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六 何かを表現しているオブジェの前で

「本当にごめんなさい。」

 土曜日の午前十一時半頃、僕は駅前の変わったタイトルで、何を表現しているのか全く理解できないオブジェの傍で可南子に頭を下げていた。息を切らし、汗をダラダラ流している姿からは、『優等生』モード時の爽やかさは微塵も感じられないに違いない。

「理由、聞いてもいい?」

 本当の待ち合わせ時間は十時。可南子は待ち合わせ場所の定番であるそのオブジェの前で僕に連絡することなく約一時間半ずっと待っていたのだ。隣で同じように待ち合わせしている女の子の相手が来て、そのカップルが見えなくなるまで見届けた後何度も同じことを繰り返していたに違いない。

「それは・・・・」

 いつもだったら静枝さんが倒れて医者を呼んでて、とか言い訳をするのに今日の僕はそんな気分になれなかった。咲が現れてから僕はおかしくなっている。

 

 遅れた理由は今から二、三時間前にさかのぼる。



「病院に行こうって。」

「嫌。」

 可南子とのデートに出発する前、熱で寝込んでしまった咲を病院に連れて行こうとしたけど前回同様あっさりと断られた。

 親父の書斎の前で言い合いをしてから、咲とは全く喋っていなかった。咲はずっと静枝さんと離れの部屋で生活していたし、僕の部屋を訪れることも、またその逆もなかったので顔を合わせることすらなくなっていたのだ。

 そんな僕等を心配してか、静枝さんから咲が寝込んだと聞きこの離れに来た次第である。

「寝てれば治るわよ。いつも、そうだし。」

 静枝さんの部屋の天井を睨みながら、咲はいつも通りの強気の口調で言った。でも、いつも通りの迫力は無い。

「でも、風邪は万病の元って言いますし。ね?」

「・・・・・私、薬アレルギーがひどくて。だから、病院に行っても意味ないんです。飲める薬なんて、ほとんどないから。」

 咲は僕に対する態度とは全く異なる態度で静枝さんに答えた。僕には上から目線なのに、静枝さんの前では普通の女の子だ。

「咲ちゃん。」

「すみません、眠らせてください。」

 そう言って咲はあっという間に眠りに入った。

「本当に、強情なんだから。」

 僕は半ば呆れながら静かに立ち上がった。

「真一さん?」

「とりあえず薬局に行ってアレルギーが起こりにくい風邪薬買ってくるよ。市販で売られているくらいだからそんなに危険なんてないだろうし。それから果物とかもついでに。」

 静枝さんの疑問に僕は一気に答えた。頭の中はもう咲の看病内容を考えていたのだ。

「あ、でも・・・・・」

 静枝さんが何か言い掛けたが、僕は立ち止まることなく部屋に戻って財布を握りしめ家を後にした。

 そう、可南子との約束をまたもやすっかり忘れてしまっていたのだ。



 理由を聞かれた僕は黙り込み、可南子は何も言わずに僕を見ている。

「もう、いいよ。」

 沈黙が流れること数分、とうとう可南子が口を開いた。

「原因はあの親戚の子、でしょ?本当に親戚の子か知らないけど。」

 女の勘なのか、可南子は咲のことを言い当てた。僕は下げていた視線を上げ、可南子の目を見た。

「浪人生って嘘をつく位だもんね。あの子、真一君の何?」

 驚いたことに、咲が浪人生という嘘まで見抜いている。僕はもう可南子に全てを話すことにした。

「血縁者には違いない、筈。」

 実際咲が僕とどういう関係なのか僕自身知らない。だからこういう風に曖昧にしか答えられないのだが、可南子がそれで納得する訳が無かった。

「 “筈”って何よ。じゃあ私は真一君の何な訳?」

 可南子が怒った表情をしている。今まで平穏に過ごしてきていたので初めて見る表情だ。

「彼女だよ。」

 僕は迷うことなくそうピシャリと言いたかった。事実なのだからそう言えばいいのに、何故か言葉に出来ずに戸惑った表情で可南子を見つめてしまった。

「もう、いいよ。終わりにしましょう。さようなら。」

 先程と同じ発言の後、可南子はそう言って僕に背中を向けて歩き始めた。

「可南子・・・・・」

 僕は可南子の背中を見つめながら、一度だけ名前を呼んだ。呟くように呼んだ名前は届く訳も無く、そして勿論可南子が振り向くことも無く改札口を通り人込みの中へと消えていった。

