64海里目 演習作戦の嵐
この日、俺はあることを決心する。
「新たな演習を行います」
そうトーラス補佐官に宣言した。
「いきなりなんだ?」
「連合艦隊は新しい技術を入手しましたからね、ここは一つ演習でもして練度を上げる必要があるでしょう」
「確かにそうだが、今回はどうするんだ?」
「例のアルトゥル教の件もありますし、それと併せて演習をしようかなと思うんですけど」
「なるほどな、確かにいいだろう」
トーラス補佐官の同意を得られたところで、俺はさっそく準備に入る。
その間、45式小銃の改良版が製造されたりしていた。改良版はなんとか実戦に出せるくらいには何とかなった。それを何丁か回収し、訓練の一環にしようと考えた。
こうして十数日もの時間を費やし、演習作戦が発令される。
今回の作戦名は「ルート演習作戦」だ。
「では『ルート演習作戦』を発令します。錨上げ!」
「錨上げ!」
「両舷前進原速」
「両舷前進げんそーく」
こうして連合艦隊は、その総力を以てアルトゥル教の総本山のあるグラジル海へと向かうのだった。
その道中、連合艦隊に新しく配備されたモールス信号の出来と、それによる暗号送受信を確認する。
「さて、送信側の準備は?」
「準備よし」
「受信側は?」
「準備よし」
「では、暗号の送受信を開始する」
そういって、通信手に合図する。
通信手は早速電鍵を叩き、受信側の「龍田」に向けて打電を開始した。
連合艦隊で使用するモールス信号は、送信側が一定の暗号処理をしたのち送信され、受信側が受信した信号を平文に戻すという作業が行われる。
こうして行われた送受信作業は、すぐさま従来の通信機によって答え合わせだ。
「平文は次の通りです。『東京オリンピックは晴れ時々曇り』とのこと」
「惜しいな。『晴れのち曇り』だ」
こんなことを繰り返しながら訓練を行っていく。
こうしてみっちりと2週間、移動しながら訓練を行い、ようやく目的地の周辺に到着するころ。
俺とトーラス補佐官は旗甲板のところで外の様子を眺めながら軽く会話をしていた。
「うーん、少しばかり肌寒いなぁ…」
「そりゃそうだろう。ここは南半球なんだからな」
「それでも過ごしやすいのはありがたい限りですよ」
そんな他愛もない話をしていると、「天龍」の艦橋に一つの報告が入る。
「司令官、どうやらこの先の天候があまりよろしくないようです。念のため中にお入りください」
「ん、分かった」
俺とトーラス補佐官は艦橋内に入り、様子をうかがう。
どうやら次第に波が高くなり、うねりを伴っているようだ。
「これは危険だな。一応波に対して垂直に立てろ」
「そうですね、えぇと、面舵」
「おもーかーじ」
見たところ、まだ危険と判断するには遠いくらいの波ではあるが、それでも対策を講じておく分には問題はないだろう。
と、次の瞬間、艦が大きく揺さぶられる。
その衝撃は立っているのも困難なほどであった。
「うおっ!いきなりなんだ!?」
「総員なにかにつかまれ!」
まるで急に嵐の中に放り込まれたような、とにかく激しいうねりのようである。
「一体どうなっているんだ!」
「分かりません!ここまで海の様子が急変するなんて!」
俺は思わず羅針盤を見た。
するとそこには、回転する方位磁針があった。
「…何かがおかしい」
そう口走る。
俺は顔をあげて窓の外を見ると、そこには先ほどまでいた海域とはまったく別の景色が広がっていた。
それはまるで別の空間に移動したかのような、異次元の光景が広がっていた。
空は紫色で覆われており、遠くかなたの方には空に伸びる一筋の光の柱がある。
その異様な光景に俺は一種の不気味さを感じた。
それと同時に、なぜか俺の中であの光に向かうべきであると感じ取ったのだ。
「進路そのまま、最大戦速!正面の光の柱を目標にせよ!」
「なっ!この荒波でそんなことしたら艦がひっくり返ってしまうぞ!」
