51海里目 復帰なるもの
テラル島に帰還して数日後、俺はクリファラン学園にいた。もちろん研究室に顔を出すためである。
実に1ヶ月半もの間離れていたわけだから、なんだか研究室に行くのに気を揉んでしまう。そんなことをしている間にも、どんどん入りづらくなる。ここは早めに入ったほうがいい。
俺は研究室のドアをノックする。数秒の間が空いてミラの声が響く。
「はーい、どちらですか?」
中にいるミラが歩いてくるのがわかる。
そのまま研究室の扉が開く。
「…あ、先輩?」
「や、久しぶり」
ミラは少しの間固まってしまう。
そして事態を飲み込んだミラは、だんだんと泣きそうな顔をした。
「せ、せんぱぁい…」
「ちょ、え、大丈夫!?」
「大丈夫です…、ちょっと驚いちゃっただけですから…」
そういってミラは俺の手を取って、その存在を確認するようにさする。
「よかった。本当に…」
「そんなに驚くこと?」
「そうですよ。だって、もし先輩が戻ってこなかったらと思うと…」
「でもこうして戻ってきたじゃないか」
「えぇ、そうですね。…ごめんなさい、取り乱しちゃって」
「大丈夫、落ち着いたならそれでいいよ」
こうして研究室に戻った俺は、研究に没頭する。
とはいっても、俺のやることはミラのやっていることの手伝いである。これまでと何ら変わりないことだ。
ただ、俺のいない間にも成果はあったようだ。
まず大きな進展として、新しい鋼鉄材料の目処が立ったことだ。これまで試した鉄鋼材料の数値が確認された。これによれば、これまでに発見されている鉄鋼とは降伏点などの数値が少し異なっているらしい。これが新しい鉄鋼材料である確証になるだろうと考えているそうだ。
現在は再現が可能かどうかを確認したいそうなのだが、残念なことに原料の鉄やクロムが底を尽きそうだとのことだ。後で補充しとかないとな。
「これが現在の様子です」
「なるほど…」
「まぁ、まだ上手くいかないところもあるんですけどね…」
そういってミラは照れくさそうに言う。
「とにかく後は再現性を高めるために、複数回実験を重ねる段階ですね」
「でも材料がないんだっけか」
「そうなんですよねぇ…。先輩が手配してくれたものだからどうしたらいいか悩んでたんです」
「分かった。じゃあすぐに頼んでこよう」
「本当ですか!ありがとうございます!」
そういってミラは笑顔になる。
なんだかミラの笑顔が俺のやる気の原動力になりつつあるな。娘を持った親の気持ちってこんな感じ何だろうか。
とにかくすぐに用意しよう。
翌日からは、久々に研究室で過ごす。特に大きく変わっているところはないものの、研究の様子などは大きく変わっていた。ロード演習作戦が始まる前は試料の作成がメインだったのが、今では作った試料の特性を調べるところまで至っている。
そして、それと平行するように作業に入っているのが、これまでに得られたデータの整理である。いわゆるグラフの作成だったり、各種数値の整理を行うのだ。
その数値整理は俺の担当になった。
「えぇっと、これはどこのやつだったかな…」
「すいません、これもお願いします」
「あ、はい。預かります」
なんだか雑用係のような感じだなぁ。仕方ないのだろうけど。
しかし、こう書類整理をしていると、専門用語が大量に出てきて大変だ。解読に時間がかかるからな。誰かに聞くわけにもいかないし、意外とつらいところである。それに何かのグラフのようなものもある。後で整理するらしい。
そしてほぼ毎日テラル島に戻り、書類整理に追われることになる。こっちはロード演習作戦の後処理の書類だ。それぞれの文書に目を通してサインをしないといけないところは、データ整理に通ずる何かを感じる。
てか最近の俺ってこんなことばっかりやってるな。
「目が疲れる…」
そんな風に島と研究室を往復するような日々が続いたある日。
研究室に入ると、ミラはが何か悩んでいた。
「ミラ、どうかした?」
「あ、先輩。ちょうどよかった。実はお願いがありまして…」
