ?」
「井口くんのお父さんのお葬式で。私達が中学2年の時の夏休み。今高2だからちょうど3年前くらいだね。」
父の葬式を思い出してみた。僕の父親、井口寿昭は3年前に膵臓癌を患って亡くなった。父親は土建屋を経営していて、僕は幼い頃からよく現場に連れて行かれた。従業員20名ほどの小さな会社だったが、その中でテキパキと指示を取る父の姿はかっこよかった。父を喜ばせたくて「大きくなったらお家の会社継ぐことにする!」っと何度も言っていた。その度に父は僕の頭を撫でて髪の毛をくしゃくしゃにした。
葬式には他の土建屋の社長や、市長、会社の従業員、父のバイク仲間など様々な人が来てくれた。僕はパパっ子で葬式中ずっと泣いていたが、中学生にもなって本当に情けなかったと思う。そういえば葬式が終わって数日が経ったある日、黒紋付に身を包んだ上品な女性が「お線香を上げさせていただけませんか?」と家を訪ねてきた。その女性は、線香をあげると遺影をじっと見つめ静かに涙を流した。今思うと森川さんには遺影を見つめたあの人の面影がある。女性が帰ったあと、母が僕に「あの人、たぶんお父さんの元カノよ。」と教えてくれた。
「失礼だけど森川さんのおばあちゃまはおいくつ?」
「66歳」
父は55の時に亡くなったから森川さんのおばあちゃまとは8つ離れている事になる…もし僕の父親と森川さんのおばあちゃまが恋人同士であったとしてもあり得なくはない。
「おばあちゃま、以前から体調があまりよくなくて最近はずっと部屋にこもっているんだけど、夜中に台所で物音がすると思って栄さんが覗いてみたらコーヒーを入れているみたいなの。普段は栄さんに家の事を全て任せているから、おかしいなぁと思って見ていたら、寿昭さんのコーヒーが飲みたい。って呟いていたっていうのよ。それが近頃ずっと続いているから…」
森川さんは栄さんが持ってきてくれたコーラをグイッと飲むと少しバツの悪そうな顔で、
「だからね、寿昭さんについて興信所に調べてもらったの。」
興信所…聴き慣れないその言葉を僕は頭の中で反復する。
「そしたら寿昭さんの息子のあなたが、同じクラスにいる事がわかってね。井口くんのお母さんにお願いする事も考えたけど、昔の女に旦那が入れた味を再現したコーヒーを飲ませてくれなんてそんな失礼な事言えるわけないじゃない?」
森川さんは僕を見つめた。
「だから、あなたにお願いしようと思って。お父さんが入れたコーヒーを入れておばあちゃまと一緒に飲んでくれないかな?。」