第65話 夢ならよかった
ーーー
甘い香り、暖かな温もり、包まれるような安らぎ。
まるで宙に浮かび、春の風に吹かれゆっくりと漂うような感覚。
このまま永遠に過ごせたら、そんな事を思えさせる確かな幸福という熱があった。
しかし突然、自らの肉体が地に向かい落ちていく。
暗く湿った冷たい大地に叩きつけられ、身体中の骨は折れる。
その場所は深い樹海だった
苦痛に声を上げようものなら、折れた肋骨が更なる苦痛を呼び込む。
出来る事は静かに待つのみ。痛みに耐え、頑張った。必死に生きようとした。
何時間、何日たったのか、痛みで分からなかったがとにかく長い時間が過ぎた。
目や口の粘膜から水分を取ろうと羽虫がたかり、垂れ流しの排泄物の臭いでハエが身体の上を飛び回る。食い物を求めゴキブリやシデムシなどの肉食昆虫が身体に這い寄る。
手で払おうにも骨が折れているので力を入れようとする度に激痛が走る。
恐怖と絶望と苦痛の中でいつしかその命は消えていった。
ーーー
「うわあぁぁっっ!!」
悪夢を振り払うように勢いよく毛布から跳ね起きる。
「うおっ!?いきなり驚かないでよ!驚くでしょ!!」
そこには自分を助けたエルフの少女がいた。その顔を見ると不思議と安心感を覚える。
悪夢から目覚めた男。集仁は自らの額に手を当て悪夢のせいで出た嫌な汗を拭う。
「なんか寝始めの時は大丈夫そうだったんだけど、途中からすごいうなされてたけど?」
「済まない、嫌な夢を見た。」
「嫌な夢ってどんなやつ?クローゼットの中から、めかぶとろろにまみれたババアが100人くらい三点倒立しながらジャンプして出てくるとか?」
エルフの少女。リンネは首を傾げながらあどけない顔で狂気的な質問をする。
「そっちの方がまだマシだな・・・」
「マジで!?あたしが見た悪夢の実体験番付で永世横綱よ!?」
「夢と実体験って言葉、同時に使ってややこしくないか?横綱も気にはなるが・・・」
夢の実体験という矛盾したワードに疑問を抱く集仁。リンネは横綱番付を破らんとするニューカマー悪夢力士の事を聞かせて聞かせて、とグイグイしつこくねだる。
集仁はその吐き気を催す程の悪夢を思い出したくも、口にしたくはなかった。しかし、深く呼吸をして心を鎮める、自らに起きた事を確かめるかのように静かに呟く。
「森の中で全身の骨が折れて虫にたかられながら死んでいった。」
「うわあ・・・ガチモンやん。ごめん嫌な事言わせちゃって。まあ、でも夢ならよかった〜!生きてる生きてる!」
そう、笑顔で明るく言うリンネ。バンバンと元気づけるかのように集仁と背中を叩くその可愛らしいエルフの少女に集仁は短く答える。
「ああ、夢ならよかったな。」
悪夢は実体験だった。
二人が言う『夢ならよかった』はそれぞれ別の意味であった。しかし何故、死んだはずの自身が生きているのか、その疑問が集仁を大いに悩ませた。
(死んだはずの私はこうして生きている。ここは私のいた世界ではないようだ、一体何が・・・それにここに自称エルフっぽいのもいるし・・・)
悪夢と現実に気を取られていた集仁だがエルフの少女に視線を移すと、あることに気づきリンネに質問する。
「もしや私が寝ている間、君はずっとそばについていてくれたのか?」
「まあ貴方をテイクアウトしたのはあたしだからね。責任感が違います!」
えっへん、と胸を張りながら答える少女。その胸は平坦であった。
「そうか・・・何から何まで済まない。」
「古人曰く、困った時はお互いサマーをインパルスする美脚な小悪魔マーメイドって言うでしょ?気にしな〜い気にしないっ!」
「いや、気にする。人助けはともかく、君の発言のサマーの後のやつ。」
「えっ?サマーをインパルスする生脚な誘惑的マーメイドがどうかした?」
「さっきと微妙に違う!?正解に近くなった!!」
ただふざけているのか、それとも余計な気遣いをさせないようにわざとそうしているのか、はたまた素でこれなのか。リンネはケラケラ笑いながら集仁のそばにいてくれた。
エアプランツと2人だけの時間がしばらく流れた。その時間は集仁にとってはかけがえのないものに思えた。
リンネの笑顔と笑いが集仁を死の記憶と悪夢から遠ざけてくれた。
しかし、その空間に突然に雷のような大きく野太い声と部屋の扉が開く音が響く。
「オゥオゥオゥ!!!目ぇ覚めたかいニイちゃん!!!!」
開いた扉の奥からハゲ頭の熊の様な大男が現れて、ズンズンと部屋に入り込む。
「誰だ!お前は!?」
集仁が問いかけると、その大男は巨体に似つかわしくない素早い動きで一瞬に集仁の後ろに回り込んだ。
「食らえ!スリーパーホールド!!」
その言葉とともに集仁の両脇から太い腕を通して羽交い締めをした!
