誘い
俺は死んだらしい。
そして別世界に転生したらしい。
更に、どういうものか分からないが、能力と呼ばれる何かを貰ったらしい。
らしいばかりだけど、今までのことを纏めるとこうなる。
未だ理解を拒む頭を無視して目の前の少女に問う。
「頼み事ってなんだ?」
「まあまあ。せっかちは良くないですよ。まずは説明しますから付いてきてください」
そう言って建物の中に入った少女の後を追って入る。
なるほど。確かにこの子は研究者みたいだ。
中には機械が沢山あって、そのどれもが何かを指し示していた。
「私の研究は時空間の跳躍について。簡単に言うと別世界に移動することは可能かということを調べています」
「なるほど。だから俺が来たことも分かったのか」
「はい。空間に穴が空いたのを確認しましたので、その場所に行ったらあなたが倒れていました」
それで話しかけてきた、と。
何となく分かってきたぞ。頼み事とやらが。
再度少女に問う。
「もしかして頼み事ってのは・・・・・・」
「はい。人間を教えてください。生活や、身体能力。どんな生物がいるのか。他にも色んなことを」
やっぱりと言うべきか。
はっきり言って断りたい。俺の人生なんて面白いことなんてないし、そもそも話したくもないから。
後悔なんてしたくないって足掻いて、それを後悔で埋め尽くす。
そしていつからか全部諦めて、ダラダラと無駄に時間を消費してただけ。
どうしようもない。殺されて当然だ。
「嫌だって、言ったら?」
「家から追い出します」
「選択肢ねえな! ────ああもう! 聞いても後悔するなよ」
「はい。他人の人生を笑える程私の人生に余裕なんてありませんから安心してください」
若干ヤケ気味になった俺に少女が頷く。
そして、別に誇れるわけでもない俺の自分語りが始まった。
俺は普通だ。
特に秀でてるところも無くて、寧ろ劣ってるところの方が多いくらい。
ただ、自分で言うのもアレだが、そこそこ明るかった。クラスのリーダーって感じじゃないけど他人の家に乗り込んで外に連れ出すくらいには明るかったんだ。
そんな俺には幼馴染みがいた。
名前は日向っていって、馬鹿みたいに明るくてずっと一緒にいて、二人して馬鹿みたいに笑ってる。
そんな日々がずっと続くって思ってたんだ。
今から十年前。
小学生の時に日向はイジメを受けてることを知って何とかしようと思った。
今思うと大したことじゃないのかもしれない。体の傷を馬鹿にされてただけだったから。
でも俺は知らなかったんだ。その傷はずっと昔からあって、ずっと消えることはないものだって。
イジメの話に戻ろうか。
何とかしようとした俺は日向の地雷を踏んだ。教師に報告して止めようと思ったんだ。
だがそれが全部に裏目に出た。
教師が日向の「体中」にある傷を見て行動をいじめの阻止から日向の保護に変えたから。
その後はもう・・・・・・。
虐待がバレて自暴自棄になった日向のお父さんが暴れて、より日向の居場所が無くなって・・・・・・。
俺も手を伸ばさなくなった。
助けることも、関わることも諦めて、全部見なかったことにしたんだ。
「・・・・・・そう。その後は? その子も、あなたも。仲直りは?」
「してない。する前に日向が自殺したから。あいつ、笑ってたんだよ。ありがとうって。俺、何もやってないのにさ」
「なら伝わったんだと思いますよ。あなたの助けたいって思いも。あなたの後悔も。全部」
「・・・・・・だと、いいんだけどな」
本当は何が分かるんだって言ってやりたい。
所詮は他人事で、外から見た慰めでしかない。
死んで初めて好きだって気付いた苦しみや、何も出来ない無力さを実感した悔しさ。
まとわりつく喪失感も、周りから向けられる責めたような目も。
全部、全部分からないくせに。
思い出すだけでムカついてくる。
もし教師に言わなかったら、俺も見て見ぬ振りをしたら。
その可能性を考えて時間は過ぎていく。
拳を握る俺を見て何かを察したのか、少女は黙って俺を見ていた。
翌日。
昨日の暗い雰囲気をかき消すように吹き抜ける風が心地いい。
目の前いっぱいに広がる緑色の草原はおそらく俺の知る世界では見れないくらいに広がっている。
果てが見えないってどういうことだ?