「これは命令です!」
「…分かった」
トーラス補佐官は異議を唱えるものの、俺の命令には逆らえなかった。
そのまま最大戦速によって艦隊は光の柱を目指すことになる。
それには、想像以上に艦が揺れるが、何とか転覆せずにいた。
そんな状況が10分程続いただろうか。突如として艦の揺れがおさまった。
「なんだったんだ、今のは…」
俺は羅針盤の様子を見てみる。
今のところ正常のように見えた。
そこに一つの報告が入る。
「司令官!前方に正体不明の建造物あり!」
その声に、俺は首から下げていた双眼鏡を覗く。
どうやら水平線の向こう側に大き目の建物のようなものがあるようだ。
それは俺も目視で確認した。建物自体は教会に見えなくもない。
「とにかく接近しましょう。両舷前進原速」
「了解、両舷前進原速、よーそろー」
小一時間もすれば、その建物のそばにまでやってくる。
どうやら建物は、比較的ゴツゴツとした岩肌に沿って建造されているようだ。
その一角に船着き場のような場所がある。
「どうします?乗り込みますか?」
「しかし何があるかまったく見当がつかないぞ」
「それでも行ってみなければ現状を打破できないかもしれないじゃないですか」
「うぅむ、それもそうだが…」
しばしの協議の結果、俺を先頭に45式小銃を持った小隊を船着き場に派遣することになった。
「天龍」の内火艇で船着き場まで移動する。周辺は少し霧がかかっており、少しばかり周辺の探索が困難である。
そのうち船着き場に到着すると、みなバラバラな動きで上陸していく。
その先頭を俺が行く。
あたりは静かで不気味が悪い。
俺は全員に合図をし、一本道を進むように指示する。
その一本道は、建物の入口のような場所に続いていた。その道を俺が先頭になってゆっくりと、しかし確実に前進する。
やがて建物の入口に到着した。入口になる扉は重厚な金属製であり、潮風にさらされていたのか、所々が錆びついている。
俺は能力を使って、この扉を無理やりこじ開けた。
ギギギという鈍い音を上げ、扉はゆっくりと開く。
人一人が通れる程に開いたら、横で待機していた隊員が数人中へと突入する。
「…中は問題ありません!」
中に入った隊員から報告をもらうと、俺は中に入っていく。
そこはエントランスのように広い空間であった。照明の類はなく、外からの日差しによって明かりが確保されている状態だ。
そのとき、カツン、カツン、とどこからともなく足音が聞こえる。
隊員が一斉に音のする方へ銃口を向けると、そこにはメイド服姿の女性がいた。
「お待ちしておりました、ウナバラカケル様。我らの主がお待ちでいらっしゃいます」
そういうと、女性は踵を返して奥のほうへと消えていった。
俺と隊員たちは顔を見合わせる。これは一体どういうことなのかといった具合だ。
結果として、俺が先頭になって女性の後ろをついていくことにした。
女性が向かった先は大きな礼拝堂のような場所だった。そこの正面には巨大な石像が立っており、この空間の壮大さを物語っている。
女性はその石像の前までいくと、そこで何かを唱え始めた。
呪文のような何かを唱えた女性は、突然その場に崩れ落ちる。
すると、教会全体が振動し始めた。その振動は次第に大きくなり、やがて石像が壊れて崩れていく。
そして石像が完全に倒壊すると、揺れはおさまっていく。
「…なんだったんだ、今のは」
思わず俺はぽつりと呟く。
「俺の召喚の儀式だ」
俺の疑問に呼応するかのように、どこからともなく声が聞こえる。
「な、なんだ!?どこから声が…!」
「ここだ」
声の主は石像の方からするようだ。その場にいるみんなが石像のあった場所を見る。
すると、倒壊した石像のあたりから光があふれ出てきた。
そして一人の老人の姿が現れた。
「俺はアルト=クリュース=スラウド。アルトゥル教の教祖であり、神格化した神だ」




