40海里目 外交と対抗
アルクレー基地を出発して2時間半を超えたころ、ようやく首都のローレックに到着した。あたりはすでに真っ暗だったため、この日は要人との面会などは無しにホテルへと直行する。
車列は首都の様子を見ることもなく、まっすぐ宿泊予定のホテルに向かった。
そしてホテルの入口に到着すると、そこに待機していた警備員が車のドアを開ける。まさにVIPの扱いに若干困惑しながら、車から出た。
「本日はこちらにご宿泊していただきます」
「…何これ?」
さっき感じたVIP扱いは間違ってなかったようだ。
宿泊予定のホテルは、まさに一流とも言える豪華な建物である。
「お部屋にご案内いたします」
そう言い出てきたのは、ホテルのスタッフと思われる男性だった。そのまま後ろをついていくと、スイートルームのような広い部屋に案内される。
「こちらがお部屋になります。何かございましたらお呼びくださいませ」
「あっはい…」
今の俺は、部屋の規模に圧倒されてて他人の話があまり頭に入ってこない状態になっている。正直、これが俺への対応だという事実が受け入れられてない感じだ。
「カケル司令、大丈夫か?」
「え、あ、はい…」
「大丈夫じゃなさそうだな」
「いや、だっていきなりこんな場所に連れてこられても自分が困るだけですよ」
「その感覚はわからなくないが、一応カケル司令は部隊長である以前に、男爵なのだからこれくらいの待遇は基本的だと思うがな」
「えぇ…?」
この状態に慣れるのが一番怖いのだが…。
このあとは、トーラス補佐官と明日の予定やらを確認した。
「では我々はこちらの部屋で寝よう。では、また明日」
そして部屋に取り残された俺。いきなりこんな部屋に一人で過ごせと言われても正直困る。
部屋のいたるところが高級そうなものばかり。壁もソファもカーテンも、挙句にベッドもキングサイズだ。
「心が落ち着かねぇ…」
だが、この状況に慣れないといけないのも、また然りだろう。トーラス補佐官も言ってたし。
俺は仕方なくベッドに転がり込み、そのまま眠りについた。
翌朝。高級品なだけあってフカフカなベッドに埋もれてしまい、完全に熟睡した俺はトーラス補佐官に起こされてしまった。高級品おそるべし。
ホテルで朝食をとったあと、ロビーに向かうと昨日の男性がしっかりと待っていた。
「お待ちしておりました。早速官邸の方に向かいましょうか」
そういって正面玄関の方に案内される。そこにはきっちりと車列が整っており、すぐに出発できる状態だった。相変わらず手際の良さが光るな…。
車に乗り込むと、すぐさま車列はホテルを出て、官邸へと走り出す。
30分もしないうちに、どこかの門をくぐるのが分かると、ほどなくして建物の前に車が止まった。
すると、車のドアが外側から開けられ、降りるように促される。
車を降りると、真正面に何人かの男性が立っていた。そのうちの一人が前に出てきて、手を差し出した。
「初めまして、独立統合戦術機動部隊指揮官カケル大将。私はリクア共和国大統領のグラブレン・グール・ロゥフだ」
「あっどうも、ロゥフ大統領。連合艦隊司令の海原駆です」
俺はロゥフ大統領の差し出した手を握り返し、握手をかわす。
そのまま官邸内に迎え入れられ、応接室へと向かった。その場所はニュースなんかで見たことあるような、椅子が横に二つ並べられただけの部屋である。部屋の隅には事務官と思われる人が立っており、並べられた椅子の前には比較的ラフな服装をした人々がいた。ここでも報道陣に囲まれるのか…。
椅子に座る前に、ロゥフ大統領と握手を再び交わす。その様子を報道陣は持参していた大きなカメラで自分たちの様子を撮影していた。
そのあとロゥフ大統領は俺に椅子に座るよう促し、俺はそれに従う。そのまま雑談を交わしていく。
「その歳で艦隊の指揮を執るのは大変であろう?」
「えぇ、あぁ。ですが実際に指揮を執っていると、それなりに面白いこともありますよ」
「それは興味深い。詳しくお聞きしたいところだ」
そして会話は次第に内容のある会談へと変わっていった。