「さて、なにをするんだっけ?」
答えのない会話を楽しみながら手に持ってる本を開く。
そうそう。身体能力のチェックだったけ。
今、つまり十三時から五時間戦って何をどれだけ倒せたかを見るって言ってたな。
本には草原に出てくる魔物が記されている。図鑑みたいなものだ。
出された課題は二つ。能力は使わないこと。そして途中で帰ってこないこと。
昨日のこともある。俺もできるだけ帰りたくないから二つ目は大丈夫だ。
ボケーっと草原を眺める俺の視界に迷彩柄の帽子が映った。
まずは一体目。図鑑を開いて確認する。
名前はウォー・ラビット。戦争兎だ。
容姿は兎が迷彩柄のヘルメットを被ったもの。普通に可愛い。
見た目に惑わされてると銃に撃たれて蜂の巣になるって書かれてる。
油断をするなってことね!
こう見えて足には自信があるんだ。
毎日、遅刻と戦ってたからな。
草原を駆ける。そして貰った普通の剣を握って草ごと薙ぎ払う!
飛び散った鮮血の真ん中でウォー・ラビットは動かなくなった。
「なんだ。簡単だ」
図鑑に一つチェックを入れてまた走り出す。また迷彩を見つけたからだ。
二体目のウォー・ラビットを両断して嘆息する。
魔物って大したことはないんだな。
もしかしたら死んだ時の日向の気持ちが分かるかもなんて考えてたんだけど。
またヘルメットが見えた。
走り出そうと足に力を込めた瞬間、目に紅い剣が入り込んでくる。
ちょっと、ちょっとだけなら・・・・・・。
正直、能力ってのには興味があるんだ。
剣を手に取ってウォー・ラビットを睨む。
あれを倒すのは簡単。息を殺して突っ込むだけ。
警戒する攻撃はない。一撃で倒せる。そう一撃だけなら────
地面を蹴って迷彩柄に突貫する。
紅を強く握って振ろうとした時、俺の中に何かが走った。
────殺せ。
頭に直接語りかけてくる声。それは落ち着いているようで、
────喰らえ。
悲鳴にも聞こえる。
これはヤバい。全身が危険を告げる。
冷や汗は溢れ出て、動悸は激しく脈打つ。
視界は赤く染まり喉は焼けるように熱い。
剣を投げ捨てて体を抱え込む。
寒気が止まらない。体は震え続けて恐怖を訴える。
頭が俺の死を思い出させて痛みを再現する。
全身が痛い。
これは使っちゃいけないものだと嫌でも分かってしまう。
また、後悔だ。
普通の剣を握って兎を切り裂いた。
三時間程経ったと思う。
俺はウォー・ラビットを狩り続けて草原を駆け回る。
今のところ俺の成果。ウォー・ラビットが十体。他はなし。
ここの場所は魔物が出にくいらしく全然姿を見せない。
今から帰っても二時間はかかる。帰ろうかと諦めた瞬間、
「た、助けてくれ! 誰か! 助けてくれ!」
叫び声が俺の耳を震わせる。
声のした方向を見ると人が倒れていた。初めて俺以外の人間を見た気がする。
耳も尻尾もない普通の人間だ。案外いっぱいいるのかもしれない。
そしてその人の目の前に槍を構える二足歩行の猪が立っていた。
あれは・・・・・・オークか。
槍を持ってるから普通のだな。因みにオーク・プリーストってのもいるらしい。確認するまでもなく魔法使いだ。
助けてくれと言われても、ここからじゃ遅い。どうする、俺。
「────って、考えてる時間さえもないんだよな!」
咄嗟に赤い剣を握る。
頭に響く声は無視! 使い方は分からないけど発動しろよ、能力とやら!