 

 どうして僕は追いかけないのだろう。

 どうして僕は『彼女』だと即答出来なかったのだろう。

 

 問い掛けるまでも無く、答えは出ている。

 僕が偽りの姿で可南子と接していたからだ。

 『優等生』という仮面をかぶっていた為に本当の友達が居なかったように、可南子とも上辺だけで付き合っていたのだ。可愛くて、優しくて、何の申し分も無い筈の可南子を、一人の人間として接していなかったのだ。

 そんな僕が、偉そうに追いかけて可南子を引き止めることなんて出来ない。

「僕って、本当は馬鹿な人間だったんだな。」

 待ち合わせ場所のオブジェの前に僕は座り込んだ。全力疾走して走ってきた疲れが一気に押し寄せてきた。

 しばらく僕はそこを動かずに目の前を横切っていく人をただじっと眺めていた。休みの日ということもあってカップルと思われる組み合わせがかなり多い。お互いに幸せそうにしているカップルが多いけれど、明らかに片方が惚れ込んでいるというカップルも少なくなかった。   

 きっと僕と可南子もそうだったのだろう。

 可南子が僕に思いを寄せてくれていたのは表情から見て取れた。だから自分がフラれるなんて思ってなくて、常に上から目線だった気がする。

 デートしてあげる

 一緒に課題をしてあげる

 キスをしてあげる・・・・・・・・・・・・・・・・

 僕は可南子と付き合った一年半を思い出した。自分から一度だってデートに誘ったことがあっただろうか。こうしたら可南子が喜ぶかな、とか考えたことがあっただろうか。プレゼントだって店員さんにお任せしたりして、深く悩んだことなんてなかった。

 今までそれで何も言われなかったから、それでいいのだと思っていた。

♪〜♪〜

「薫だ。」

 着信の鳴った携帯電話を開くと、薫からメールが届いていた。

『今日大倉さんと映画に行くって言ってたよね?僕今から買い物に行こうかな、と思ってて、もしよければお茶とか混ぜてもらえないかな?』

 薫からの初メール。絵文字を全然使わないところが僕と一緒である。僕は返事をせずに代わりに電話を掛けた。

「薫?今から会える?・・・・うん、ちょっと聞いて欲しい話があって。・・・・・今、駅前のオブジェのとこに座ってる。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・うん、わかった。待ってる。」

 こんな風に誰かに話を聞いて貰いたいなんて初めてだった。自分がフラれた、なんて格好悪い話昔の僕だったら絶対に話さない。でも、薫にだったら別に構わない。むしろ聞いて欲しい。これが、本当の友達ってことなのだろうか。


「お待たせ。」

 さっきの電話から三十分程経った頃だろうか、薫がかなり息を切らせて僕の前に現れた。そんなに急がなくても良かったのに、と思った僕のキョトンとした表情に薫は脱力した。

「泣いてるかと思って、慌てて来たのに。」

 薫は息が荒いまま僕の横に座った。どうやら薫に電話した時、泣きそうな声をしていたらしい。

「ありがとう。」

 僕は薫の心配が嬉しくて、素直に心からお礼を言った。


 薫の息が元に戻ると、僕等はファミレスに行ってドリンクバーで四時間程粘った。最初はご飯を食べ、可南子とのやりとりを聞いてもらっていたのだが、気付けば話は学校の話題へと移りサークルに入ってみたいね、とまでれていた。

 落ち込んでいた筈の僕はわりかし元気が戻り、友達のありがたさをしみじみと痛感した。

薫だけじゃなく、自分もこんなに喋る人だとは知らなかった。咲が現れてから初めて経験することや知ることがたくさんある。

 ファミレスで四時間が経過した頃、本当はまだ話足りない気もしたが、今日は親が家に帰ってくる日だと思い出し二人で店を後にした。

「今日は本当、ありがとう。」

「ううん、また学校でね。」

 僕は最後にまたお礼を言ってから薫と別れた。上辺だけで可南子と付き合っていたのは事実だが、何も感じない訳でもなかった。薫が居てくれて、本当に良かったと思う。


 だけど今の僕は咲との関係をハッキリしなければいけないのだ。可南子にフラれた衝撃や薫へのありがたさの気持ちでそこを見失ってはいけない。


 家が近付くにつれ僕は気を引き締めた。




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