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believe〜きみにささげる物語  作者: PINKice007
1/1

真昼の迷い子

時刻は12時30分。


授業終了の鐘が鳴る。



生まれて初めて、迷子になった。


たった今、真昼の学校で。


右も左も友達に囲まれて…





心が迷子。そんな感じ。







「みちるってば大丈夫?」


音楽室での失態をどうにか乗り切って、ヨロヨロと力なく歩くみちるの元へ駆けよってきた香奈は開口一番、心配そうに眉根を寄せて言った。


「そうだよ、なんかみんなウケ狙いだと思ったみたいだけど、みちる喘息で入院してたんだし…やっぱり調子悪かったの?」


大役を果たし、先生に挨拶し終えた綾も小走りでやって来る。みちるが起こした騒ぎも彼女がうまく機転を利かせて、先生と共にあの場を纏めてくれたのだった。



おかげで授業は無事終了し、今に至る…


まるで何かの敵からでも守るかのように、二人はみちるの左右にピタリと寄り添った。


そのままゆっくりとした足取りで教室へと向かう。


「あ…ああ、うん、大丈夫だよ。ゴメン綾、合唱上手くいってたのに」


「そんなの全然平気だよ。じゃ、お昼は食べられそう?保健室行かなくて平気?」


綾の問いに、みちるはとりあえず頷いてみせた。


「だよねー、歌ったらもうお腹ペコペコだよ。早く教室帰ってお弁当食べよっ」


じゃれつく無邪気な子供のように、みちるの右腕にしがみついて香奈が言う。


「あ…そうだ私、今日は 購買でパン買うんだった。ゴメン、二人とも先に行ってて」


「えっ?みちるお弁当忘れたの?」


戯れていた手を解いて、香奈が小首を傾げた。


「パンなんかじゃ足らないなんて、こないだ散々言ってたじゃん。だから私はお弁当だけは絶対に忘れないって」


すかさず入る、鋭いツッコミ。さっきの吉岡くんの時といい、やっぱり綾は頭の回転が速い。どきりとしながらも、慌てて言い訳を考える。


「わ、私朝からボケッとしてて、玄関に忘れたみたいなんだよね。あっ、早くしないと無くなるから行くねっ」


怪訝な顔つきの二人を残して、みちるは足早にその場を離れた。


…本当は、いつもの様に母の手作り弁当をカバンにちゃんと持参していたのだが。


けれど、何故だかそんな小さな嘘が口を吐いていた。



一人になりたい……無性にそんな気持ちに駆られて、みちるは孤独の階段を登り始めた。





「宇野さん」


騒つく昼休みの階段に、凛とした声が響く。


「あなた身体の調子悪そうだけど大丈夫?」


呼び止めたのはさっきの音楽講師、宮園先生だ。


長い髪を揺らしながらこちらへ向かってくる。


「だ、大丈夫です。すみません、先生……合唱、台無しにしちゃった…」


「やだ、あれは余興でやったような物なんだから、気にしないで」


しょんぼりと肩を窄めて頭を下げるみちるを見て、宮園玲子は慌ててフォローした。


「私の方こそ、宇野さんが調子悪いの気付かないであんな難しい歌を歌わせて…申し訳なかったわ」


「えっ、そんなこと…それにあの歌は中学で散々歌ってきたから、馴れてたはずで私…」


「そうよね、大地讃頌は大抵どこの中学でも在学中に歌う歌よね?宇野さんのパートは何だったの?アルト?」


「いえ、私はソプラノです」


「ソプラノ…?」


『あら、意外』とでも言うような口調だった。


宮園先生に悪気は無いのは分かっている。


けれども、その何気ない口調にみちるの心は敏感に反応した。


「あのっ、私急いでいるんで、失礼します!」


「あっ、ちょっと、宇野さ…」


先生が止めるのも聞かず、みちるは逃げるように階段を駆け上がった。




それ以上、聞きたくなかった。






「うわっ、何だよ危ねーな!」


すれ違いざまぶつかりそうになり、驚いた男子生徒が軽く毒づく。


いつもなら当然謝っていたが、それすら出来ない程、今のみちるには余裕がなかった。



昼休み、大勢の生徒が行き交う階段。その隙間を縫うように、ただひたすら上を目指して、みちるは階段を駆けていった。







ーー上に兄がいたせいか、小さな頃から活発で、まるで男の子みたいだねとよく言われていた。


木登りをしたり、虫を捕まえに行ったり。小雨の中も平気で遊んで…


けれど、いつからか度々喘息発作を起こすようになり、外遊びが制限された。

変わりに家の中でも出来る女の子らしい遊びを勧められたが、どうにも性に合わない。


そんな時、近所の家から使わなくなったキーボードをもらう事があり、ピアノを弾けた母が簡単な童謡などを弾いて、みちるはそれに合わせてよく歌うようになった。


気が向けば圭太がハーモニカを吹いてくれて、父はいつもギャラリー役だったが、娘が楽しげに歌っているのを見て、嬉しそうに顔を緩ませていたのを覚えている。


そして決まって「みちるが歌うと疲れが吹き飛ぶ」と言っていた…。



料理も裁縫もまるでダメ、女の子らしい得意なものなんて何もない。


けど、歌だけは…歌っている時だけは別。



(中2の合唱コンのときは、独唱だって任されたのに…)


それぐらい、歌の上手さだけはお墨付きだったのだ。



(なのに、何で…)



「…何で……っ!」



思い切り扉を開くと、風の力も加わって、バンッと大きな音がした。



購買なんて、とっくに通り越していた。けど、そんなことはどうでもいい。



ゼイゼイと肩で大きく息をしながら、塔屋の前に立ち尽くし、誰もいないガランとした屋上を茫然と見渡す。



こんなに息が上がっているのに、喘息発作が起きる気配など全く感じない。



(おかしい……やっぱり、こんなのおかしい……!)


ふらふらとフェンスの方へと歩み寄る。



頭上には、雲一つない真昼の青空。


彼方に見える飛行機が、短い飛行機雲を引いている。




『あの出来事』は、やはり夢ではなかったと知らせるように。



『話は出来ても、生きてた時みたいには歌えない。もうあの声は出ない』


あの時のタツヤの言葉が、脳裏に蘇る。



(私…私、本当に…あの夢の中で…)



『自分の声』と引きかえに、彼の『死んだ声』を持ち帰ってしまったのだろうか…



(もう、歌えない、の……?)



すさまじい虚無感に襲われて、みちるはガックリと膝をついた。



錆びたフェンスに掛けた手が、小刻みに震えている。


(……かえして……)



「…私の声…返してよ……!」



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