48海里目 交渉の末
この状態がピリピリした雰囲気というものなのだろう。
ランスエル公国が協定を結ばない状態が続く中、俺は終戦後の話を切り出していた。
「どうなんです?戦後はどういう考えでいるつもりなんでしょうか?」
「それはちょっと…」
俺の質問に、ランスエル公国側は次第にうろたえていく。
この調子だと、後一押しで落ちるだろう。
「答えられないというのは、すなわち目標というものがないというわけでしょう。それは防衛連盟加盟国としていかがなものでしょうか?」
ここまでくると、ほとんど脅迫に近い。そんな風に俺が問い詰めていると、突然部屋の扉が開く。
そこに立っていたのは、なんとリュシューファン殿下本人であった。
「突然の入室失礼する」
「殿下!如何されましたか?」
「なに、ただ彼と話をしにきただけに過ぎん。私から直々に話したほうが都合がよかろう」
それは賢明な判断だろう。自分が上から言えたことではないけど。
しかし、相手がどのような思惑でこんな外交をしているのかを知ることができる絶好のチャンスだ。
リュシューファン殿下が席につくと、一息ついてから言葉を発する。
「どうして我々がこのような外交手段を用いているのか、知りたいのだろう?」
「えぇ、まぁ。今後の安全保障に関係してきますから」
「…そうだな。簡単に言えば先代である私の父からこのようにしてきている。私はただ、父のしていたことを模倣しているだけだ」
「…え?それだけですか?」
「そうだ。おそらく父はこの世界における中立国になりたかったのではないかと思う。そのためか、まだ九大国家連盟があった時代から中立国としての振る舞いを見せるようになっていた。だが戦争が起き、クレバイルと自国との戦力差を改めて肌で感じたことで、防衛連盟に加入せざるを得なかった、と聞いている」
俺はかなり驚いた。理由がそれだけだったからだ。
いや、中立国になるならもっと他にも方法があっただろうに、と思わざるをえない。殿下の言葉を信じるならば、殿下の父親は自分が思う中立国のイメージをそのまま具現化し、それを息子にまで引きずらせていることになる。
まぁ最も、中立国という概念が薄いようなこの世界では、残念ながらそれが成り立つのは難しいだろう。
しかし、彼の言葉にランスエル公国との協定締結への糸口を見つけた。
「では、こうするのはどうでしょう?」
「何がだね?」
「我々への協力です。条件をつければ問題はないでしょう」
「…それは内容にもよるだろう」
「では簡単です。我々の協定を締結してくれるならば、戦後にランスエル公国を中立国として扱うように、防衛連盟に働きかけることを約束します」
その言葉にその場にいた誰もが口を開いた。
「カケル司令、そんな守れるかも分からない約束事を今するのは問題になるぞ」
「トーラスさん、ここで協定を結んでおかなければ、後々面倒なことになりますよ」
「今でも十分に面倒だ」
「とにかくですよ、どちらにせよ中立国という存在は今後必要になってきます。中立国には武器が必要になってくるはずです。もし、うちが最先端の武器を持っていれば、そのうち交易が生まれますよ」
ランスエル公国側の関係者に背を向けて、小声で相談する俺とトーラス補佐官。今の問題発言とも取れる俺の言葉にトーラス補佐官は若干うろたえていた。それに対して俺は、チャンスと捉える。
「次官級の会合なのに、首相級になった感じだな…」
「まぁ、こうなった以上仕方ないでしょうね…」
この件は一旦保留とし、各自で協議という形になった。
宿泊している部屋に戻った俺たちは、この件については支持するという結論に至った。理由としては、このほかにランスエル公国に有利となるような物はないと考えたからだ。
問題はランスエル公国側がなんというかだが…。
そんな一抹の不安を抱えつつ、翌日のランスエル公国との協議に出席する。
