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初 十九歳の少年、見抜かれる

「あんた一条誠(いちじょうまこと)の息子?」

 いきなり自分の家の前で小柄な少女に睨みつけられながら言われた。自分で言うのもなんだが、エリートの学校にしか通ったことのない僕にとっては初めての経験だった。

 普通は怒ったり無視したりするのだろうが、いい子として十九年生きてきた僕は理想的な笑顔で答えた。

「そうですが、あなたは?」

 大人相手だったら「しっかりしているのね。」なんて反応が返ってくるのだが、この少女はそういかなかった。

「気持ち悪っ。」

 生まれて初めて言われた言葉にさすがに顔が引きつる。


 何だ、この女。


 心の奥に封じ込めていた本当の僕を引きずり出した相川咲(あいかわさき)。この咲と過ごした日々が僕の人生を変えたと言っていいだろう。

小柄で生意気で、真っ直ぐな咲との日々が。



「は?」

 家の前で騒ぐわけにも行かないので、とりあえず少女を家の中に招き入れた。僕の親父は政治家、お袋はその付き添いで事務所に居ることが多く今家に居るのは僕とお手伝いさん、そしてこの少女だけだ。

「だから、私は一条誠の娘なの。」

 変質者が居ます、と警察に通報したいぐらいだが政治家の家で警察騒動があったら大事である。ましてや隠し子騒動など政治家の命取りの内容だ。

「何詐欺ですか?振り込み詐欺もここまで進化したんですねぇ。」

 正直僕は政治家である親父のことはあまり好きではないが、自分に火の粉が飛んでくるのは嫌だ。だから警察を呼ぶ訳にはいかないが、詐欺や泥棒なら話は別だ。

「無理やり敬語なんて使わなくていいわよ。気持ち悪いから。」

 またもや失礼な発言を浴びせてくる。本当に何様なんだ、この女。

「ま、家の中だからいっか。お前は本当に何が言いたいんだ?」

 外でも親の前ですらも僕は優等生を演じている。勿論親が政治家、ということが大きく関係している。世の中の人は政治家なんて税金で生きているにっくき相手だろうが、身近に政治家がいる人の反応はそれとは違う。政治家の知り合いがいるとか自慢したり自分もいい思いをしようとかごまをすったり、敵に回すと厄介だと顔色をうかがって接する人ばかりだ。そんな人達の前で平和にやり過ごす方法はただ一つ。『優等生』を演じること。

 十九年もそれを続けて今まで何の指摘をされることもなかったのに、突然現れた訳のわからないことを言うこの少女に一瞬で見破られるなんて何てことだ。

「だから」

「あ、いいや。仮に親父の娘として、どうしたい訳?」

 さっきと同じ台詞が返ってきそうだったので少女が言おうとしたことを遮った。少女は「そっちが質問してきたんでしょ」と言わんばかりに一瞬ムッとしたが、すぐに表情を戻してさらりと言った。

「父親に会いに来て、何が悪いの?」

 少女にしてみればもっともな意見かもしれない。だけど、僕にとっては全く理解のできない内容だった。

「悪いも何も、親父の娘って証明できんのか?」

「できたらもっと早く来てるわよ。」

「じゃあ、どんな理由で親父の娘って言うんだよ?」

「死んだ母親が言ってたからよ。」

「それで?」

「それだけ。」

「はっ?」

 肩すかしもいいとこである。親父の名前があったからといってそれがなんの証明になるのか。ただの同姓同名の可能性だってあるわけだし。確かによくある名前ではないかもしれないけれど。

「あのなぁ、それだけで証明できたら世の中大変なことになるぜ?」

「同じ大学出身ということも今のところわかってる。」

「それでも、不十分だよ。」

「じゃあ、あんたは私が一条誠の娘じゃないって証明できるの?」

 僕の方が押していた筈なのに、少女の一言に何の言葉も返せなかった。娘じゃないなんてきっと戸籍を見れば分かるだろうけど、そう言い返せなかったのは少女の目にすごい力を感じたからだ。

