04
日は、無情にも沈んだ。
戒は暗くなっても、砂浜付近の道路に等間隔に取りつけられている電灯のまわりを捜す。
さすがに今日は切り上げて家に帰ろうと思った頃には、バスにも乗れないほどのひどい格好になっていた。
綺麗な月夜に感謝しつつ。
徒歩にてやっと自宅に帰りついた戒は、母親に見つからないように玄関を開けると、そろり、そろりと、足音を立てないように階段を上って、無事自分の部屋がある二階にたどり着く。友達の吉崎の家に遊びに行って来る、というアリバイは作っていたので、遅く帰ってきたことは特に怒られはしない。
それよりも、何よりも。
学校から直行した所為で制服のまま探していたのが悪かった。真っ白なシャツも紺のズボンも汚れまみれ……そして、砂浜をはいつくばった&ごみをかき分けた結果、何かで引っ掛けてシャツもズボンもところどころ破れていた。
よかった。
父さんならともかく、この格好を母さんに見られたら確実にシメられる。
戒は日常の恐怖を痛感しながら。
やっとくつろげるホーム(自分の部屋)へと帰還……。
カチャリ。
音をあまり立てないように、自分の部屋のドアをおそるおそる開ける。
と。
「っ……!?」
「遅かったな」
そこには、男が寛いだように戒のベッドに座っていた。
予告もナシに、この男の姿を見るのは心臓に悪い。一瞬、部屋を間違えたのかと思った。大声を出さなかった自分は本当にえらい、えらかった。
「……」
「やはり見つからぬか?」
「ああ、見付かんないよ……それよりも、なんでこんな所にいるんだ?」
今日はもう疲れ果てて、今にでもすぐにでも眠ってしまいたいのに。
戒は、喋るのも億劫だった。
「そなた、今日はご苦労であった」
「ハイハイ」
「本当に、そなたはこの娘を好いておるのだな」
「…………」
そうでなかったら、こんな苦労してないよ、神様。
一瞬、殺意が沸いたような。
突き抜けたあきらめが、戒の心を過ぎ去っていく。
そんな、戒の心境を知ってかしらずか、神様はこう言った。
「そなたには、すまないとは思っているのだぞ」
「本当かよ?」
どう見ても『すまない』とか『悪い』とか思っていなさそうな神様の様子に、自然と戒は疑った口調になる。
どうやら疲れきっているせいか、神様相手だろうと適当になっていた。
しかし、神様であるはずの男は、そんな戒の態度を気にしていないようだ。
「ああ、本来ならば、お前の願い無償にて叶えたい所だが、我ら神にも制約があるのでな、それに今の我には、ナツメとやらを生き返らせる力は無い」
「え!? それじゃあやっぱり詐……」
『詐欺』と言いかけて戒は慌てて言葉を濁した。
またさっきの屋上でみたいに睨まれたら、たまったもんじゃない。
「今の我では、力が足りぬのだ」
少し、悔しそう……というよりは、神様は苛々しているようだ。
ぴりぴりとした、空気が戒に伝わってくる。
「今、そなたに捜してもらっている我が『力』が我の手に帰れば、ナツメを生き返らせる事が出来る」
「あれ? それって……つまりは……。
俺にかかってるってことなのか?」
初めて聞かされる真実に、戒は衝撃を受ける。
「力」と「ナツメ」は別物にとらえていた戒だったが、「力」が手に入れば「ナツメ」を生きかえらせる事につながると聞いて、妙にやる気が出てきた。
「よーし、明日は朝から探しに行くからな! やる気出たぞ……って、あぁこりゃヤバっ!!」
戒は着替えようと、シャツを脱いで背中部分を見ると、細かく刻まれたように、糸状に裂けていた。縫うのはどう見ても無理。これは、母さんの雷直行コースだ。
「はぁ。しかたない。隠しておいて機嫌のいい時にでも、見せるか……」
それでも鉄拳制裁は免れないだろうな。
そうぶつぶつと、呟きながら慌てていた戒は気がつかなかった。
「力が返らぬと、ほんの些事しか出来ぬ」
いつの間にか触れるほど近くに威吹は来て、戒の服に目をやる。
「破けているな」