「いいでしょう。協定を締結します」
「…へ」
ランスエル公国の第一声で、気が抜けてしまった。こんなにもあっさり事が進むとは思わなかったよ…。
だが、これのおかげで最難関の国との協定を結ぶことが可能となった。
後は事務的な作業に入る。
その間を縫って、俺はランスエル公国主催の昼食会に参加した。本当なら昨日開催するはずだったのだが、協定の件ですったもんだがあったことでずれ込んでしまったのだ。
「では、防衛連盟とランスエル公国の未来に乾杯!」
このような掛け声のもとに昼食会は始まった。案の定、俺のもとには貴族の方々が大勢訪れる。しかもこれまでの国とは人数が違う。公国とも言われるくらいだから、爵位を持っている家柄もそれなりに多いのだろう。
そんな中、リュシューファン殿下が挨拶に回ってきた。
「どうだね、調子の方は?」
「殿下。…まぁ大変なものです。これまでもあのような経験は何度かしているものの、今日みたいなのは経験したことないですね」
「皆司令のことが気になるのだろう。年端も行かないような若者が艦隊を率いているのだからな」
「はぁ…」
「それよりも、協定の件、大変失礼した。どうか許してくれ」
「あ、いやいや。仕方ないことですよ」
特にこういう協定締結には各々の思惑が強くぶつかることが多い。本来なら昨日のように意見がぶつかり合うものだ。それを考えれば比較的簡単に協定を結べたとも言えるだろう。
「とにかくだ。今は食事を楽しみたまえ」
「ありがとうございます」
そういってリュシューファン殿下は去っていく。
それを見送った俺は、殿下の言葉に甘えて食事をする。一見見たところ、元の世界と同じような高級そうな料理がビュッフェ形式で並べられていた。
俺はその並べられている様々な料理を取っては食べていく。どれもおいしいという感想しか出てこない。
そのあとはなんやかんやあって昼食会はお開きになる。
夕方ごろ、俺たち一行はリヒト港へと向かう。今晩は艦艇で過ごし、翌朝一番で出港する予定だからである。
「おかえりなさい、司令」
「ただいま。いつも申し訳ないですね、ルクシュー少佐」
「いえいえ、必要なことですから」
その後は、必要事項を連絡すると雑談に入っていった。
「これ、ラインネストのお土産です」
「おぉ、ありがとうございます。すみません、気を使わせてしまって…」
「遠慮しなくてもいいんですよ。いつものお礼です」
「では頂きます…」
「それでどうです?艦上での生活は?」
「まぁ、そこそこ快適ですよ。完成して日が経ってないのもありますけど、この艦には様々な設備がついているおかげで、生活がしやすいですね」
「それはよかったです」
「文句があるとすれば、艦内が少し狭いことですかね」
「それは仕方ないことですよ。そういう設計なんで」
こんな雑談をしていると、日が暮れてくる。
数日ぶりに「吹雪」の司令官室で一夜を明かした俺は、そのまま翌朝の出港に向けて準備をする。特に食材の積み込みが主体だ。水は何とか確保できているから、食料は最優先すべき死活問題とも言える。
そのような準備も終われば、いよいよ出発だ。
リヒト港にはリュシューファン殿下が見送りに来てくれた。
「ここでお別れだな、カケルよ」
「はい、殿下」
「この度は我が国の無礼が数多くあっただろう。今一度謝罪しよう」
「いえ、いいんです」
こうしてみると、リュシューファン殿下って誠実な部分もあるんだなと強く感じるなぁ。
挨拶もそこそこに、連合艦隊はリヒト港を出発する。
旗艦の「吹雪」艦橋では、俺を含めた司令部の面々が集まり、この後の予定を話し合っていた。
「さて、次が最後の国だ」
「次となると…、あの国ですか?」
「あぁ、シドラール国だ」
何か懐かしさを感じる国であるシドラール国。ある意味連合艦隊の原点とも言える国家に、今まさに向かおうとしていた。




