03
戒は、自分の意気込みを勢いあまって叫んだ。
いつの間にやら戒の側から離れて、男は屋上の手すりに持たれていた。いきなりの大音量な戒の声にワンテンポ遅れて目を見開く。
次の瞬間、嘲笑とも取れる微笑が顔に浮かんだ。
「魂とは、また面妖な事を……。
我の願いは、我の力を捜すのを手伝って欲しいのみ」
「へ……?」
「ある事情があり、我は神としての力を海神に引き出され……具現化されてしまってな。その力を捜しておる」
「その“探し物”に協力すればいいのか?」
「その通り」
「……っなんだ! 俺はてっきり」
安心したのか、戒は腰が抜けて座りこんだ。
立てそうもない。
なんだあ、こいつの探し物に協力するだけか……。
そんな簡単な事でナツメを生きかえらせてくれるなんて、こいつ結構言い奴なのかも。
戒は、心から笑った。
それを見て、男は特に気にした様子もなく、遠くに見える海に目を向ける。
戒の住む町は海辺にあり、通う高校は坂の上の高台。三階と屋上からは海が見える。その色は、日の光に照らされて、綺麗な碧色をしていた。
しかし、万人なら美しいと表現されるものを見ているはずなのに、男の顔は不快さを隠し切れない表情だった。
戒には見えていなかったが。
「で、何を捜せばいいんだよ。
その『ぐげんか』された力ってなんなんだ?
どんな形してるんだ?」
具現化の意味もよく解ってない、戒は探すものを聞く。
早く聞いて、捜して、ナツメを生きかえらせたかった。
でも、その問いに対しての男の返事は、戒には信じられないものだった。
「解らぬ」
「はぁ?」
「その具現化された力、我は見ておらぬ。ゆえにどのような形を保っておるのか……海鳴の趣味はわからぬからな」
最後の名指し……は、戒に聞こえないように密やかに呟く。
戒の方は途方に暮れた。
どういったものかわからない物が、何らかの形で落ちている。
それを拾えと言うのか?
捜せというのか?
そんなの捜せるか――――っ!
絶望的だ……もう……はぁ。
いやナツメを生き返らせようというのも、初めから無理な話なのだが。
戒は頭を抱えながら「上手い話には裏がある」という格言を頭に思い出しながら、無情にも鳴り響く昼休み終了のチャイムを聞いた。
「御方様」
「水波……か?」
「どうなされます? 威吹殿の事は?」
「まさか逃げ出すとは思わなかったよ、だからと言って諦める気は毛頭ないけれどね」
「そうおっしゃられると思って、阿波を人界に送りましたの」
「気が利くな」
「お褒めに預かり光栄ですわ、海鳴様」
「阿波に期待しよう。威吹を私のもとに連れてこれるか……」
「本当は御方様自身で、行かれたいのでしょう?」
「水波にはどうも見透かされるな」
「ない、ない、ないっ!!!」
半分、やけくそになりながら、戒は探し物をしていた。
時は夕方、場所は箱崎海岸の砂浜。
ここは、戒がナツメと最後に会った場所。
本来なら、絶対足を向けたくない嫌な思い出のある場所だったけれど、戒にはそうとも言ってられなかった。
「こんな砂浜で、探しだせるのか……」
時間と共に、焦りが出てくる。
海岸は一キロほどの長さで、そして岩山や草の茂みも満載だ。
こんな場所で探しものだなんて、正気の沙汰ではありえない。他のやつらが探し物をしているといったら、戒は間違いなく馬鹿だと思うだろうしやめる事をおすすめする。
でも戒は、捜す手を休めなかった。
それどころか、乱暴に目の前の不法投棄な粗大ゴミたちを掻き分けてそれらしきものを捜す。
男から聞いた、「ぐげんか」されたと言う物体の特徴は……。
1. その力は、男が持っていたときは両手で持てるぐらいの正方形の桐の箱に入っていたらしい。
2. と言う事は、その力はその大きさの箱に入るぐらいの大きさに具現化されたと推測される。
3. 多分、製作者の趣味で見るからに綺麗な物であるだろう。
4. 俺には、神の力が契約の印に残っているので、反応するだろう。
5. 落としたのは、この箱崎海岸のどこか……らしい。
どこかって……もし海に落ちてたりしたらどうするんだよ。
もしも落ちているかもしれない「物」のために、海から捜すよりもまず浜辺から……と言うのが今の戒の状況である。
「ったく、本当に大事なものだったら、捜すの手伝って欲しいよな」
一人よりも二人の方が、探し物をするにはどう考えてもいい。
沈みゆく真っ赤な夕日を背に感じながら、捜す時間がなくなっていくことを感じた戒は男のことを考えた。
……我は、訳あって海辺に赴く事は出来ない……。
じゃあ、なんで海岸なんかに落としたんだよ……。なんて普段の戒ならツッコミを入れていただろうが、その表情がとても不機嫌そうに見えた。「寄らば斬る」的な雰囲気に空気を読んで質問を控えた戒である。
気になるな~。
戒は、うんぬん唸りながらも当然手を休めない。
色々と気になる事はあるが、自分はあの男を信じて探すしかない。
ナツメを生き返らせるためには。
「貴殿はなにかお探しか?」
『きでん』の意味が頭で理解できるまでしばらく。
不意に背後から声を掛けられ、自分が話し掛けられている事に気がつくと戒は振り向いた。
そこに立っていたのは、自分より少し上ぐらいの男。
端整な顔立ちは、キリリと引き締まっており厳しい。姿勢は背筋正しく、堂々とした立派な立ち姿である。まるで時代劇で見る武士のようだ。
戒の一見した感想は「剣道とかやってそう」だった。
しかし男の身なりは日が沈みかかって気温が下がってきているけれど、どう見ても今の季節と場所には不似合いな暑そうなコート。
長い髪をポニーテールのように束ねている姿。
……怪しい事この上ない姿であるけれど、目の前の青年は、暑ぐるしい所か反対に涼しげに見えた。
それに言葉使いも、いやにレトロな言いまわしで……男の事を思い出させる。
「いや、別に大した物捜してるわけではないんで」
戒は嘘をつく。
『どんな形をしているのか解らないものを捜してるんです』
だとか本当のことを言ったら、戒の方が十分怪しい人物になってしまう。
自分でも今の状況が夢のようなのに。
ここでは嘘の方が……めんどくさい事にならないでいいだろう。
しかし、目の前の青年は、それで満足しなかったらしい。
「拙には、大した物と見受けられるが」
じっ、そう青年は、戒の服装を見る。
戒も改めて自分の姿を見回した。服は汚れと所々破けた個所が……どう見ても、全力で探し物をしているレベルだ。と青年は思ったのだろう。
戒も、冗談なしでそう思うぐらい酷い格好だった。
「いや、ほんっとになんでもないんですよ!
もう暗くなって帰ろうと思ってましたし……すみません」
戒の全力の首ふりと返答に、親切な青年は何か口を開きかけてから、閉じた。
目をみつめられて、戒はそれを反らさない。
そしてしばらく経ってから。
「……ではもうそろそろ暗くなる、気をつけてな」
納得したようにこれ以上の詮索は無用と思ってか、青年は車道のほうに去っていった。