ミラの話によると、追加で実験を行うところらしく、それには二人以上でなければいけない。そのため、一人であったため実験ができない状態であったとのことだ。
「分かった。手伝うよ」
「ありがとうございます」
そういってミラは研究室の奥に行くよう、俺に指示する。
それに従って奥の方に行ってみると、そこにはさまざまな試験機が並んでいた。
それを眺めていると、ミラが何かを持ってやってくる。
「今からこれの引張試験を行います」
そういって一枚の板を差し出す。それは、引っ張り試験用に加工された金属板であった。板の中心部がクビレているものだ。
これを引張試験機に挟み込み、引っ張るのだろう。
早速ミラが装置の中から一つの機械に正対する。それが今回使う引張試験機だと思われる。
ミラがなれた手つきで試験機に金属板を装着する。
「先輩、ここを持っててください」
ミラに言われるがまま、試験機の上部にあるハンドルのようなものを持つ。方向的に回せばいいのだろうか。
一方でミラのほうは、試験機の横にある装置のようなものをいじっている。その形状から察するに、記録装置のものだろう。
あの紙はデータ整理していた時に見たからな。しかし、あの紙って応力ひずみ曲線だったのか。
そんなことを考えていると、ミラがこちらを向いた。
「先輩ってこの試験機扱うの初めてですよね?」
「あ、うん」
「じゃあ、今持ってるハンドルを左向きに回してください。なるべく一定の速度でゆっくりとお願いしますね」
「分かった」
俺はミラに言われるがまま、ハンドルを回す。
回転を始めると同時に金属板の引っ張りが始まり、それを記録装置によって記録が始まった。空気圧か液圧のロードセルでも使ってるのかな?
10回、20回と回すものの、まったく動いている様子はない。これ一体何回転させればいいのだろうか。
しばらく回していると、次第に金属板が伸び始める様子が分かるようになってきた。もう腕がきつくなる。
「先輩、もう少し頑張ってください!」
「あっはい…」
頑張ってグルグル回し続けること数分。ようやく破断までいった。
「うがぁ、疲れたー…」
「お疲れ様です、先輩」
ミラは記録装置から記録用紙を取り出す。のぞき見してみると、いい感じに応力ひずみ曲線が出来上がっていた。
「では先輩、これをデータ整理に回してください」
「了解」
「そういえば、今これのデータってどのくらいありましたか?」
「えぇっと、50以上かな?」
「分かりました。でしたら、今日中に整理しちゃうので分かりやすいところに出しといてください」
「あいよ」
そのままデータ整理に戻り、応力ひずみ曲線のデータを引っ張り出してきた。
「ミラ、ここにデータ置いとくね」
「はーい」
その日の晩、島に戻った俺はあることについて思案していた。
「次の艦…かぁ」
連合艦隊の戦力増強を考えなきゃいけない。そのためには、純粋に駆逐艦の数をそろえるか、駆逐艦の上である巡洋艦を建造するのが手っ取り早い。
数をそろえるのはもちろんだが、それだけでは足りないものがある。攻撃力はもちろん、指揮統制能力の向上も必要なのだ。
「順番に考えれば軽巡だよなぁ…。天龍型か?」
そうなれば新しい設計が必要だ。その片手間で駆逐艦の生産をすればいいかな。
「結構きつそうだけど、いけるか?」
「無理だな」
「おわぁ!トーラスさんいたんですか!てか、何にも言ってないですよ」
「言わなくても何となく分かるぞ。多分戦力を増やしたいのだろう?」
「おぉ、正解だ…」
「だが駄目だ。ただでさえ人がいないのに、さらに人を増やすことをしないでくれ」
「えぇー…」
俺の計画は、トーラス補佐官によってあっさりと打ち破られてしまった。
こうした日々を過ごし、ついに研究のすべてを発表する機会がめぐってきた。
「ついに研究発表会ですよ、先輩」
「そうだなぁ。準備は万全?」
「もちろんですよ。悔いがないようにしていきます!」
いよいよ研究発表会がやってくる。