そう言って、戒に向かって手をかざす。
戒の服の汚れやほつれが、ゆっくりとまるでビデオの巻き戻しのように直っていった。
「へえぇぇ」
戒は男の力を目の当りにして感心する。
現実ではありえない事をじかに見せられて、戒は改めて目の前の男は本当に、姿かたちは人間のように見えても、人間ではないんだという事に気づかされた。
「すごいなあ。面白い、あ、ありがと……ええっと」
これで母親から、怒られなくてすむ。
そう考えて、戒は男にお礼を言おうとしたが――男に呼びかけようとして、今更ながら名前を聞いてないのに気が付いた。
「えーっと、ありがとう。神様」
しばらく考えてから、そう口にする。
と、男は戒の口篭った理由が解ったらしく、こう言う。
「我の名は、威吹……呼び捨てで構わぬ」
「威吹……?」
「礼には及ばぬ。そなたと我は言わば命運を共にするもの……後の事は心配するな……」
「…………」
そう、威吹が言った瞬間、戒は床にへたり込む。
威吹はそれを軽々と抱きかかえて、ベットに横たえた。
「本当にご苦労であった、戒。今日はゆるりと休むがよい」
戒に言う威吹は優しい目であった。
戒には思いもよらなかったが、威吹は戒には悪いと思っていたし感謝もしていた。
……あくまで威吹なりに。
本来ならばナツメだって、こんな契約をしなくても、力さえあれば生き返らせていた。
目の前の少年は、本来ならしなくてもいい苦労を背負い込んでいるのである。
それを黙っているのは心苦しいが。
ふと、戒から鼻を突くような臭いが一瞬漂ってくる。
「潮香か」
眠ってる戒の傍で、威吹は眉をしかめる。
その顔は屋上で海を見つめる表情と一緒だった。
「姉上。ご命令の件ご報告申し上げます」
「阿波……地上の方はどうでしたの?」
「相いも変わらず。伊吹殿は影も形もありませんでした」
「そう……」
「では、私はまた地上へ」
「……待って、阿波」
「姉上?」
「……私に考えがあるの」
「御意」
早朝から戒は海岸に来ていた。
勿論学校の方はさぼってである。戒には「学校」よりも「ナツメ」の方が大切だったから。
昨日の教訓を胸に、どんなに汚れようとも構わない服装に、食料も準備万端だった。
昨日は、疲れていつのまにか眠っていたらしく、起きたらベッドの中だったし。
威吹もいなくなっていたし。
多分、考えたくないけど……ナツメの家に、ナツメの部屋に帰ったんだろうなぁ。
そう考えて、戒はなんだかイライラする。
いや、相手は神様であって、それどころかナツメの体に一緒に居るんだけどさ。
「今日はまず、昨日とは反対の所から捜して……あ、明るいうちに電灯の無い所から……」
戒は若い男子にありがちな妄想に流れそうになるのを、おもいっきり頭の中から振り払うべく、ぎこちなく独り言を言う。昨日謎の青年に話しかけられたゴミの溜まり場が、暗くなったために最後まで捜せなかった事を思い出し、その場所に行く事にした。
そこには。
!?
「き……木の? は、箱っ!!!」
夢にまで見た、威吹から聞かされた『桐の箱』らしき物が、ゴミの上に無造作に置かれていた。
全力疾走で砂を掻き分け、転びそうになりながら、戒はその箱に駆け寄る。近くで見たら確かに、掌ぐらいの大きさの……よくテレビとかで見る、高価な茶碗や壷を入れるような箱だ。
そっと、震える手で戒は箱に手を掛ける。
――ドクンッ。
「!?」
戒は触れた瞬間、指先に熱さを感じて、弾かれたように箱から手を放した。その一瞬で理由も無いのに「本物」だと確信する。
これも威吹が言った通り。
「やった! こ、こ、これで!!」
ナツメが生き返る―――――。
また熱さを感じないかと、怖々と戒は箱に触れる。
今度はなんの抵抗もなしに、箱に触れられた。
戒は思い切って箱を持ち上げる。
が。
「!?」
興奮してたせいと角度の所為で、気が付かなかった。
蓋が付いて無い――――。
持ち上げて気付いた中身は?
一体?
何処?