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02

 

「何言ってるのアンタ? 今ので幼なじみの顔忘れるほど頭打っちゃったの?」


「……」


 何を言ってる。という台詞はこっちの方だと言いたい戒だが、余りのショックで言葉が出てこない。


 あんまりだ……。


 そう思う。

 こんな悪ふざけ、いくらなんでもあんまりだ。

 目の前に居る、母親がナツメと呼ぶ見た事の無い人物は、余りにもナツメとはかけ離れていたから……。


 ナツメは小柄。

 目の前の人物は、長身。

 それにナツメは可愛い暖かな雰囲気だが、目の前の人物は整い過ぎている美貌を持っているせいか、冷淡な印象を受ける。

 ナツメの髪は……本人は気にしていたようだけど戒は好きだった……綿菓子みたいにふわふわとした天パで茶色の髪。

 一方目の前にいる人物は、ストレートの艶やかな長い黒髪を無雑作に後ろで括っている。


 そしてなにより重要なのは性別だ。

 目の前に立っているのはどう見ても男。


 まるで対極とも言える、この人物が、同一人物なんて。

 これこそ夢?


 いや……今までの方が夢なのか?




「………」

 戒は、あまりにも考えすぎて何も出来なくなる。


「ほらっ、ナツメちゃんも遅刻させる気なの? 戒っ! 早く準備しなさい」


「………」


「きゃあ! 戒! アンタ足怪我してるじゃないっ血が出てる! 階段にべったり」



 そう、母親に言われて、まだよく動かない頭で視線を自分の足に向けると、日に焼けた足が見えた。そこには何も変化がない。

 しばらくすると床には血の足跡と、引きずった後がある事に気がつく。スプラッタだ。

 そしてまたしばらくかかって戒はやっと足を上げ、血の出所が自分の足のうらからであることを理解した。

 しかし、痛みはない。

 

「本当だ」

 実感なく、まるで他人事のように戒は呟く。

 戒はベットから飛び起きたときに、自分の部屋に散乱した破片に片足を突っ込んでいたらしい。


 よく、夢の中での怪我は痛くないっていうけど、やっぱりこれは夢なんだ、本当の俺はまだ眠っていて、現実逃避しているんだ。


 そうぼんやりと考えている戒が、病院につれられ、興奮状態から醒めて痛い思いを実感するのは。これから数十分後の事であった。










「お前は、一体誰なんだ?」


 病院にて傷の手当てが終り、学校に登校。

 昼休み時間に、立ち入り禁止の屋上に男を呼び出した戒の第一声。

 足の裏が、貫いたように痛いが、医者にはたいした事がないと言われた今では、それよりも気になる事がある。


 ――――勿論、目の前の男の事だ。


 戒の強い視線に動じる事もなく、強い風でたなびく見事な黒色の髪をかきあげながら、男は微笑む。


 どきんっ。


 その様子があんまりにも様になっていたので、不覚にも戒は見とれてしまった。


 ……落ち着け、戒。


 あの混乱した意識の中でも(今も戒は十分混乱しているが)綺麗な人物だと思ったが、こうやって差しで対面していると声を掛けるのが恐れ多いほど整った姿をしていた。

 この海辺の町では滅多に見る事が出来ない……いや、日本中でも滅多に見られないほど人間離れした美しさ。

 そして不思議な事に、病院に行って学校に来てからの間、観察していたが、この美しい男は戒以外の他の人間にはナツメとして見えているらしい。


 夢のような、ゆったりとした時間は過ぎ、男は口を開いた。


「……誓ったではないか」

「ち…誓い?」


 姿と同様、声もぞくりとするような美声。

 何時の間にか、男は戒に触れられるぐらい側にいた。


 ぐいっ。


「なっ!?」

 男に片手であごをいきなり持ち上げられ、戒は動揺する。


 はっっ!


 しかし、すぐに正気に戻ると、男が戒の額に視線を向けていることに気がついた。男は残った方の手を、その視線の先……戒の額の中心に当てる。

 触られた「そこ」には、違和感があった。


 まさか。


「お前は、夢の」

「そう、契約をした」


 あれは夢じゃなかったのか

 夢の中頭の中に響く声。

 そう言えば、あの声に似ている……ような気がする。


「そなたは、我に誓ったはずだ。願いを叶えたら何でもすると」


 ああ、確かに誓った……誓ったけどっ。


「ナツメは生き返ってないじゃないか!」


 そうだ、みんなにはこの男がナツメになって見えているイコール生きているって見えているらしいけど、ナツメは本当には生き返ってはいない。


「これって詐欺じゃないか!」

「詐欺?」


 その言葉を聞いて、男の顔が心外だというように険しくなる。

 美しいだけに壮絶で……空気さえもピキッと凍りつく。

 でも、これだけは負けられない。戒は覚悟を決めて、睨み返す。

 と、ふと男の顔が柔らんだ。


「これは失礼した、許すが良い。今回は我の方に非があると見える」

「?」

「そなたには、説示不足であった」

「せ、せつじ?」

「そなたには、我に見えているだろうが。この体は紛れもなく朝斗ナツメ本人の物」


「え……?」


「この娘の魂は、冥府の入り口でさ迷っておる。

 魂が抜けた肉体は、朽ち果てるがこの世の掟。この娘の体朽ち果てぬよう我が、娘の魂の代わりに躰に入り今現在は護持しておる」


「??」


「そなたには、我が娘の躰に見えぬのは、多分我と契約をした時に、我の力が入り込んでしまった為、この娘の躰に入っておる我の姿が見えるのであろう」



 なんだかよく分からないが……と、言う事はナツメは完全には死んでいないって事なのか?

 三途の川を渡ったら死んでしまう直前にナツメは居る。

 体はこのよくわからない奴が入って、生命維持装置のように保っていると。

 

 あくまで俺の推論だけど。


「とりあえず、今の状態はナツメの魂を、体に戻せば生きかえるって事なのか?」

「その通り」

「じゃあ……」

 すぐにでもと、言いかけた戒の言葉を男はスパっと一刀両断した。


「なれど、お前にも契約を守ってもらわねば、完全には生きかえらせる事は出来ない」

「え……」

「我の望みを叶える事」

「お前の願い?」


 確かに言った、けど。

 こんなどう考えても人間じゃない奴の願いってなんだ? 


 もしかして漫画や小説にあるように、悪魔に魂を売るとか?

 ……そんなことになったら、ナツメの傍に居られないじゃないか!

 本末転倒だ!

 

 戒は、男の願いの内容が今更怖くなる。

 心の中で葛藤したけれど、しかし出した結論はこれ以外になかった。

 ナツメが生き返るのならなんだってやってやる、その気持ちは変わらない。

 戒は自分の覚悟を叫ぶ。



「魂でもなんでも持っていけよ!!」




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