 ガリガリの体からは想像もできないような、強い力を。

「ともかく、親父は今日帰らないぜ。だから日を改めて来いよ。」

 このままじゃらちがあかないと思い、逃げるように後日来るよう促した。親父はお袋共々仕事で数日間家に帰ってこないと今朝言っていたのを思い出したのだ。

「私、帰る場所がないの。だからこうやって父親のところに来たのよ。」

 そう言えばさっき母親が死んだとか言ってたな。そう言われると、力ずくで追い出す訳にもいかないじゃないか。


静枝(しずえ)さん、お願いします。」

「いいですよ。娘ができたみたいで、嬉しいわ。」

 結局追い出すことが出来ない僕は、小さい頃から住み込みで働いている静江さんにお願いすることにした。

「でも火事にあったって、大変だったわね。」

 そういうことにしておいた。家にあげる時は大学の同級生で発表の打ち合わせをするということにしておいたが、さすがにそれだけの理由で家に泊めるのはおかしい。と、言うことで火事にあい僕の家にしばらく置いてあげようということになったと無理やり話を作った。

「一人の割にはこの部屋、少し広かったのよ。」

 静枝さんは旦那さんが早くに他界し、子どももいないことから僕の家族を羨ましがるような発言をよくしていたので嬉しそうである。きっと本当に娘のように可愛がってくれるだろう。

「あ、それでお願いがあるんだけど。親には黙ってて欲しいんだ。ほら、彼女なのかとか言われたら困るしさ。」

 この家に置く代わりに少女と交わした約束が一つある。それは、親父の娘と証明できるまで親父と会わないこと。理由は本当の娘じゃなかったらただの迷惑にしかならないので。本当の娘だったらどうせそれまでの平和な家庭なんて壊れるだろうから、その時は潔く受け入れることにした。

「わかりました。」

 静枝さんは特に理由を聞くでもなくすんなりと受け入れてくれた。静枝さんの寝泊りしている部屋はいわゆる離れで、裏門から出入りできるから正門しか普段利用しない親からは目につかないだろう。トイレもシャワーも離れにあるから何も問題ない。

「ではそろそろ晩ご飯作りますね。」

「あ、手伝います。」

 静枝さんが晩ご飯の準備をしようと、腕をまくりはじめるとすかさず少女が声を掛けた。僕に対してはツンツンしていただけに、その言動は以外なものだった。

「そんな訳にはいきません。私はこの家のお手伝いで、全ての家事を任されていますので。」

 静枝さんは小さい頃に一緒にご飯を食べようと誘った時に僕に言ったことと、同じ返事を返した。

「でも、ただで居候させてもらう訳にいきません。」

 喰い下がる少女に、僕は大事なことに気付いた。初歩的で、ありえないようなミスに。

「まだ打ち合わせ終わってないだろ。続けようぜ。」

「は?何言って・・」

 大学の同級生という設定を忘れたかのように、少女がキッと鋭い眼差しを向けてきて一瞬怯んだが、それを振り切って僕は少女の腕を引っ張って無理やり自分の部屋へと連れて行った。

「ちょっと、痛いんだけど!」

 少女は部屋に着くと腕を払い、不機嫌な様子を見せてきた。

そう、少女は。

「お前、名前は?」

 かなり今更な質問だった。ただここに来た理由に驚いて、偽りの同級生を演じるにあたり一番知らないと困ることを聞いていなかったのだ。

「相川・・・咲。」

 少女も拍子抜けしたかのように半ば驚いた顔で、ボソボソっと小さな声で自分の名前を名乗った。

「僕は一条真一(いちじょうしんいち)。」

 少女に・・・・咲に続いて僕も名前を言うと、沈黙を経て笑いが起こった。

「名前、言ってなかったし聞いてなかったわね。」

「そうだよ。」

 お互いに馬鹿ね、なんて表情で咲が始めて僕の前で笑顔を見せた。その笑顔には睨みつけてきた時の鋭さも、偉そうに発言する時の生意気さも微塵に感じられなかった。

 

 だからだろう。

 不覚にも、可愛いなんて思ってしまったんだ。


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