第60話 しかも子持ちの未亡人
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『哀しみを知り一人で泣きましょう、そし亭・・・』の食堂。
広いその食堂には白いクロスが敷かれた円卓がずらりと並び、一行はその内の一つにつく。
席についてしばらくすると豚肉のハーブパン粉焼き、ブロッコリーとチーズのサラダ、ジャガイモのポタージュが出されてきた。
「んー!美味しいです!」
「確かに絶品ですね、先生。」
「夕食をもらって正解だったなバッツ君。」
(結構ガッツリ系だ・・・私は軽めって言ったのに・・・でも確かに美味しい)
食事を取りつつ、一行はアバルについて話し合う。
「アバル君のことだから大丈夫だと思うが、少し遅い気もするな。」
「馬車で半日もかかるんだ、途中で待っていた方が良かったかもな。」
「うちの兄なら大丈夫ですよ、それくらい。」
アバルについて考えてつつ、一行は夕食を平らげ、ネロとクーネルに礼を言う。
「ご馳走様です。」
「でも、不思議だ。これだけの食事なのに・・・その・・・」
ミシェルはそこまで言って、申し訳そうになる。
「ウフフ、そうね。これでもちょっと前はもっと栄えていたのよ〜。」
「ちょっと前?」
「ええ、王国騎士団がご贔屓にして下さっていたんですけど、ほとんどの騎士さんが王都に行ってしまわれたの。そのせいで治安も悪くて外出するのが怖いわ〜。」
ミシェルは先程のクーネルが悪漢に金を巻き上げられそうになっていたところを思い出した。いや、それよりネロの話に心当たりがあった。
(王国騎士が引き上げた・・・私の町と同じだ・・・)
一ヶ月程前、プレジの町にいた王国騎士達も突然王都に行った。上からの命令だ、としか聞かなかった。
ミシェル達自警騎士と町の住人以外に、結局残ったのは数人の王国騎士と役人だけだった。
しかし、それもミシェル以外は全員が帝国に殺されてしまった。
ミシェルが難しい顔で考えていると、今度はバッツが質問する。
「ところで、ネロさんと娘さん2人でこの宿を切り盛りしているんですか?」
「ええ、お手伝いを雇うこともあるけど、5年前に夫が亡くなってからは基本は2人でやっているわ。」
「それでも、閑古鳥が鳴いているので暇なくらいですけどね。皆さんが宿屋を探しているって言った時に、この商機を逃してなるものかと、つい半分騙すような形をとってしまいました・・・。」
「商魂たくましいのは大事だと思うぞ。気にするな。」
申し訳なさそうに答えるクーネルにシュージンはフォローを入れる。
「普通でしたら、こんなお化け屋敷みたいな宿に泊まりたがらないですよね・・・。」
自嘲気味に言葉を続けるクーネル。少し重くなった空気を払拭するためシュージンは話題を変えようと手を上げて質問する。
「俺も質問いい?」
「あ、はい。」
「この町って、召喚石を扱っている店ってある?」
「ああ、それでしたら後で地図をご用意しときますね。」
「やっぱり、これだけの町だと召喚石の店も多いの?」
「ええ、ここ辺り一帯を治める伯爵様が召喚士様でして、珍しい召喚獣を集めているんです。その方の御屋敷がこの町にあるんで、召喚石を扱っているお店も多いんです。」
へぇー、と感心するシュージン。
「じゃあ、明日の朝でも行ってみるか、バッツ君も付き添ってもらおうか。ミシェル、食料品と日用品の買い出しをよろしく。」
「あ、ああ。」
王国騎士について考え込んでいたミシェルは、シュージンの言葉に少し驚きながら答えた。
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食事を終え、案内された部屋でそれぞれ寛ぐ、男組と女組。
男部屋では、バッツがシュージンに神妙な面持ちで話しかけていた。
「先生・・・ネロさんのことなんですけど、正直、どう思いますか?」
「まあ、良い人なんじゃない。いかにも怪しい黒ローブを着た連中に何も質問してこないし、もしくはただ、客に余計な詮索はしないだけかもしれないな、王国騎士御用達って言ってたし。そこら辺気を使っているのかも。」
「いえ!そういうことではなくて!」
そう言うバッツの顔は真っ赤であった。
「と、言うと?」
「えっ!?あっ・・・その、ほら!何かと苦労なされているじゃないですか!何か力になれることできませんかね!?」
バッツは顔を真っ赤にしながらしどろもどろ答えた、シュージンは手を顎に当てて考える。
「確かに、礼をしなくてはな。美味しい食事もご馳走になったことだし・・・」
「お美しくて、優しくて、料理上手で素晴らしいお方じゃないですか、なんとかしてあげましょうよ!」
「そうだな、この宿の営業不振については王国騎士団の王都引き上げに関係しているだろうから、王都に行ったら詳しく調べてみよう。」
「はい!」
シュージンのその言葉を聞いて安心したバッツは笑顔で返事をした。そして、バッツはまた顔を赤くしてモジモジしながらシュージンに質問してきた。
「先生、人間と獣人が手を取り合える日は来るのでしょうか?」
「ああ、俺がなんとかしてやる。」
このバッツの質問、シュージンは普通に人間と獣人の共存の事だと解釈したが、バッツにとってはそれよりももっと深い、人間と獣人の恋についての質問であった。
そう、バッツはネロに恋をしていた、人間の年上の、しかも子持ちの未亡人に。
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女部屋でも、同じく神妙な面持ちのミシェルがトセに話しかけていた。
「王国騎士団が引き上げるような理由とは一体なんなのだろう。」
「普通に考えれば、王都で儀礼や式典があるとか、要人が来るからその警護、とかでしょうか?」
「そうだよな。なんの理由も無しに駐屯地から騎士団が離れるとは思えん。それに丁度警備が手薄な時に帝国が攻め入るなんて、タイミングが良すぎる。」
「ん〜。それは考えすぎじゃないですか?一ヶ月前と、つい2、3日前ですよね。間が空きすぎですよ。」
「うーん、気になる、気になる、気になると言えば・・・」
「どうかしましたか?」
何かを思い出したミシェル、トセは首を傾げ質問する。
「トセ、何故、獣人はグヘヘと笑うのか?」
ミシェルは夜盗獣人事件の時を思い出して聞いた。
「いや、グヘヘなんて笑いませんよー!」
「いーや!確かにグヘグヘ笑っていた!」
「えー?じゃあ、あれかな?もしかして威嚇の時のグルルと笑いのへへッが混じっちゃったのかな?」
「なるほど!」
ミシェル、納得。グヘヘの笑い方は威嚇の要素がある笑い方であったことを知ったマイドの夜であった。
「なあ、トセ。ついでにもう一つ質問なんだが、『哀しみを知り一人で泣きましょう、そし亭・・・』のそして、の次はなんだと思う?」
「いや、流石にそれは知りませんよ。ネロさんに聞けば良かったじゃないですか。」
「そ、そうか。」
トセに正論を言われたミシェル。トセがどんな質問にも的確な答えを出してくるからついどうでもいい質問をしてしまった。その事を恥じるマイドの夜であった。
そして、その夜の静寂に響く悲鳴。
「キャーー!!」
宿のエントランスからネロの叫び声が聞こえてきた。
続く




