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二三 さすが実

「顔色悪いよ。」

「さすがに帰ったら?」

 重たい体を引きずって学校に行った僕は教室に向かわず、大学の図書館の奥にあるソファで横たわっていた。今まで授業を聞かずとも講義室には顔を出していた僕が欠席したものだから、薫と可南子が心配して僕を探しに来てくれた。携帯電話にはメールと着信が何件も入っている。

「んー・・・」

 同時に覗き込む二人の瞳に映り込んでいる僕の顔は確かにひどい顔をしている。

「どうしたの?最近やっぱり様子がおかしいよ。」

 薫のその言葉に、可南子は思い当たることがあるという表情になったが、特に何も言わなかった。自分が言っていいことではないと考えてくれているようだ。

 その二人の優しさに、僕はとうとう話す決心をした。一人では抱え切れない、どうすればいいのかわからない現実を。

そして、僕の本当の気持ちを。


「「・・・・・」」

 二人が探しに来てくれた図書館を出ると僕達はそのまま大学の外に出た。二人共まだ授業があるにも関わらず、僕に付き添ってくれた。

 つまり、今日は三人皆が初めて授業をサボった日となる。

「黙っててゴメン。」

 最初からもう今日の授業に出席しないつもりだった僕と、いつもどおりに出席する予定だった薫と可南子の三人で電車に乗り、大学から少し離れた店にやってきた。程よく賑わっているその店は、誰かに聞かれる心配のないようにテーブル同士が距離のある場所を可南子が知っている店だった。

 そしてご飯を食べながら咲のことを話した後、二人は何と言っていいのかわからないらしく、しばらく暗い表情でだんまりとしてしまった。

「・・・・・」

 そして僕もだんまりとしてしまった。昼とは思えないこの暗さ、益々次の一言が言いにくくなる。

「少年!」

 聞き覚えのある少し大きな声に反応して振り向くと、昨日携帯電話を届けた社長がそこに居た。その隣には実の姿もある。

「あ、こんにちは。どうしたんですか?」

「今打ち合わせが一つ終わったところなんだよ。少年は友達と食事かな?」

「「あ、サカキグループの!」」

 薫と可南子の声が重なった。その二人の顔と社長の顔を交互に見て、僕は昨日携帯電話を届けに行く際に電車の中で考えていたすごい人の話を思い出していた。

「薫が熱く語っていた、朝のワイドショーで特集されていた人?」

 その偶然に驚きながら、妙に納得した自分が居た。昨日のスマートな姿を見ていたからだ。

「観てくれたんだね、ありがとう。じゃ、少年、今日の夜は実に頼んでいるから、また後で、bye。実、頼んだよ。」

「わかりました。」

 夜の約束をすっかりと忘れていた僕は思わず声を出しそうになったが、何とかこらえた。そんな僕達や実さんを置いて社長はさっさと消えてしまった。

「あの?」

「ああ、今から夜までは仕事の関係で別行動なのよ。夜、お友達も一緒にどうかしら?」

 少しも疲れを感じさせない実からも大物感が漂っている。そんな実が誰だかわからない薫と可南子はポカンと口を開けてただ実の顔をじっと見ている。

「申し遅れました。榊社長の秘書、木崎(きさき)みのりです。」

 そう言って取り出した名刺を実さんは僕、薫、可南子の順番で渡していく。おそらく生まれて初めて貰う名刺をどう受け取ればいいのか、そして受け取ってからどうすればいいのかわからない僕達はとりあえずつぶさないようにそのまま握りしめる。

「取り敢えず今日の夜七時に会社まで迎えに行くから。場所変えたいならその名詞に番号書いてあるから電話して。折角だから友達もどうぞ。じゃ、私も仕事があるから。」

 そう言って実もさっさとその場から居なくなってしまった。社会人のテキパキとした働きぶりを目の当たりにした学生三人は暫くそこでポカンとしていることしかできなかった。


「真一、またいつでも話聞くから。」

「話してくれてありがとうね、真一君。嬉しかったよ。」

 暫くの時間を過ごしていた店をようやく出た頃、空はもう薄暗かった。勿論と言ったら失礼かもしれないが、いい解決策が浮かびはしなかった。それでも僕の心は大分軽くなり、二人の優しい言葉に思わず泣きそうになった。

