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鐘の音……
鐘の音が……聞こえる
幾度となく聞いてきた鐘の音が……
「そろそろ眠りから覚める時間ですよ?」
「いやー、慣れるものですねー」
専門学校を卒業して、一ヶ月。新人合同研修を終えて、寮暮らしとなって十日。自室としてあてがわれた部屋で、入寮した翌日から聞いている鐘の音が響く。
「えーと、今日の鐘は……ああ、あの有名な」
一昨年に初詣に行こうとして諦めましたねー、と思い出しながらベッドから身を起こした少女は、慣れた様子で鐘の音と起床を促す声を繰り返し流しているものに手をかざす。
その動作を合図に響いていた音は止まり、続いてどこか機械的な音声が再生される。
『おはようございます。静那様。現在の時刻は、午前六時三十分二十三秒。食堂の開店まで残り十四分三十秒です。今日は、朝食を食べられますね。ここ三日の食生活から見るに、ビタミンBが不足気味ですので、B定食なでどうでしょうか』
「うーん、B定はトマトが難敵ですからねぇ。まぁ、先輩にでも献上すればよいでしょう。しかし、秒数の読み上げは不要ですかね? 先輩に勧められましたが、若干うざ……面倒ですね」
静那と呼ばれた少女は、呟きながらそれを手に取ると設定変更の為の手順を取る。すぐに変更が完了したことを通知する音声が流れると、静那は一つ頷き改めて自身が手にしているものを見つめる。
「最新型の人工式霊内臓の携帯端末――霊端末――のある生活。これこそ、現代退魔士の最先端の生活です」
この十日の間に幾度となく呟いた言葉を、笑みを浮かべながら言う静那。霊端末を部屋の中央にあるテーブルに置くと、静那は出勤の準備を整えていく。最後に、再び霊端末を手に取り、鏡の前で自身の姿を確認。入寮してからの日課である言葉を、鏡の中の静那に告げる。
「国家公認退魔集団防人衆、”刻人”所属。高槻静那。業務を遂行します!」
「で、今日もやった訳? 名乗りの練習」
静那に呆れ顔で問い掛けたのは、彼女の隣室に住む深谷奈緒子。年齢は奈緒子が二つ上であるが、隣室であることに加え新人研修で部屋が一緒だったこともあり、よく食事を共にしている女性である。
彼女の問い掛けに頷く静那は、器の中に鎮座しているトマトをどうするか悩んでいるようで、奈緒子が呆れていることには気づいていない。
「まぁ、研修の時と違って自室だからいいけどさ。研修の時みたいに、防音結界に影響を与えるのはやめてよ?」
「大丈夫ですよ……。あの時と違って、寮の部屋は防音結界がしっかりしていますから」
「それは知ってるんだけどさ。静はアタシより声に力をのせるの上手いんだから、本当に気をつけてよ? 無意識にのせるとか」
「分かっています。寮長にも注意されてますし、私の霊端末の方で制御術を使ってますから、無意識にのせていても影響のない範囲です。それに、先輩が結界の調整術式も入れてくれたので、歪みも即修正可能です。今朝も歪みを発見、修復してくれました」
トマトから目を離さず告げる静那。そんな静那の様子に、ため息を一つ吐く奈緒子。
「通りで、静の式霊の成長が早いわけね。アタシも色んな術式入れてみようかなぁ」
「所有者によるカスタマイズと、内臓された式霊の成長により所有者に最適なサポートを提供することが可能。それが、一般の携帯端末との最大の違いであり、利点。深谷さんの好きにしたらいいと思うよ? ここいいかな?」
許可を求めながらも、返答を聞くことなく二人の目の前の席に着く少年。そんな少年の行動に二人が文句を言うことはなく、静那はその男の皿に自身が残していたトマトを移し始める。
「鳴上先輩。トマトを献上します。礼は不要です」
「静ちゃん。年齢は一緒なんだし、呼び捨てでいいし敬語はやめてよ。あと、トマトは自分で食べようね?」
「いや、それは無理あるって。あ、静がトマトを食べることじゃないよ?」
静那に鳴上先輩と呼ばれた男が、奈緒子に視線を向ける。視線を向けられた奈緒子は、男に笑い返しながら続ける。
「静は真面目だし、アタシと比べるとちょっと固いからね。敬語なしってのは無理だよ。妥協して先輩呼びが精一杯だよ」
「何せ、鳴上君は我らが国家公認退魔集団防人衆、”刻人”の長だもんね」