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十八 意地っ張りはいつまで続く

「馬鹿。」

 人気ひとけのなくなった道端で僕の手を離すその瞬間、咲はさっきと同じ言葉を僕に浴びせた。

「自分でも、そう思う。」

 否定することもなく、苦笑いをしながら僕は手を自分の体へと戻した。咲の体温を覚えている手はまだ少し汗ばんでいる。

「何で、あんなことっ。」

 僕に背を向けて咲が怒っているような素振そぶりを見せる。でも、僕はもう気付いてしまっている。

「わからない?」

「わからないわよっ。」

 僕の方を向くことなく、咲が半分叫ぶように言い捨てる。咲の視線が下を向いているものだから、まるで何の罪もない地面を怒っているようだと背中越しに聞きながらそう思ってしまった。

「嘘だ。」

 僕のその一言で咲の視線が少しだけ上がった。でも、やっぱり僕の方を向いてはくれない。

「何がよ。」

 数秒程間を置いて、咲がいつものような強気を張り詰めた状態で言葉を返してくる。精一杯の、咲の見栄だ。

「わからないなら言うよ。」

「止めて!」

 咲が自分の両手で耳を塞いで、体を固く強張らせた。小さい咲が、もっと小さく見える。

「わかってるじゃないか。」

 僕はまた苦笑いしながら呟いた。この呟きが咲の両手を通過しないことなどわかっている。それでも勝手に口から出てしまうのだからどうしようもない。

 徐々に変わってゆく空と共に、僕達の居る場所も幻想的な色に染まり始めてゆく。不謹慎かもしれないが、可南子と別れた日のことを思い出してしまった。あの時はたった一人の女の子の為にみっともなく走り続けた。そしてもっと幻想的な色に染まった時は可南子の口から終わりを告げられた。でも、それは僕達の新しい関係の始まりでもあった。“友達”という、本当は簡単ではない関係の始まり。

 そういえば、可南子がふいに口ずさんでいた歌に「終わりは始まり」というフレーズがあったなぁ。可南子の好きな歌手グループで、特に浪人時代テストの終わった日に聞いていたと言っていた。手ごたえがあってもなくても、明日からまた頑張ろうと思えるように何度も何度も聞いていたと。

 思えば、僕が知った可南子が具体的に好きなものと言えばそれくらいかもしれない。スイーツは全般好きだけど、特に何が一番好きか知らない。読書も好きだけど、好きな作家を聞いたことがない。

 あぁ、僕は本当にひどい彼氏だったんだな、なんて咲を目の前にして思っていることが一番ひどいのかもしれない。まぎれもなく咲が好きなのに、他の女の子のことを考えているなんて。でも、心のどこかで吹っ切れていない自分がいることを否定できないし、しない。

 事実だから。

「はっくしゅっ」

 ずっと同じ体勢で固まっていた咲が大きなくしゃみをした。

 最近気温が下がり始めた朝夕、今日も例外でなく寒くなり始めていた。幻想的な色から闇の色へと変わっていくこの時間に人気もない道端、くしゃみが出るのも無理はない。

「帰ろうよ。」

 くしゃみのはずみで固く塞いでいた手が耳からずれた瞬間を見逃さず、同じくくしゃみが出そうなほど体が冷えてきている僕は簡潔に言った。

 ちゃんと聞こえていたらしい。銅像のように固まっていた咲の肩が震え始めた。手はまた耳の横に移動していたけど、もはや何の意味も成していないことをやっと認めた咲はようやくその両手を下ろした。

「素直に泣けばいいのに。そんなに泣き顔見せるの、嫌?」

 この一言で鼻をすすり始める咲の口がようやく開き始めた。

「嫌よ。」

「何で?」

 久々とも思える咲の声に、僕はすぐに反応した。さっきも言ったように、勝手に口から出てしまうのだからどうしようもない。

「何ででも。」

 咲らしい、強がりな発言。怒っているように見せて隠していた戸惑いを僕はもうわかってしまっている。ゆっくりと近づいて、咲を振り向かせた。咲ももう抵抗することなく困惑した表情を隠したりはしなかった。

 潤む瞳に、濡れた頬。僕の理性をふっとばすには充分だった。

「・・・ひっく・・・」

 僕の腕の中で抵抗することなく嗚咽する咲。

「どうすればいいのかわからないのは咲だけじゃない。僕だって・・・」

 鼻の奥がツンとしてきた僕はそれ以上何も言えなくなった。見知らぬ道端でただ泣き続ける咲を抱きしめる以外の術が何も思いつかない。そんな情けなさを闇の中へと消したい気持ちで一杯になった。


 それなりに時間が経った頃、いい加減に泣き疲れた咲と僕は手をつなぎながら取り敢えず駅を目指した。無言で、二人共ゆっくりと自分の足を何とか動かす。それは駅に着くまでずっと続いた。咲が切符を買う為に手を離してからは、体もある程度の距離を保ちながら電車に乗り、僕の家の最寄り駅のホームに降り立った。

「じゃあ、ここで。」

 改札口を通る手前で、咲がそう言って足早になった。

「好きだ。」

 帰りのラッシュ時、僕達が降りた駅にもそれなりの人が居る。そんな人ごみにあっさりと消えてしまうような小声の僕の告白が聞こえたのか、咲が改札口を通って走り始め、あっという間に見えなくなってしまった。

 それから僕もまたゆっくりと歩き出す。これからどうすればよいのかを考えながらのろのろと歩くも、答えは全然出てこない。ただ一つはっきりとしていることは

「僕は咲が好きだ。」

 それだけは確かだ。決して駄目だと言われても、間違っていると罵られても、もうどうしようもなくはっきりとしている。

 言葉にすると急激に胸が苦しくなって僕の頬を一筋だけ涙がつたった。



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