「連合艦隊は今後、クレバイルとの戦闘を如何にして行うかの検討はしているのか?」
「えぇ。まだ粗い作戦案ですが、対策を講じ始めているところです」
「それは頼もしいことだ。我が国もできる限りの協力は惜しまないつもりでいる」
「ありがとうございます」
こうして、公の場での会談は終了した。
この後は、場所を移して事務官同士の会議が始まる。これに関しては、そこまで時間は取られないだろう。だいたいは国別の条約締結に関する擦り合わせだからな。正直半日ほどあれば終わる内容だ。
その間、俺はリクア共和国陸軍の栄誉礼を巡閲したり、ローレックの街並みを眺めにいったりしていた。特に、リクア共和国を中心とした近代国家の形成の歴史を展示した博物館は色々と興味をそそられるものが多く、時間の許される限り見学していった。
時間が来てしまい、博物館から出て車に乗り込もうとする。
すると、フードを深く被り全身をマントで覆った人が人混みの中から出てくるのを視界の端で見つけた。
なんとなく気になった俺は、そちらの方に視線を向ける。その時、俺の視線とフードの奥にある視線が合う。
その視線はよくわからないが悪意に満ちた目をしていることを感覚で感じ取っていた。
次の瞬間、マントの中から何かしらの物を取り出し、それをこちらに投擲する。数秒もしない時間の間、宙を待った物体は車のそばに落下すると、爆音と共に衝撃波を発した。
「グアッ!」
反射的に能力を使って衝撃波から身を守ったが、体までは能力が及ばずに後方に飛ばされる。
そこに今回の訪問で案内をしてくれていた政府関係者が駆け寄ってきた。
「カケル大将!大丈夫ですか!」
「自分は大丈夫です!民間人の安全確保を!」
俺が民間人の安全を最優先に持ってきた理由はただ一つ。
これがテロであるからだ。テロ実行犯を確保しないうちは、どのような危険が伴うか分かったものではない。そのため、真っ先に民間人の避難を優先させなければならないと考えたのだ。
その時、爆破に巻き込まれた影響なのか、車も爆発した。能力を使って、今度は爆破の衝撃と爆風、そして飛んできた車の破片を防ぐ。
これによって現場はさらに混乱を極め、人はあらゆる方向に流れていく。
その中で、実行犯はさらに爆発物を投げようと手持ちの袋から取り出そうとしていた。
だが、それは周辺を警備していた警備員の決死なタックルによって阻止され、実行犯はその場に組み伏せられる。
「この野郎!おとなしくしろ!」
「どけっ!離せ!畜生!」
「ロープ!早く持ってこい!」
数分後、複数人の警備員によって実行犯は身動きが取れない程に拘束された。
「犯人確保!」
「こいつ…!当局を呼んでくれ!」
「了解!」
「当局が来るまでおとなしくしてろ!」
「離せ人間風情が!」
周辺は完全に犯罪発生時の規制状態だし、俺はいち早くこの場を離れるように促されたが、俺を狙ったようなテロを起こした人物を一目見ておきたいこともあって、実行犯のもとに歩み寄っていた。
「ちょっといいですか?」
「何か!?…あっ、カケル司令!?」
「はい、本人ですよ」
実行犯のそばで周囲を警戒していた警備員に話しかけると、ものすごく驚かれた。
「危ないですから、下がっていてください!」
「一応流浪者ですし、大丈夫です。それよりも、ちょっとしたお願いがありまして…」
「な、なんでしょう?」
「その、犯人の顔を見てみたくてですね…」
「はい?」
「事実上の艦隊最高司令官で流浪者の自分に爆発物投げてくるような人物って、どんななのかなって思いまして」
「そ、それは構いませんが…。面白いものではないと思いますよ?」
「いいですよ」
「そ、それでは…」
警備員の立ち合いの元、拘束されている実行犯の目の前まで来る。まだフードを被ってはいたが、パっと見だとかなり高身長で細身の男性に見える。
「もしもし、ちょいと失礼しますよ」
「なんだ貴様!やめろ!」
実行犯の言葉を無視して、フードを外す。
その容姿は、透き通るような金髪で容姿端麗、そして特徴的な尖った耳をしていた。
