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十四 カラカラ

「本当に行くのかよ。」

「当たり前でしょ。疲れたくらいで休みますなんて、常識のない人の言い訳よ。」

 咲のバイト先がある駅の横の小道でいつものようなやりとりを交わす。電車から降りた出口が咲のバイト先の出口と反対側だったのだ。

 電車を一度乗り換えてからもずっと寝続けていた咲はよっぽど疲れているのだろう。そう思ってバイトを休んだらどうかと提案したところ、案の定というかバッサリと却下された。

「帰り、暗いから気をつけろよ。」

「何よ、突然。まるで親みたいね。」

 そう発言した後、咲の表情が暗くなった。しばらく僕達の中で話題にならなかった親のことを口に出してしまったからだ。

「もう行くわね。」

「待って。」

 ひらりと身をひるがえしバイト先へと向かい始める咲の腕を僕は咄嗟とっさに掴んだ。

「何よ。」

 鋭い目つきで僕を睨みつける咲にはまだ圧倒してしまうけれど、いつまでもひるんでいる訳にはいかない。

「今のままじゃ駄目だよ。どこにも進めない。」

「・・・・・」

「咲が来て、僕は変わった。咲が変えてくれたんだ。僕の今までのつまらない人生を。」

「・・・・・」

「でも、咲は?咲の知りたかったことに全然近づけてないよね?何も変わってないよね?」

「変わってるわよ。」

 つかの間黙っていた咲が、またキッと僕を睨みつける。

「変わったわよ。世界観が変わったのは、あんただけじゃない。」

 思わず僕は咲の腕を離してしまった。咲の目に、うっすらと涙が浮かんでいる。

「遅れちゃう。」

 そう言って一歩踏み出した咲をどうしても止めないといけないという衝動に駆られている僕は、自分でも驚く行動をとった。


 バサッ


 咲が手に持っていた鞄を道路の上に落とした。僕の前に現れた時に持っていた少し大きめの鞄じゃなくて、静江さんから貰って大事に使っている鞄を。


 ドクン


 僕の胸が、大きく響く。自分の腕の中にすっぽりと収まってしまった小さな咲の体温をあまりにも近くで感じて。

「は、離しなさいよ。」

 後ろから抱きついた咲の言葉も、あの鋭い睨みがなければただ宙に消えていくだけである。

「やだ。」

 僕は咲の言葉を拒んだ。

 大きく鳴り続ける鼓動はもしかしたら咲に届いているかもしれない。でも、ばれてもいい。もう自分に嘘はつきたくない。

「離して。」

「やだ。」

 僕は咲が逃げられないよう、腕にさらに力を加えた。

 頭が狂ってしまったと言われても仕方がない。でも、咲を離したくはなかった。小さくて、震えている咲を。

 ・・・ん?震えている?

「咲?」

「ゴホッ、ゴホッ・・・離し、て」

 咲の苦しそうに咳き込む姿を見て、僕は一瞬でいつもの自分に戻った。

「!ごめん!」

 自分の腕から解放すると共に人ひとりの体温を失った筈なのに、僕の体は恥ずかしさで異常な程体温が上がっている。

「あ、あの、咲・・・・」

 何か弁明したいのに、次の言葉が出てこない。もう言い訳ができないことがわかっているのだ。

「・・・・・」

 咲は何も言わずに落とした鞄を拾い、汚れを静かにはたくと僕に背中を向けたまま歩き出した。肩がまだ少し震えている。

 泣いている?

 違う、僕が泣かせたんだ。

「咲。」

 僕はもう一度だけ咲の名前を呼んだ。勿論咲が振り返ることはなかった。肩を震わせながら、時折咳き込みながら、ただ真っ直ぐに咲は進んでいく。

「くそっ!」カン!カラカラン・・・・

 自分が情けなくて思わず足下にある空き缶を蹴り飛ばした。最初は勢いよく飛んだものの、すぐに情けない音になって動きが止まった。

 空き缶を蹴るなんて、格好悪い人のすることだと思っていた。自分がまさか衝動的にしてしまうなんて。

「格好悪っ。」

 僕は空を見上げて呟いた。小道から見える空はとても狭くて、さっきまで二人で居た寺の上に広がっている空と随分違う。空だけじゃない。耳から入ってくる雑音も、排気ガスの匂いも、足の裏に感じる地面の感触も、全てが違う。

 それもそうだ。ここは都会なのだ。沢山の人が毎日すれ違い、交通手段にも困ることはなく、欲しい物は大抵買うことができる。そして僕の家は特に生活に困っていない。親が仕事で家を不在にすることが昔から多かったことも、今はもう何とも思わない。

 今は、咲と一緒にいたい。

 本当は、僕らが兄弟かなんてどうでもよくなってきている感情が芽生え始めていることを否定できない。でも、このまま何となくの流れで咲と居続けることが幸せになるとも思えない。

 

 僕はどうすればいいのだろう?

 自分が人間関係で、しかも恋愛のことで、こんなに悩む日が訪れるとは思わなかった。

 傍にいてくれれば、それだけで幸せなんて感情が本当に存在するなんて知らなかった。


 都会で、ほとんど苦労を知らずに育った僕はかなり情けない男だということが最近どんどん判明してきている。




 咲、みっともない僕に正面からぶつかってくれる咲が好きだよ。

 咲がどうしても嫌ならもう兄弟かなんて調べなくていい。




 ただ僕の傍にいて欲しい。





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