「ありがとう。」

 心からの気持ちであった。本当の友達とは本音が言えて、そして安心させてくれる存在。それを二十歳手前で知るなんて、僕は何と勿体ない人生を今まで過ごしていたのだろう。

薫と可南子と別れたその足で実さんとの待ち合わせ場所である会社へと向かい始めた。正直あまり気は進まないものの、約束だから仕方がない。それに、疲れてもバイト先へと向かった咲の後姿を思い出すと、行きませんなんて電話出来る筈がなかった。

「真一!」

 ビルの入口に到着して携帯電話で時間を確認しようとすると、タイミングよく実さんが声を掛けてきた。

「丁度良かった、今車を出してくるから。」

 そう言ってテンポ良くヒールを響かせて僕の横を通り過ぎたかと思うと、すぐに車でやってきて僕の目の前で止まった。

「さっき社長からまた確認の電話があってね、本当に一緒に食事が出来ることが嬉しいみたいよ。」

「えっ?」

「有名になると下心を持って近づいてくる人が多いからね。一人の人間として食事がしたいって言われたのが久々なんじゃないのかしら。」

「あ、そう言えば暫くアメリカに居たんですよね。日本に家族は居ないんですか?」

「それが、さっぱり。探偵事務所、マスコミのコネがある私ですら素性をつかめないんだから。」

 調べたんですね、と探るのは止めておいた。前に実さんがマスコミ時代に出会った頃のイメージからすると、罪悪感もなく淡々と調べたということがすぐに把握できたからだ。

 悪い意味ではなく、気になったことはとことん調べるという行動力は本当にすごいと思う。

「実さんはいつから社長秘書に?」

「もう一年になるかしら。マスコミを辞めてすぐだから。」

「どうしてまた?」

「たまたま取材した社長に引き抜かれたのよ。正直マスコミも天職とは思えなかったから、あっさりと変わっちゃった。」

 そうあっさりと告げる実さんの雰囲気は、二年前に知り合った時と比べると随分柔らかくなっている。きっとお互い様なのだろうが。

「それにしても社長も少年少年って、ちゃんと名前で呼ばないなんて失礼よね。」

 信号待ちで止まっている車の中に、ただエンジン音だけが響き渡った。

「名前、そう言えば言ってない・・・はず・・・」

 変な引っかかりがあって、僕は言葉がどんどん小さくなっていった。そう、自分の名前を一度も言った記憶がなかったし、きっとその記憶は間違えていない筈だ。強烈な印象が残っているけど、実際に喋った時間はほんの数分。のうのうと自己紹介なんかしていない。

 それなのに、何が引っかかるんだろう。

「あら?でも、昨日真一のこと名前で呼んでなかった?」

 信号が青に変わり、僕のことをもう呼び捨てする実さんが再び車を動かし始めた。僕は黙って昨日の流れを思い出す。携帯電話を持って行って、社長と会って、今日の約束をして、実さんが現れて・・・

「あ。」

 僕は重要なことを思い出した。昨日は特に何も気づかなかったが、おかしなことに気が付いた。

「呼ばれた。」

「でしょ?私それで真一のこと思い出したんだから。」

 そう、実が資料を漁っている際に真一と社長とのやり取りを思い出してから答が見付かったのだ。


『まだ真一と喋っている途中なんだよ。』


 実が社長を呼びに来た際、確かに真一の名前を呼んでいた。教えていないのに、何故?

急にどうしようもない不安が真一を襲った。このまま会いに行ってもいいのだろうかという不安に。

だが、他に何が出来るでもなく、ただ真一は実の運転する車に乗っていることしかできなかった。どうすればいいのかわからない、そんな何も思いつかない自分を呪った。





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