「…エルフ?」
そう、ファンタジー世界ではかなり有名であろうエルフが目の前で拘束されていたのだ。
「くそっ!貴様なんか!」
「なんでエルフが俺のことを…?」
「それは当局が来てからでしょうな」
「当局、というのは?」
「あぁ、カケル大将はご存じありませんね」
警備員の方が簡単に説明してくれる。
リクア共和国が構える土地はその広大な陸地であったため、大災厄直後は各地に国が数多く存在していた。九大国家連盟が結成される前に、より堅固な国家を建国するために一つの国に転換しようとしたが、当時有力な権力者がいなかったこともあり、共和制の政治体制を確立させたのだ。
その際、自治権の大小は各国の政治状況に応じて付与されたものだが、その中にエルフを含む亜人種で構成された国が存在していたという。当時は亜人種の倫理問題があり、この国に人類と同様の政治を敷くのは如何なものかという論争が発生し、最終的に最大限の自治権を与えた「自治国」として迎え入れられた。
こうしてリクア共和国の建国が宣言され、亜人種の自治国を「ロメイラル自治国」とされたのだという。
ただし、これで倫理問題が解決した訳ではないため、それらを包括的に解決することを任務とするリクア共和国の行政機関が設置された。
「それが内務自治省です」
「ははぁ…」
「そして当局というのが、内務自治省の特別警察職員、通称亜人種警察なのです」
「そうなんですね…」
「少しややこしい話で申し訳ありません」
「いえいえ、興味深い話で面白かったですよ」
そんなことを言っている間に、とある車が近くまでやってきた。
リクア共和国へ訪問してから見てきた車とは少し異なった外見を持つ車だ。その車から降りてきたのは、テロ実行犯と同じような髪色と耳をしたエルフの好青年であった。
彼は現場をぐるりと見渡すと、こちらに向かって歩いてくる。
「彼が容疑者ですか?」
ごく淡々と現状の確認作業を始めた。
「えぇ、そうです」
「なるほど。…ところでそちらの彼は流浪者の?」
「はい。カケル大将になります」
「あっ、どうも。連合艦隊司令の海原駆です」
「初めまして。私は内務自治省亜人種保安監督部警務執行課のメライス・ツェン・ディフロです」
ディフロは礼儀正しく挨拶する。その礼儀正しさに若干唖然とした。
挨拶を終えると、ディフロは実行犯の元に向かい、自身の業務を遂行する。
「彼が、連絡のあった張本人で?」
「貴様っ…!人間ごときに同胞の魂を売りやがって…!」
「…犯罪者に聞く耳など必要ない。それに私は、まだ誇り高きエルフの魂は失っていない」
「俺は騙されないぞ…!」
「…それで、彼については?」
「あ、はい。身分の確認はまだですが、軽く確認した感じでは身分を証明できるものは持っていないようで…」
「それは当局に連行してからじっくり聞きましょう。…彼を車に。もちろん厳重に拘束してだ」
「了解です」
ディフロに同行していたエルフが、その命令を実行すべく乗ってきた車から何かを取り出す。金属同士がぶつかる鈍い音が、どんなものであるかを簡単に連想させる。
取り出したのは、頑丈そうな手錠と足枷だ。それを実行犯のエルフへと装着させる。
実行犯は抵抗むなしく、拘束具を装着され、車へと載せられた。
「同胞がお騒がせしました」
「あ、いえ。大丈夫ですから…」
「彼にはしかるべき処罰を与えます。もしよろしれば、ご同行しますか?」
「あー…、私一人では決めかねるので…」
「そうですか。ご興味があるなら、後で本省に連絡してください」
「分かりました」
そうしてディフロは車に乗って戻っていった。
「…内務自治省か」
俺はなんとなく忘れないように呟いた。
『物語を1.3倍位楽しむための豆知識コーナー』
ロメイラル自治国
首都ローレッタより東に数百kmに位置する自治国。周囲を高い山脈によって囲まれており、天然の壁となっている。ロメイラル自治国へは山脈の切れ目のように出来た峡谷に設置された関所を通る必要があり、往来にはそれなりの時間と労力がかかる。




