第59話 ま!
「ま!宿をお探しですかぁ!それなら思い当たる大きくて良い宿があります!」
手を合わせ、笑顔で答えるクーネル。
「わーお、ラッキー。」
「あと、他にツレがいるんだが、大丈夫か?」
「ええ、10人でも20人でも大丈夫ですよ!部屋も沢山あるので。」
ミシェルの言葉に笑顔で答えるクーネル。
流石、大きな町だけあって宿屋も立派なのがあるんだな、とシュージンとミシェルが感心していると、クーネルはエプロンワンピースから紙を取り出して、鉛筆でさらさらと地図を書き上げた。
「こちらがその宿屋です、中心から外れた郊外にあるんですが、大きくて目立つから直ぐに分かりますよ。」
渡された地図を見ると、短時間で描いたとは思えない丁寧な地図であった。
「それでは、私は家の手伝いがあるので失礼します。」
最後にもう一度深く礼をすると、クーネルは走り去っていった。
「人助けするもんだなあ。」
「ああ、とりあえず宿の心配はないな、バッツとトセは目立たないよう待機してもらっているからな、合流して宿へ行くぞ。」
「その前にあっちの露店の焼き鳥買っていい?100本くらい。」
「まあ、それくらい買うのはいいだろう。少し多い気もするが・・・」
「ミシェルにも半分あげるよ、俺は肉の部分でいいから、ミシェルは串ね。」
「可食部をくれ。」
ーーー
馬車で待機していたトセ、バッツと合流し、シュージンが買った100本の焼き鳥をみんなで分け合う。ここにいないアバルの分も取り置き、1人20本。取り置き分はトセに預けて、皆それぞれ焼き鳥を食べる。
甘辛いタレの香りが食欲をそそるその肉にかぶりつくと柔らかい肉から熱い肉汁が口の中に飛び出してくる。4人は焼き鳥をペロリと平らげ、再び馬車を走らせる。
ミシェルはふと、トセの膝下の食べ終わった串を見ると。
(串が30本はあるぞ!?トセ、まさかアバルの分まで食べたのか!?)
そういえば樹液スパゲッティも食べてたし、もうミシェルの中でトセは食いしん坊キャラに認定されていた。
何食わぬ顔でいるトセを見ていると、御者席からバッツの声が聞こえてきた。
「宿屋に到着しましたよー。」
「よっしゃー!降りろ降りろー転がるように!」
池田屋階段落ちのように馬車を降りるシュージン。ミシェルとトセは普通に降りた。そして、降りた3人は目的の宿屋を見て驚愕した。
大きくて、目立つ。クーネルの言葉に偽りはなかった。だが、所々傷んだ壁、ヒビの入った窓、建物全体が暗い雰囲気を解き放っている。
「歴史を感じる、趣がある・・・って言うか。」
「閑静、陰りが見えるというか。」
「ゴーストハウスかな?」
シュージンは率直な感想を言った。
「もうちょっと遠慮を持て!」
ミシェルはバッツを呼び寄せ、確認する。だが、地図を見比べても。
「・・・ここだな。」
「オレもここでいいのかまだ半信半疑です。」
ミシェルは想像していた大きな宿屋と、人の気配が全くしないボロ屋敷の差に肩を落とした。
心の中でクーネルに文句を言いつつ、もう一度宿屋を見る。大きな玄関ドアの上には宿屋の名前を表す看板が掲げられていた。
『哀しみを知り一人で泣きましょう、そし亭・・・』
「泣きたいのはこっちだ!?さらになんだ、そして、の続きはなんだー!?」
エキセントリックな宿屋の名前に気を取られ、この時目眩を覚えるミシェル。
「落ち着いて下さい!ミシェル先生!」
「まあまあ、ミシェル。あれもこれも夢じゃないんだ、今こそドアを開けよう。」
キレるミシェルを宥めるトセとシュージン。
確かに、冷静になって考えてみれば、トセたち獣人が人目を忍ぶには最適かもしれない。
大きな溜息をつき気持ちを落ち着かせて一行はドアを開けた。
「いらっしゃーい。」
可愛らしい出迎えの声が聞こえてくる。エプロンワンピースと茶髪のおさげの少女、声の主は宿屋を紹介したクーネルだった。
「お前かあぁぁ!?あれか!ここお前の家か!?そうだろ!そうなんだろおお!!」
