12話 美優紀のつぶやき
「お前、最低だな」開口一番、和樹は私を睨みつけるように言って来た。
「何よ、会うなりそんな言い草はないでしょう」幼馴染とは言え、言って良いことと悪いことがある。
「お前、少しはトーリーに済まないと思わないのかよ」
私は3日前に和樹から父のことについて話したいことがあるから時間をとれないかと電話を貰った。もう、和樹とは何年も改まって話をしたこともなかったし、さして会って話をしたいこともなかった。ただ、電話の口調からいつもと違う和樹の様子を感じて、今日、私の勤め先に近い駅前のファミレスで会うことにしたのだ。
「父さんがどうしたの?」真っ赤になって怒る和樹に私は反問した。
「先日、トーリーがおれんちに来て、町を出て行くと言って来たんだ。その理由を聞いて、俺はトーリーの言うことがもっともだと思った。そしてお前がなんて恩知らず、親不孝な奴かと思ったよ」
たまたま和樹が地元に戻っていた時、父が咲おばさんを訪問してきたのだと言う。
何やら相談したいことがあると言うことなので席をはずそうかとしたら、「できればご主人にも、和樹にも聞いてください」と言ったのだと言う。
父にすれば誰かに打ち明けたかった。
父はいつも咲おばさんとは協力し合っていた。近所で小母様以外に打ち明ける人はいないので事情はよく分かる。
「一体、何よ。理由も言わず、その言い方はないじゃないの」
「いいか、お前はトーリーの気持ちも考えないで、結婚式に家出したおふくろさんを呼んだんだよな。それがトーリーにはどんな気持ちにさせたのか考えなかったのかよ」説明するように和樹が言う。
「それは、結婚式には両親がいた方が良かったと思ったからよ」
「それは単なる見栄っ張りだからだろう。何で子供の面倒を見て来なかった女なんかを呼ぶんだよ」
「そうは言っても」
「トーリーと家出したおふくろさんとは話し合ったのかよ。トーリーがおふくろさんと喜んで会うと思っていたのかよ。」
「・・・」そう言われて私は何も言えなくなっていた。父と母が離婚した理由はある程度は分かっている。それだけ深い理由があるのに母を呼んでしまったことを勝手と言われれば、仕方ない。
「トーリーが家に来た時、目を真っ赤にしていたぜ。トーリーは自分を犠牲にしてまでお前を育てておきながら、お前からはあんなひどい思いをさせられたんだ。余程、悔しかったのだろう。」
「そんなこと言っても」私は思いもよらぬ話に言葉が続かない。
「愛子からも聞いたぜ。結婚式の時、トーリーは顔をこわばらせ、ずっと目をつぶっていたんだろう。始めは感激して、泣いているのかと思ったが、本当に悲しくて泣いているように見えたとさ」愛子とは小学生以来の友達で、結婚式に和樹は呼ばなかったが、来てもらった地元の数少ない友人だ。
「いつも固く目をつぶり、笑顔の一つもなく、口を固く引き絞っていた。何かあったと思ったようだ」
「・・・」愛子までがそう見ていたのか、何も言えなくなる。
「トーリーが一番情けなく思ったのが、お前がこっそりと出て行った女と何度も会っていたことだよ。トーリーはいつもお前の誕生日にはプレゼントを用意して待っていたんだ。でもお前は女とだけ会っていて、トーリーとは会おうとはしなかった。トーリーは受け取ってもらえなかったプレゼントがいくつもあると言っていた」
「そんなことが・・」
「興信所でお前と女の行動を調べてもらったら、ずいぶん昔からお前とは何度も会っていたようだな。
家出した女はもう何年も隣町ですんでいたんだよな。トーリーは何も知らなかった。それなのにお前は平気な顔で昔から会っていたんだ。会っていた後で、お前はトーリーに何も言わず何食わぬ顔で暮らしていたんだ。それがどれだけトーリーを傷つけていたのか分かっているのか。お前はトーリーを裏切っていたんだ」
「トーリーはお前たちの結婚生活をぶち壊したくないと言っていた。ただ、あの女のいる近くでもう住みたくないし、娘との思い出のある家にもういることはできないと言っていた。」家を父が出て行くなんて思ってもいなかった。
「おふくろにも横山さんにも何もしなくてもいいですから、町を出て行く事情を伝えに来ただけですと言っていた。俺もこんな嫌な話をお前には言いたくなかったよ。
ただいずれ、トーリーが家を黙って出て行けばお前でも気が付くだろう。だけどな、お前はなぜトーリーが家を出て行く理由が分からないだろう。本当のことを伝えるべきだとおもったのさ。俺はお前が情けないよ」そう言って、和也は出て行った。
和樹の言葉が私の胸に突き刺さっていた。一方的に和樹から言われ、反論も出来ぬまま、和樹はいつかいなくなっていた。私は何の思考も出来ずファミレスの席で放心状態になっていた。
新婚旅行から帰って来て、父に挨拶に行った時も変化を感じなかった。
いつものように言葉少なに「おめでとう」と言って出迎えてくれた。
だから父とは今後も同じように暮らしていけるのだと勝手に思っていた。
新婚の甘い生活に酔い、父の辛い気持ちに配慮していなかった。
私は本当に馬鹿だった。