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1話 始め

私は最愛の人に裏切られ、人を信じられなくなってしまった。

悔しくて、恨みと憎しみばかりが増し、また自分への不甲斐なさに情けなくて嫌になったものです。

不信感、復讐、憎しみなどの悪しき感情が次から次と沸き起こり、闇に閉ざされ前に進みだすことが出来なくなった。

長い苦悶の時間を経て、今ようやくその闇より抜け出すことが出来ました。

これから、私がどのように裏切られ、恨みから世捨て人同然となり、心は負の連鎖に陥り、その中からどうやって抜け出せたのかお話しします。


会社の仕事を終え、長時間電車に揺られ家に帰ると、娘の美優紀が泣いていた。

灯もつけず、たった一人で居間にうずくまるようにしていた。

「どうした?」

「ママがいないの」泣いてばかりいる娘から何とか聞き出した答えだ。

(妻がいなくなった)何が何だか分からない。

いつも会社から帰ると微笑みながら待っていた妻がいなくなっていた。

娘から聞き出せたのは次の事だった。

妻の真知子はいつも通りに夕方前に幼稚園から美優紀を迎えに行き、一緒に帰った。

その後、電話があって、何も言わず家を出て行ったという。

それから、帰って来ない。

今は夜の8時を回っている。少なくとも幼い娘を4時間も放ったままだ。

考えられないことである。

それ以上娘から詳しく話を聞くのは諦め、妻の実家に電話をした。

「お義父さん。真知子がいないのです。何かご存じありませんか?」

「え?どうして」父親も寝水に耳であった。

「どうやら、夕方から家を出て行ったままのようです」こちらの事情を知らせるだけになった。

「そうか、こちらでも心当たりを調べてみる」

他に友人にも電話をしてみたが、その日は妻の所在は分からなかった。


食卓には何も乗ってない。

普段だと妻と娘は早めに夕食を摂り、私の分は食卓にあるはずであった。

そこで私はようやく娘がまだ何も食べてないのではと思った。

「おなかすいたか?」

「ううん」どうやら娘にはパンを出しておいたらしい。

冷蔵庫にはすぐに食べられる物はなかった。やむを得ずコンビニに出かけることにしたが、娘が私と離れようとしない。娘の手を引いて出かけた。

その帰り道、娘は菓子パンを頬張っていたが、足が進まなくなり背負ってやると、いつの間にか寝てくれた。

「こんな子を置いてどこをほっつき歩いているんだ」

妻に対する心配と怒りが交互に渦巻き始めてもいた。

妻が何か残していたのか気になって、衣装ダンスを見ると、彼女のお気に入りが消えている。スーツケースもない。もしかして家出かそんな疑問もわいてくる。


そのあくる朝になっても妻は帰って来なかった。ニュースではこの近辺に交通事故や傷害事件などの話はない。まんじりと夜を過ごしたまま、朝7時に私は妻の両親に娘を預けることにして出勤するときめた。

警察に連絡も考えたが、家出の可能性もあり、妻の捜索願はしないことにした。

娘の通う幼稚園は早朝の受け入れはしてくれず、自宅より歩いて20分の所にある妻の実家に預かってもらい、送ってもらうことにしたのだ。

「まだ、真知子から何の連絡もないのか?」義父の声にも疲れが見える。

「こちらでも探すから、あなたはまず会社に行ってきなさい」義母も心配そうに声かけてくれる。

妻の失踪について確かなことは何もない。そんな中途半端な状況で会社を休むこともできなかった。

帰りは、また実家に立ち寄り娘を受け取り、帰宅することになる。

(何で妻がいなくなったんだ)その疑問でその日は頭が一杯だった。会社に行っても、睡眠不足と仕事に手がつかない。

上司に詳細を伏せながら説明して昼過ぎに早退させてもらった。

(妻に何か起こったのか?事故にでも遭ったのか?警察に届けるべきなのか?)不安と心配で胸が締め付けられ帰りの電車はやけにのろいように感じた。

そして妻の実家に行くと思わない話が伝えられることになる。


「義道君。済まない」実家に娘を迎えに行くと、義理の両親は居間の床に頭を擦りつけて謝って来た。

「どうしたんですか?」

「昼間娘から電話があった。全部、真知子が悪い。娘は男と駆け落ちしたんだ」

「え。」

「娘は高校の時、仲の良い先輩が出来た。いずれは結婚しようと互いに誓っていたようだが、その話は無理なことだった。

相手の男は、このあたりの大地主の息子で、親が真知子との結婚を許すはずもなかった。」

その地主の名前は私も知っていた。確か隣の市の市長でこの地方きっての名士と言える。

地主と言っても、戦後の農地解放でほとんどの土地を失ったが、事業の才覚があり、製糸業で財を築き、今は不動産業に手を出して地元でも指折りの家柄だ。その家にすれば息子と貧乏人の娘との結婚など認めるはずもなかった。妻の家は普通の会社員で決して貧乏とは言えないのだが、名家から見れば大半の家は貧乏と見なされる。

「家は昔小作をしていたし、私も会社に雇われていたこともあったんだ。だから私などは小作人のつもりだったのかもしれない。その娘を嫁にするなどもってもほかと思ったのだろう」義父は自嘲気味に説明する。

「それで、真知子と先輩は仲を引き裂かれてしまった。先輩から会ってもらえることも連絡もなく、娘は随分落ち込んだよ。高校を卒業して東京に就職させた。まあ、それまで納得させるまで随分家の中で泣き明かしたがね。」父親は淡々とそのときのことを語った。

「先輩のほうは進学し、卒業してから家業を継いだ。親の意見に従って、良家の娘さんと結婚したそうだ。ただ、家風がやかましくて、その嫁さんは耐えきれず2年ほどして家を出た。男の方も嫁さんと一緒に家を出てしまった。真知子の時と違って、その時は男も気概をみせたと言うわけだ。」その言葉の時だけ、目には怒りがあった。

「そのころになると真知子も男とのことは諦めて、ようやく立ち直り、そして義道君と出会って結婚を決めてくれた。」

私の知らない妻の過去だった。26にもなった女性が恋愛を経験したこともないとは考えなかったのでさして驚きもない。

「ところが、男は逃げた先で妻に死なれ、最近こちらに戻って来ていたんだ。そして最近真知子を見かけ、声を掛けたようだ。娘は男と駆け落ちをしてしまったんだ。真知子があんな奴にどうしてついて行ったか分からない。馬鹿な娘だ。本当に君には申し訳ない」

事情は分かった。妻は若い時に許し合った男と、また再会し、家出したのだ。

『焼け棒杭に、火が付いた』男との情事に溺れてしまったと言うわけだ。

私に愛想をつかしたのなら理解できる。でも幼い娘を放って出て行くなんてあまりに我儘すぎる。私はだんだんと憤りがあふれていた。

それが表情に出たのだろう。義理の両親は再び床に頭をつけ始めた。

「お義父さんも、お義母さんも悪くありません。どうか頭を上げてください」そう言うのが精いっぱいの気持ちだった。


実は他にも作品を書いているのですが、体調不良になり、書き上げる意欲が尽きました。そんな時掲示板で面白い実話を見つけ、これにヒントを得て作品を書き上げました。

短い作品ですがお楽しみください。

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