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十二 紫+赤=?

「着いたぁ〜。」

「人が少なくていいわね。」

 約束の土曜日、僕と咲は約束通り二人で出掛けていた。行き先は何故か寺。全然予定に考えてもいなかった寺。

 咲がどんなところに行きたいのかわからないので、とりあえず図書館でガイド本を借りてきてめくっていたところ、咲が後ろの方のページにさりげなく載っていたこの寺に喰いついたのだ。

「本当、何でこんなところに。」

 テンションが上がっている咲を尻目に僕はボソっとつぶやいた。

 別に嫌な訳じゃない。昔からの建造物はおもむきを感じるし、何かホッとする感じがするから好きだ。でも、咲と最初に二人で出掛けるのはもっと若い二人が出掛けるような場所が良かった。

 それが何故だと言われるとわからないのだが。

「あ、あっち中に入れるみたいよ。」

 咲が中に入れる建物を見つけたらしく、ふいに僕の手を引いて歩き始めた。

 ドクン

 僕の胸が一度だけ大きく音をかなでた。

 それが何故だと言われるとわからない。


「あ、売店があるわよ。って何ぐったりしてるのよ。」

 中に入れる建物、なんとか堂(旧字体で書いてあるので読めない)から出てきた僕はいつになくぐったりとしていた。原因は咲がいつもと違いすぎるから。

「別に。何も。」

 全然説得力など無いが、咲の興味の矛先ほこさきすでに売店へと向いていたのでそれ以上何かを突っ込まれるわけでもなく「ふーん。」とだけ発してまた僕の手を引いて歩き始めた。

 そう、咲はなんとか堂に入る前から引っ張っている僕の手をずっと握りしめたままなのだ。決して強い力ではなかったのだが、僕の手はまるで磁石になってしまったかのように咲の手から離れようとしなかった。

 それが何故だと言われると・・・

「ねえ、聞いてる?」

「え?ああ、いいんじゃない?」

 咲とつながったままの手をボーっと眺めていた僕は勿論咲の話を聞いていなかったので曖昧な返事をすると、仕方ないというか咲の怒った反応が返ってきた。

「何がよ。」

「え、えっと、、、食べたいならたい焼き買っても。。。」

 咲がはぁーっと溜息をついて呆れた顔を向けて何かきつい一言を言ってくる・・・と、思っていた僕は思わず身構えてしまう。

 けれども帰ってきたのは意外な反応だった。

「何でたい焼きなのよ。ここの名物は蕎麦そばなのに。変なの。」

 笑いながら咲が片手で持っているいくつもの携帯ストラップを僕の目の前に突き出した。

「色がたくさんあるのよ。あんただったら何色にする?」

 僕の目の前に突き出されたストラップには勾玉と、ご丁寧に寺の名前が書かれているプレートがぶら下がっており、全体のバランスを考えるとかわいいと言えるかどうか微妙なストラップだった。咲が迷っている勾玉の色は水色、黄色、赤色、緑色、紫色と色とりどりで迷ってしまうのは確かに仕方がない気がする。

「えっと、僕だったら」

「紫色っぽいわよね。」

 質問してきたくせに、僕が答える前にすっぱりと自分の意見を言う咲に少しだけ笑いがこみあげてくる。そして、驚きも。

「何で?」

「紫って情熱の赤と冷静の青を混ぜた色で、二面性を持っているっていうことじゃない。普段猫かぶっているあんたのイメージとピッタリよ。」

 嫌味っぽくなく咲が淡々と言うものだから、思わず「あぁ、なるほど。」なんて納得しそうになってハッと僕は気付く。

「失礼じゃない?」

「間違ってる?」

「間違って・・・・ないかもだけど・・・でも、最近は、そうでもないと思うけどなぁ。」

 強くは言い返せないけど、でも最近の僕は変わってきていると思う。授業中に寝たり、可南子の前でかっこ悪い姿をさらしたり、咲と出会う前では考えられない僕になってきている。

 でも、後悔の気持ちはなくむしろすっきりしている。大学はほとんど自己責任の世界で、高校までのように授業に出なくても先生から叱咤しったされることはないのだ。勿論、出席にうるさい先生は別だろうが。

 僕は自分が思っていたよりもずっと自由に生きていける人間だった。周りが父親のようになれといっても、親から強要された記憶は一切ない。誰も僕を縛りつけてなどいなかった。

 自分で勝手に何かに縛られていただけだったのだ。

「自信を持って言わないと説得力ないわよ。そんなことより、あんたからみた私って何色?」

「赤。」

 僕は自分でもビックリするくらいの速度で即答した。

 咲のイメージの色なんて考えたことなかったけど、突然僕の前に現れ今までの生活を代えたインパクト大の咲は赤色以外の何色でもない。

「そ。」

 そう一言だけ発して咲はようやく僕の手を離してレジの方へと向かっていった。

 何だろう?今日の咲は大人しい。

 と、言うか女っぽく見えてしまう。

 いやいやいや、元々生物学的に考えて女なんだけれども。でも、いつものとげがない咲は調子が狂うとはいえ可愛いくて愛おしいとさえ思える。

「え?」

 可愛い?愛おしい?

「変な顔してどうしたの?」

「わああぁっ!!」

 自分でも予想外のことを考え戸惑っている内に咲が突然僕の視界に入ってくるものだから、ひっくり返ってしまうくらいに驚いた。

「あんた今日変じゃない?」

 予想外の反応が返ってきた咲は驚くというよりも不審な目で僕をじっと見る。

「そ、そう?」

 真っ直ぐと僕を見つめてくる強い眼差しに、また胸がドクンとした。

「そろそろ出ようかしらね。結構ここまで時間が掛かったし。」

「そ、そうだな。」

 変な汗が噴き出してきた僕はそれを悟られないよう、咲の前を歩きだす。

「ねえ。」

「何?」

 僕の少し後ろを歩いている咲の問いかけに、振り返ることなく僕は返事をした。

「ここ、忘れないでね。」

「え?」

 咲の意味することがわからなくて、僕は思わず立ち止まって振り返ってしまった。変な汗はまだ乾いていない。

「約束よ。」

 立ち止まってしまった僕の横を、咲がスッと歩いて追い越していく。僕と目を合わせることなく、ただ前を向いて。

「咲?」

 僕の問いかけに何も反応せず、咲はスタスタと歩いていく。ただ真っ直ぐに。

「咲?」

 咲の後姿が少しずつ遠くなっていく。



 何故だろう

 

 僕は


 このまま咲が居なくなってしまうのではないかという


 どうしようもない不安に駆られた



「咲・・・」

 急いで追いかけないといけないのに、靴が道路と一体化してしまったかのように僕の足はここから動かない。

「咲。咲。咲・・・・」

 曲がり角を曲がってしまった咲の姿はもう全然見えない。

 その咲の名前を、母親とはぐれてしまった子どものように僕はひたすら呼び続ける。咲は戻ってこない。きっと僕の声すらもう聞こえていないだろう。



 怖い。



 昔は本当の自分を知られることが怖かった。誰からも相手にされなくなるのではないかという僕の勝手な思い込みで。

 でも今は咲を失うことが、咲が居なくなることがどうしようもなく怖い。

 それが何故だと・・・


 言われなくてもわかっている。

 僕は、咲に惹かれているのだ。


 気が強いけど、本当は優しくて、僕の背中に隠れるような弱さを持っている咲に。

 兄弟かもしれない、咲に。




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