第30話 はぐれ召喚獣
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巨大な赤黒い野獣と対峙するミシェル。ミシェルの後ろではザトアが震え怯えている。
「野獣との戦い方は心得ている。大丈夫だ。」
小声でザトアに語り掛けるミシェル。剣を両手で構えながらゆっくりと後退りをする。
「転ばないように気をつけろ、安心しろ私が付いている。」
ザトアは頷く。野獣との戦い方は隙を見せないこと、野獣を興奮させないこと。この二つ。
(こんな大きな野獣は見たことない。飛びかかってきたら、まず死は確実だ。)
のし、のし、と、大きく開かれた口から唾液を垂らしながら近づく凶獣。その口には大きな牙が並ぶ、暗い森の闇の中で不気味に光る白い牙だ。
ミシェルがその恐ろしい白に意識を向けていると、その獣は歩みを止める。ミシェルとの間合いを測っているのか。
すると、獣の巨躯が落とす黒い影がグジュグジュと音を立てている。
(な、何を!?)
ミシェルが不気味な音の方を見ると、獣の足元の土が形を変えて狼の形になる。
(分身を作ったのか!?)
土の狼は素早く動き、ミシェルに肉薄する。
一閃。
ミシェルは喉元を噛みちぎろうとする狼が、跳躍する瞬間を狙い剣を刺突する。深々と剣が刺さった土の狼は、ぼろぼろと崩れて元の土塊になる。
残心。
剣を素早く構え直し再び、野獣に意識を向ける。野獣は動かない。
(土の狼は冷静になれば、この程度脅威ではない。)
しかし、獣の影が再びジュクジュクと音を立て、今度は二体の土の狼が生まれる。
完全に形を変えた二体の狼はミシェルの右と左、二手に分かれて襲いかかる。
「くっ!」
それを見たミシェルは剣を右手の片手持ちに変える。右から来た土の狼の首を斬り払い、左は籠手で防ぐ。籠手に噛み付いている左の狼の腹を刺すと、また両手持ちに構え直す。
影から四体の土狼が生まれていた。
「オイオイオイ・・・」
四体の土狼が襲いかかろうとする、その瞬間、森の静寂を打ち破る黒と灰色の二つ影が疾風と共に現れた。二つの影は一瞬で四体の土狼を土塊に戻し。ミシェル達の前に立つ。
「無事か?ミシェル。」
「シュージン!」
「っていうかチビネコがなんでいるん?」
「アバル!」
シュージンとアバルである。
「話せば長くなるが・・・!」
「「じゃ、いいや。」」
ハモりながらミシェルの説明を拒否する。やはりこの馬鹿二人は波長が合うのか。
「ガルルグゥ・・・」
赤黒い獣は低い唸りで新たに現れた二人を威嚇する。
「あれがオレが一ヶ月前に感じていた正体か・・・。あの化け物のことを教えてくれるんだろ?センセ?」
「あれは、ただの野獣ではない。はぐれ召喚獣だ。」
「召喚獣!?一体誰が召喚したんだ!?」
ミシェルがシュージンに問う。
野獣ではなく、召喚獣。そのミシェルの疑問にシュージンは答える。
「召喚を行う主人が未熟だったり、召喚獣が出現している間に絶命すると、その召喚獣は稀にはぐれ召喚獣になる。分かりやすく言うと、召喚獣が暴走している状態だ。」
「だが、召喚獣のデメリットはどうなる?アバルが言うには一ヶ月前からいるのだろう。召喚の時間制限やエネルギーがあるのではなかったのか?やはり誰かが召喚を繰り返しているのでは?」
「ああ、それについては・・・」
「食ったんだろう?センセ。」
シュージンが説明しようとするが、アバルが口を挟む。
「この森の中の生き物全部。生態系がぶっ壊れるくらいに!」
怒気が込められたアバルの回答にシュージンが答える。
「恐らくそうだ。」
狩の獲物が捕れなかったアバル。その理由は既にこの化け物に全部食われていたからだ。決してアバルのかりが下手くそだったわけではない。アバルの心に沸々と激しい感情がこみ上げる、食い物の恨みは恐ろしいのは人間も獣人も同じことなのだ。
「アバル君、聞いてくれ。今までこのはぐれ召喚獣は森の生き物を食べることでエネルギーにして生き長らえてきた。だが、もうこの森の生き物はいない。」
「ああ。わかってるよセンセ。」
「このまま放って置けば集落を真っ先に襲う。」
「ああ。わかってるよ。」
「しかも、空腹の状態だ。形振り構わず暴れ回るぞ。」
アバルの脳裏に集落を襲う赤黒い獣の画が浮かび、二ヶ月前の帝国に襲われた村のことを思い出させる。
そして、一ヶ月間アバルに対しその姿を見せなかったこのはぐれ召喚獣。その気質は本来ならもっと慎重なものであろう。だが、集落にいたシュージン達にまで届く大きな咆哮。
これはこの召喚獣が食う物に困り、追い詰められているという事であった。
「センセ、一つ忘れてないか?」
アバルが呟く。その眼光ははぐれ召喚獣と同等の鋭さである。
「ここにも腹を空かした獣がいるってことをよォ!!」
続く




