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十三 逆ギレとは何ぞや!?

「ありえない!次の電車まで五十分もあるのよ。」

 電車を待つ改札口前のベンチで、咲がいつもの気の強さで僕に怒りをぶつけてくる。

「何もない所でボーっとして、意味わからない!」

 全くその通りである。不覚にも少し泣きそうになってしまった自分を思い起こすと、ただ恥ずかしさだけが込みあがってくる。

「もう、バイトに間に合うかしら。」

「悪かったよ!」

「それ、謝ってるの!?」

「謝ってるよ!」

「逆ギレ!?」

「日本語喋れ!」

 待ち時間が五十分もあるとあって周りに人気はなく、駅員さんですら奥の部屋に入り込んで休憩している。そんな訳で虫の声すら聞こえないこの場所、僕らの声がものすごく響いている。

「あんた・・・あはははははは!」

 ついさっきまですごい剣幕で怒鳴っていたのに、咲は何かに詰まったかのように口が止まったかと思うと腹の底から笑い始めた。

「な、何だよ。」

 僕は咲が何故笑っているのか理解出来ず、咲の心からの笑顔に見入ってしまうしかなかった。

「こ、ここまでとは。そっか、テレビ見ないならわからないわよね。」

 笑い過ぎて咲が苦しそうに言葉を並べる。咲ってこんな風に笑う子だったんだ、なんておっさんくさいことを僕は思ってしまう。

 さて、僕が今理解できなかった “逆ギレ ”とは自分が怒られていることに耐え切れず、開き直って被害者に向かって逆に怒り出す現象を指すらしい。ある大物が作った造語で今や普通に使われている言葉らしいが、テレビを見ない僕にとっては初めて聞いた言葉だったのだ。

「本当、あんたと居ると初めてのことだらけ。」

「こっちの台詞だよ。」

「何ですって!?」

 さっきの爆笑から一転、またさっきと同じようなやりとりへと戻ってしまった。

「女の子はこう、優しくふんわりと笑って、男の三歩後ろを歩くような子が」

「だっさ!古臭いこと言ってんじゃないわよ。」

「古いって・・・・」

 今の日本でそんなことを唱える若者なんて、僕くらいじゃなかろうか。僕だって女の子に三歩後ろを歩いて欲しい訳じゃない。横に並んで、一緒に成長していきたいと思っている。

 つまり今の言葉はアヤであって、本音ではない。冗談であって、本気の言葉じゃない。それなのにバッサリと咲に切り捨てられた僕は絶句する以外のすべを知らない。

「女の子に立てて欲しいなんて、最近の男は軟弱ってよく聞くけど本当のようね。」

「それはどこから得た情報だ!しかも、僕が軟弱っていう意味か!?」

「自覚なかったの?」

「なかったよ!今まで「しっかりしているのね」なんて言われて育って、咲みたいにボッロボロに言ってくる生意気女なんていなかったからな!」

「生意気ですってぇ!?」

「そっちこそ自覚なかったのかよ。」

「だって生意気じゃないもの!」

「認めろよ!僕も認めたんだから!」

「あんたは事実だからでしょ!?」

「何だと!?」

「何よ!?」

 と、言うようなやり取りを続けること数十分、声が二人共おかしくなってきた頃に電車が到着して僕等の言い争いはようやく終了した。

 電車が到着する十分前程から増え始めた人達や、何分前からかはわからないが駅員さんも僕らのやりとりをずっと見ていたことに気がついたのは改札口を通る時だった。すでに疲れ切った僕達は電車の座席でぐったりとしながら、一緒の駅から乗った乗客が時折横目で見てくる視線を感じて恥ずかしくなった。

 不必要に目立たないように生きてきたのになぁ、なんてどんどん都会の風景へと変化していく窓の外を見ながら僕はぼんやりと思った。横に座っている咲は寝息を立てている。

「あの男の子かっこよくない?」

「でも女付きかぁ。」

 少し離れたドアの前に座っている、僕と同世代くらいの女の子二人がチラチラとこっちを見ながら会話をしている。あまり自惚うぬぼれているつもりはないが、たまに声を掛けられることもあって(逆ナンということを後で知る)、おそらく僕のことを言っているのだと思う。

 恋人に見えるのか。

 電車が揺れた弾みで僕の肩に寄り掛かってきた咲を眺めながら、少しだけ嬉しさが込み上げてきた。それと同時に

 ズキッ

 さっきまでとは違う感覚が胸に響いた。その原因は言うまでもない。姉弟かもしれないと考えると、惹かれ始めているこの気持ちを否定しなくてはならないのだ。

「僕は馬鹿だな。」

 本当に馬鹿げている。ちゃんと見ていたら可南子のこと本当に好きになっていて、未だに誰もがうらやむ恋人のままだったかもしれないのに。それでなくても血が繋がっているかもしれない咲のこと、こうやって気になり始めなかったのかもしれないのに。

 でも、もう引き返せない。

「咲。」

 返事はない。まだ覚めそうな気配もない。それをいいことに僕は咲の頭にそっとキスをした。

「咲。」

 もう一度だけ名前を呼んで僕も眠りに入る。降りる駅までもうそんなに長くはかからないけど、でも、どうしても眠りたかった。頭をリセットして、次に咲と会話するときには何事もなかったかのようにするために。

 僕は逃げるように眠り込んだ。





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