「なっ!?スリーパーホールドじゃねぇ!?ネルソンホールドじゃねぇか!!」
「ワシの名前はホレーショ・ルダーロック!しがない大男だ!!」
「質問に答えが追いついてねぇ!!?」
ツッコミどころ満載のファーストコンタクトであった。
集仁が突然現れたホレーショに困惑していると、リンネが声をかけてくる。
「ホレーショさんは、あたしが頼んで倒れていた貴方を運んでもらったのよ。非力なあたしを許してちょ。」
(それはいいから、この状況なんとかせんか!!)
少女であるリンネが自分を1人で運んだとは思ってなかったが、こんなやつに運ばれて助かったのか、と考える集仁であったが、今はこの状況を助けて欲しくてたまらなかった。
「彼は病人ですよ、ホレーショさん。」
今度は部屋の入り口から優しい男性の声がした。
「ああっ!メディチ先生すまねぇ!ワシってばスリーパーホールド主義者なもんでついやっちまった!!」
「謝る人を誤ってますよ。」
メディチ先生と呼ばれたその優しそうな白衣を着用した男は呆れたように言うと、その言葉を聞いたホレーショは、ニイちゃんすまねぇ!とやはり大声で言い集仁を解放する。身体も声もとにかくデカイ男だな、と集仁はホレーショを評価した。
ホレーショの羽交い締めから解放された集仁にメディチは近づき心配そうに声をかける。
「大丈夫ですか?」
「ええ、なんとか助かりました。」
「食欲はどうですか?ありますか?」
「まあ、少しは・・・」
「では消化に良いものをお出ししましょう。」
そう言うとメディチは集仁にバナナを差し出した。
「あーー!いいなー!バナナだ!しかもシュガースポットがいい感じに出てる!」
「ワシも好き。」
突然のバナナの出現によりお猿のようにはしゃぐリンネ。ホレーショは怒られたのがショックなのか膝を抱えて小さくなり、心なしか声も小さくなっていた。
(コイツらには分けてやらん!)
怒り気味の集仁は、羽交い締めの張本人と助けようとしなかったリンネに見せびらかすようにバナナの皮を剥くと、バナナの中からピンク色の物体が現れた!
「これ魚肉ソーセージじゃねぇか!」
バナナかと思いきや魚肉ソーセージを差し出され集仁は困惑した。
「でも、栄養あるんで食べてください、魚の油は頭を良くするっていうデータがあるんですよ。」
メディチの一言で集仁はキレた。
「じゃあお前らが食べろ!!バッカじゃねぇの!?」
流れる沈黙。
集仁はひどい後悔に襲われて反省した。
まがりなりに自分を助けた恩人達にバカなどと忘恩甚だしいことを言ってしまった。
集仁に3人の視線が集まる。
「「「えっ食べていいの?」」」
目を輝かせて3人は声を揃えて言った、ちなみにじゅるりとよだれの音も聞こえた。
(コイツらマジでバカだ・・・)
集仁が呆れていると、3人とは別の視線が自らに注がれているのに気づく。
その気配の方向を向くと、眉目秀麗な長身の男が腕を組んで部屋の入り口の前に佇んでいた。
「オゥ!ゼフィール。そんな所にいねぇでこっちきて魚肉ソーセージ食おうぜ!!」
「オスジョブスさんの分なくなるよー。」
「フッ・・・いや、俺はいい。」
クールにそう言うゼフィール。ニヒルな魅力がある佇まいに集仁はついに現れたまともな(バカじゃない)人物の出現に静かに喜んだ。
(おお!この人は魚肉ソーセージの貪るアホ達とは違うぞ!)
「フッ・・・背負っている特大団扇が邪魔で部屋の中に入れない。」
「撤回。」
良く見るとゼフィールの背中には巨大な団扇があった。長身のゼフィールより大きなその団扇の存在に疑問を抱いたが、多分それについて聞くとまた疲れるだろうから集仁は聞かないことにした。
「あーーっ!!っていうかドア壊れてんがなー!!?」
ゼフィールがいる入り口を見て、ドアが壊れていることにやっと気づいたリンネ。
「ごめん、ワシのせい!!」
部屋に入る時に盛大に壊したホレーショが謝る。
「おのれぇぇ!!」
「後で弟のアルリッキルディに直してもらいましょう。」
「ヨークナルインター先生ェ!ありがとう!」
「フッ・・・」
なんなんだよコイツら。集仁は気づくと騒がしい変な集団に囲まれていた。
続く




