1海里目 流浪者は落ちる
水平線に沈み行く太陽。さざ波が浜辺を綺麗にならしていく。
俺は今、海にいる。
夕焼けに染まった砂浜を歩くのが好きだ。悲しみや不安を、波の音と潮風が優しく包んで隠してくれる。夕陽が、明日の生きる希望を与えてくれる。
そして、切り立った少し高めの崖の上に登り、夕陽が完全に沈むまでノスタルジーな気分で眺める。
何とも言えないこの気持ち。この瞬間はいつになっても飽きることはないだろう。
俺達はこんな美しい世界で生きているんだ…。
なんて素晴らしい事なんだろう。
普段はこんなポエムは考えないのだが、この時ばかりは素晴らしい情景に酔いしれる。
さて、そろそろ日も完全に落ちる頃だし、帰るとしよう。
なんて考えてると、
ピキッ
と音がなる。
その音を理解しようとした時には既に遅かった。
亀裂は踏み出した右足の爪先で割れ、大きな岩となって俺と一緒に落下する。
体全体を包むような浮遊感に襲われ、思考は完全にパンクした。そしていつの間にか、目の前に海面が迫ってくるのが見えると、反射的に目を瞑った。
始まりは極普通の事だった。
小学生の頃から科学、特に宇宙に関する物が好きだった自分。自然とその類いのテレビ番組を見ていた。中学生になると宇宙に関するアニメなどを見るようになる。そこに出てくる戦艦に見惚れたのだ。やがて大艦巨砲主義と呼ばれた軍艦が活躍するアニメを好んで見るようになった。そして高校生になる頃には当たり前のように大艦巨砲主義派となっていた。
それと同時に、高校生になってからはライトノベルといった作品も読むようになった。
それ故に、俺も異世界転生して軍艦を造って乗りこなす、という妄想をしていた。
そんな走馬灯が見えた、気がした。
が、いつまで経っても海面に落ちない。それどころか、強い風を体全体が受け止めていた。
俺はうっすら、目を開ける。
どこまでも広がる青い海。遠くに入道雲が見える。そして真上には、サンサンと輝く太陽が照りつけていた。
俺はその美しさに感動を覚えた。
そんな自分が今、どこにいるかと言うと…。
空を飛んでいた。
と言うより落ちていた。
しかも近くにドラゴンとおぼしき物も飛んでいる。
俺は異世界に来れたんだ。
ずっと憧れていた異世界。転生したのは良いが…。
その結果が…
「その結果がこれかよぉぉぉぉお!!」
パラシュート無しのスカイダイビングなんて聞いてねぇぇぇ!
なんて心で叫びながら俺の意識は途絶えた。
『…そなたは創造主、物質操作と自動制御の魔の理を、またそれらを扱う強大な力を与えよう』
ぼんやりと目が覚める。
薄茶色の木製の板が真っ先に目に入る。
「知らない天井だ」
お決まりの台詞を言う。
てか、ホントにここはどこだ?確か俺はヒモ無しバンジーをしていたはずだったが…。
体を起こして周りを見渡してみると、机と椅子、本棚、小窓に自分が寝ているベッドのみの、質素な小部屋だった。しかも、部屋全体に材木が使われていて、金属的な物はあまり見当たらない。
すると、キィと音をたてて扉が開いた。
「おっ、目覚めたかい?」
そう言って入ってきたのは、盆を持った茶髪の男性だった。
「初めましてだね。俺はリフレット。この家の家主だ」
「あ、どうも。俺は駆です」
「カケルか…、良い名前だな」
リフレットさんは俺より頭一個分高いぐらいで、見た目細マッチョな感じだ。
「あの…ここはどこですか?」
俺は素直な疑問を聞いてみた。
「ここは、シドラール国ハジーサ島さ」
「シドラール…?」
聞いたことない国の名前。どうやらマジで異世界に来たようだ。
と、俺が考えていると、
「やっぱり、思った通りだ」
「えっ?」
リフレットさんが意味深な事を言ってる。
「カケル君、君は『流浪者』だね」
…るろうしゃ?
「何スか、ソレ?」
「話すと少し長くなるぞ。これを食べながらでも聞いてくれ」
そう言うと、リフレットさんは盆に乗せたシチューのような物を渡してくる。そう言われると腹減ったな。
「じゃあ、頂きます」
盆ごと受け取り、膝に乗せる。そして、スプーンを持ってシチュー(らしき物)を掬い、口に運ぶ。
…うん、間違いなくシチューだ。
「美味しいです」
「そいつは良かった。俺の自慢の嫁が作ったからな」
ガハハと笑うリフレットさん。とても気さくな人だ。
さて、本題に入ろう。
「結局『流浪者』って何ですか?」
「『流浪者』は別の世界から来た奴の事さ。大体は人間なんだが、たまに人外が来ることもある。それこそエルフやら獣人とかだな。で、『流浪者』ってのは皆空から落っこちて来るんだ」
別の世界、すなわち異世界。『流浪者』は異世界から転生してきた人。確かに俺は、『流浪者』なのかも知れない。
「それに君は運が良い」
「どういう事ですか?」
「大体の『流浪者』は、どこからともなく落ちてくる。落ちる場所が分からないから、誰にも見つけられずに陸とか海に落ちて死んでしまうんだ。そう考えると、実に運が良い」
確か、俺が落っこちてから、と言うか目を瞑ってから約5秒で意識を失った。その時はまだ地面から離れてたから、かなり高い所から落ちた事になる。
もし、地面にぶつかっていたら即死だろう。海に落ちても同じ事が言える。
「…よく生きてるな俺」
「まぁ、俺たちが近くにいたのも運の内だろう」
「あれ?リフレットさん、近くにいましたっけ?」
一緒に落ちた記憶は無いけど…。
「あぁ言い忘れてたけど、俺は飛竜使いだ」
…マジで!?