駆け出した瞬間、不思議なことが起こった。
赤い道。そう、赤い道だ。それが真っ直ぐに俺とオークを繋いでる。
頭じゃない。体で理解する。俺はオークを殺す。確実に!
紅い導は血の軌跡。それは「結果」すら書き換えて俺の望む「死」を作り出す!
一瞬にして俺はオークとの距離を詰める。ここまで近付けば嫌でも目に入るだろ、猪野郎!
俺を見た猪の動きが止まった。このまま俺に槍が振り回される。
乱暴に振るわれた槍は俺の体を貫く瞬間────
「ここは俺の間合いだぜ」
真紅の剣が槍ごとオークを粉々に切り裂く。
足元が赤黒く染まる。
綺麗な緑は赤を吸って風は肉片を弄ぶ。そしてそれを見て俺は・・・・・・
「ぐっ、ああああああああああああ!」
叫んだ。
勝利に浸る暇なんてない。知らない人を助けた喜びなんて欠片も感じない。
全身が軋む。痛い、痛い、痛い!
剣から聞こえる声は大きく脳を支配する。
口と鼻と目から血液を垂れ流す。
俺を見る視線が、体に当たる風が、足を撫でる草が、全てが俺に死を感じさせる。
死の予感が落ち着いたのは日が暮れて夜を迎えた時だった。
「あの、大丈夫?」
俺が助けたらしき人が手を出してくる。
その手を掴むが立ち上がることが出来ない。全身に力が入らない・・・・・・。
「はは、悪い。体は大丈夫なんだけど、力が入らないんだ」
「そっか。それにしても君強いね。一瞬でやっつけちゃうなんて」
「まあ、デメリットが強すぎるけどな。思い出すだけでも痛い」
「それは慣れだよ。僕も慣れるまでは凄かったんだから」
男はそう自嘲する。
長い髪を後ろで束ねた姿は女に見えなくもないが体格から見て本当に男なんだろう。
慣れで何とかなるのか。あの痛み。
本当に死ぬかと思った。いや、下手したら絶対死ぬ。
これからは使わない方がいいかもしれない。
「なあ、一つ質問いいか?」
「うん、どうぞ」
「お前は人間なのか?」
「うん。そうだよ。僕は────いや、僕達は一度殺されてこの世界に連れてこられた」
僕達・・・・・・?
この人の口振りからして他にも人間はいるみたいだ。それに共通して殺されている。
何か意味があるのか。
突然男が思い付いたように手を叩く。
「そうだ。君も一緒にどうかな?」
「一緒にって何を?」
「僕達は一緒に戦って元の世界に戻るんだ。その為に攻略組を組んだ。その一員に君もどう?」
「戦うって何と戦うんだよ。魔物か? それともこの世界の人か? それで戻れるわけ────」
「魔王だよ」
俺の声を遮った男は反応を確認するように俺を見つめ、そして続ける。
「魔王。つまり、この世界の王は異世界へと干渉できる能力を持ってるらしいんだ。だから倒して僕達を戻してもらう。その為に僕達は戦う」
何を言ってるか分からなかった。魔王? 干渉する能力?
そんなことはどうでもいい。戻る? 戻れる。
戻ったところで何をするんだ。なるはずだった高校生になって、理想の青春を・・・・・・。
いや無理だろ。未だに日向のことを引きずってる俺が青春? 笑わせるなって話だ。
それでも────
「ああ。協力するよ。・・・・・・やっぱり戻りたいもんな」
変わりたいのかもしれない。戻りたいのかもしれない。あの頃の俺に。ただ、下を向いて歩き続けるのが嫌なんだ。
だから俺はもう一度伸ばされた手を掴んで立ち上がった。