参 仮面の下
「ごちそうさま。」
昼ご飯を学食で食べ終えた後、咲は僕に丁寧にお礼を言った。大学に連れてくることになったのでさっき渡したお金は電車代を除いて僕の財布の中へと返ってきている。それと比べるとかなり少ない額なのに、しっかりとお礼を言ってきた咲に思わず目を見張ってしまう。
「何よ?」
「お礼を言われて少しビックリして。」
「は?」
いつものように気の強い表情に戻った咲は、何を言っているのという反応を返してきた。
「ご飯を奢ってもらって当然、っていう女に見える?」
「いや、そういう訳では。」
本当はそう思ったのだが、争いにならないように誤魔化した。正直、僕は咲が親父に多額の金額を要求する為に来たと思っている。母親が死んで、多分独り身になった彼女は生活費に困ってとりあえず父親の可能性である親父の元に来たのだと。
だから僕の家から出るお金に感謝されるなんて思っていなかったのだ。
「ま、行くか。」
変な空気になる前に僕は席を立った。それに続いて咲も自分の食べた食器を返却コーナーへと運んでいく。
「真一君。」
偶然鉢合わせた可南子に思わず心の中で「げっ」とつぶやいた。
「あ、可南子もこの食堂だったのか。」
「うん。あ、こんにちは。」
親戚の子と信じている可南子は咲に挨拶をして僕は心の中でかなり焦っていた。親戚という設定にしていると咲には伝えてないのだ。変なことを言うなよ、と願う。
「こんにちは。」
いつも通り愛嬌がいいとはいえない表情で咲も挨拶を返した。
「どうだった?大学は。」
「・・・・・楽しかったです。」
一瞬戸惑ったようにも見えたが、話を合わせようと咲は少しぶっきらぼうに答えた。とりあえず、一安心する。
「来年受けるの?」
「まだ、わかりません。」
「あ、可南子。課題終わった?」
二人が話している空間に耐えられなくなって僕は思わず割って入った。
「来週提出の?終わったよ。」
可南子はそんな僕を不思議に思うことなく、快く答えてくれる。
「先生の研究室まで持っていくんだよね?」
「そうそう。」
なんて他愛ないやりとりを何とかやり遂げ、咲と学食を後にした。
「気持ち悪っ。」
正門を出るやいなや安心感に浸っていた僕に咲がまた吐き捨てるように言った。
「何が。」
さすがに何回も言われると嫌気が差してくる。僕は歩くのを止め、不機嫌な様子を隠すこともなく、咲の後姿にぶつけた。
「優等生面して、楽しい?」
咲は半分振り返り、僕の目を見据えて考えないようにしていた核心をズバリついてきた。
「・・・・・・・・・・楽しいさ。」
本当はすごく疲れていた。だけど、そんなことは言いたくなくて精一杯の見栄を張った。 弱々しい声しか出なかったので心の中はバレバレだったろうけど、咲はそれ以上何も言わずにまた前を向いて歩き始めた。
僕はゆっくりとその後ろについて歩いた。僕の方が歩くのは早いけど、なんとなく並びたくなくて駅に着くまでその状態だった。
「咲、恥ずかしいからやめてくれ。」
買い物に街中に来て五分足らず、咲は駅前にあるカフェの窓ガラスにぴったりとくっついて中を凝視していた。その姿はどう見ても怪しく、一緒に居る僕ですら変人に思われかねない。
「あの服、可愛い。」
そう言う咲の視線の先にはそのカフェの制服を着た店員が居た。可南子も一緒にここに来た時、そう言っていた気がする。
「でも普段着としてはおかしいよな。コスプレになっちまう。」
そう言いながらも僕は頭の中で勝手にカフェの制服を来た咲を想像してしまっていた。
似合う。
って僕は何考えてんだ!
コスプレ咲のビジョンをすぐさま頭の中から消し、俺はすぐに正気に戻った。
「何してんの?」
「わぁっ!」
自分の世界に入っていた俺は突然目の前に現れた咲に驚き、後ろに後ずさった。
「あ、もう見なくていいのか?」
「やめろって言ったのそっちでしょ?」
確かにそうだけど。
「ね、私ここでバイトする!そしたら大学に行っているフリもできるし、お金も稼げるし。」
さっきまで咲がくっついていた窓ガラスには求人の張り紙が貼りついていた。
「あ、あぁ。いいんじゃないか?」
これからの咲のことをどうするか悩みの種だったけど、すぐに解決するとは助かった。
「履歴書と、証明写真を撮らなきゃ。面接は今日出来るのかしら。」
咲は手馴れているかのように揃えなければいけないものをぶつぶつ呟き始めた。僕はアルバイトをしたことがないので、ただふんふんと聞いていた。
「よろしくね。」
人事のように聞いていたけど、そうだ。咲は今無一文なんだ。お金は僕が出すんだった。
「バイト代が降りたらちゃんと返すから。」
そう言って咲は駅の中のコンビニへと歩き始めた。
「別にいいよ。そんなに高額じゃないし。」
履歴書に証明写真、千円あれば足りる。あ、電車賃や昼ご飯代をいれるともう少しするけれど、可南子とデートする時よりも低い出費は別に構いやしなかった。だけど、咲は僕の好意を受け取ろうとはしなかった。
「返します。」
睨みつけながら、ゆっくりと低い声で言った咲を僕は少し怖いなんて思ってしまった。
僕はまだこの時全然わかっていなかった。
お金を稼ぐ大変さも、自分が働かなくても生きていける幸せさも。
むしろ政治家の家に生まれ、父親と同じような道を歩むことを望まれている自分は可哀相だなんて思っていた。
本当に、何にもわかっていやしなかった。