「お客様。他の方のご迷惑になりますので、お静かにお願いします。」
全てを察し荒ぶるミシェルはクーネルの言葉にピタッと止まり、ミシェルは咳払いする。
「ゴホン、失礼した。つい取り乱してしまった。」
ミシェルの謝罪にいえいえ、とクーネルが笑顔で答える。すると、宿の奥から艶やかな声とともに女性が現れた。
「クーちゃ〜ん。お客様かしら〜?」
クーネルと同じ茶髪で、その髪は肩甲骨あたりまで伸ばされ一つ結びにされている。落ち着いた印象を与える女性。ミシェルらは一目でクーネルの姉だと思った。しかし、その考えはクーネルの言葉で否定される。
「あ、母さん。さっき言っていたお客様一行がいらっしゃいました!」
「ま!いらっしゃいませ〜。」
柔らかな声でクーネルの母はシュージン達を歓迎する。
「クーネルの母親!?若っ!?美人!」
「ま!お上手〜。」
(素敵なお人だ・・・)
ミシェルの率直な感想にウフフと照れ笑いしながら手をぶんぶんと扇ぐように振っている。その可愛らしい仕草にバッツは頬を染めていた。
「あ!申し遅れました〜。わたくしは、ここの『哀しみを知り一人で泣きましょう、そし亭・・・』の主人で、クーネルの母のネロと申します〜。」
胸に手を当てながら優しい笑みを浮かべ答えるネロ。
「あの、聞きたいことがあるんですが・・・」
さっきから気になっていた宿屋の名前の由来をミシェルは聞こうとするが・・・
「犬派?猫派?」
シュージンのどうでもいい質問が横入りしてきた。
「それ私との初対面でもしたやつ!」
「ん〜。」
シュージンにツッコミを入れるミシェルをよそに、指を口元に当てて悩ましく目を細めるネロ。その様子を手を合わせてバッツが祈っていた。
(犬来い犬来い犬来い犬来い犬来い!)
黒いローブを纏った男が熱心に祈る姿は怪しい儀式そのものだった。
しばらくしてネロが口を開く。
「ネコちゃんもいいけど、わたくしはワンちゃんの方が好きね〜。」
「よっし!!!」
黒ローブの儀式男が膝をつき力強いガッツポーズをした。
突然のバッツの大声に驚くミシェル。ネロに頭をさげ謝罪する。
「すいません、さっきから騒がしくしてしまって。」
「構いませんよ〜。どうせお客様は他におりませんし、賑やかな方が楽しいですから。」
(じゃあ、さっきのクーネルの言葉はなんだったんだよ・・・)
ミシェルはクーネルに不満を感じつつも、グッと堪えた。眉をひそめるミシェルの横で、シュージンが話を切り出す。
「まあ、それはそれとして、俺達今夜泊まりたいんだけど。」
「ありがとうございます!4名様でよろしいですか?」
明るく答えるクーネル。
「あとで一人くるから、5人分で、2人部屋と3人部屋一つずつ。」
「かしこまりました〜。御夕食はいかがされますか?」
「先程、屋台で済ましてきたので結構です。」
ミシェルの言葉を聞くと、ネロが明らかにショックを受け、手と膝を床につくように崩れ落ちる。
「せっかく、クーちゃんが恩人のお客様を連れてくるって言っていたから腕によりをかけて作ろうとしていたのに〜。」
「母さん、気をしっかり!」
(いや、そこまでショックを受けるか?)
悲しみに暮れる母親を慰めるクーネル。その様子をミシェルはさめざめと見ていた。しかし。
「折角です!夕食もいただきましょう!いいですよね、先生!トセも食べたいですよね!」
悲しそうなクーネルとネロの姿を見かねたバッツが大声でシュージンとミシェルに訴える。トセもバッツの言葉にうんうんと首を縦に振り同調する。トセはただ食べたいだけである。
「バッツ君とトセがお腹すいているなら仕方ない。それなら俺もいただくとしよう。」
(トセ、まだ食べるのか・・・)
トセの食欲に若干引きつつ、ミシェルも溜息をつき、夕食をいただくことにした。
「私は軽めでお願いします。」
「「ありがとうございます〜。」」
母娘は笑顔で答えた。
続く




