36海里目 変わる事情
10分ほど待ち、モンドローさんがリストを持ってきた。内容を見るだけなら簡単に生成できると思い、モンドローさんには席を外してもらった上で、工房の方でチャチャっと資材の山を作る。
それを見たモンドローさんは大いに喜び、ものすごく感謝された。
そのあとは報酬云々の話をして、工房を後にする。
「あとは期限まで待つだけですね」
「そうだな。だが報酬は完全後払いで良かったのか?」
「まぁ、資金確保っていう意味もありますしね…」
「うむ…」
俺たちはその足でテラル島に戻った。
「で、資金はどこから捻りだすんだね?」
「真っ先に考えられるのは、自分の給与を削ることですね」
「そうだな、私のものも削ってかまわない」
「でも、半分ほど削っても足りるか微妙ですね」
「…自分が金を生成して、それを売り払うとか…」
「そ、それはいろいろと不味くないか…?」
「最終手段です…。えぇ、多分…」
とにかく、このことは事実上の棚上げとなった。
数日後、研究室に行った俺は、加熱炉の確保に目途が立ったことを伝える。
「ほんとですか!よかったぁ、これで何とかなれそうです!」
ミラが満面の笑みを俺に向ける。それに俺は心がグッと来た。
「それじゃあ、今できることをしましょうか」
そういって彼女は、これまで作製した試料から得られたデータをまとめる作業に入った。だいたいの作業はデータの数値を整理するではあるが。
今だったらソフトを使って整理でもするんだろうが、あいにくそのような便利ツールは存在しないため、すべて手作業なのがつらい所だ。
そんなある日、テラル島の埠頭には新たに連合艦隊の隊員となる水兵がやってきていた。早速来てもらったばかりではあるが、ロード演習作戦のこともあるためすぐに「深雪」での訓練に入ってもらった。今回は熟練度を得るために、他の3隻で勤務している隊員を入れ替えさせて訓練を行う。
今回の入れ替えにより、各々の艦で慣れた感覚で行っている場合もあるため、多少不便が生じることもあるかもしれないが、それも含めて気を引き締めて艦艇の運用をしてもらいたいという狙いもあるのだ。
「というわけで、今回は4隻体制になったことに伴い、テラル島沿岸での実艦による訓練を行いたいと思う。参加艦艇は『吹雪』以下4隻、場所はテラル島西方25km地点を中心とした直径20kmの範囲だ。そこで艦隊運動訓練及び射撃訓練を行う。期間は本日1200から1800までを予定している。本日到着したばかりの隊員には申し訳ないが、本日の訓練を通して我が艦隊の様子を感じてもらいたい」
さっそく連合艦隊所属のすべての艦が出航する。俺は吹雪に乗艦し、後続の艦を見やる。こうしてみれば、駆逐艦でありながらも、その姿は雄大だ。史実では第11駆逐隊が一番有名であり、とある艦を覗いて水雷戦隊として活躍した。
そんな駆逐隊は約1時間かけて目的地に移動する。
「カケル大将、訓練海域に到着しました」
「よし。では連合艦隊による艦隊運動訓練及び射撃訓練を開始する。第一戦速、面舵5度」
「第一せんそーく、おもーかーじ!」
今回の訓練で旗艦を務める「吹雪」から順番に右へ転進する。その後は、このような運動を何度か繰り返した。
2時間ほど艦隊運動を繰り返したあと、今度は射撃訓練へと移る。まずは各砲塔内で主砲の射撃方法を新入隊員に指導させ、ゆっくりと手順を確認させながら射撃をさせた。
それから2時間以上たったころ、艦隊による統制射撃訓練を行う。
「全艦、右砲戦用意。右85度、距離10000。目標、敵艦隊」
「砲戦よーい!主砲旋回!右85度!」
「主砲旋回完了!仰角25度!よし!」
「主砲一斉射、撃ち方始め」
「うちーかたーはじめっ!」
「てーっ!」
実践さながらの訓練も終わりに差し掛かれば、ある程度の早さで射撃を行えるようになった。
こうして日が暮れる頃にテラル島に戻り、この日の訓練は終了した。そのあとは今日の訓練に関して、新入隊員からいくつか質問や疑問などが飛んできたため、それの対応をするはめになってしまった。いきなり海上訓練はさすがに厳しかったな…。
さて、こうして駆逐艦が4隻揃い、戦力としてもだいぶ充実してきたころだ。しかし、そうなれば、また他の問題が出てくるのは基本だろう。
それが、駆逐艦の装備品更新と艦隊の拡充のための新たな艦艇建造だ。装備品の更新というのは、主に魚雷を正式な武器として運用するための方法の模索で、新艦艇建造はいわゆる軽巡洋艦の開発にあたる。ゆくゆくは外洋に出て、敵海域での戦闘も視野に入れなければならない。そうなった場合、艦隊護衛や主力艦隊を編成する時に様々な場面を考慮できる。ただし、開発にあたってはそれなりの時間が必要だ。ちょうど「吹雪」を建造した時のように、ほぼ付きっ切りだからな。
「とは言ってもなぁ、今は研究室もあるし、あんまり時間は取れそうにないな…」
こんなボヤキをした所で、現状が変わるわけでもない。とにかくやるしかないのだ。
そんなわけで、すぐに片付けられる用事を考える。加熱炉に関してはまだ時間があるが、報酬に関しては準備しなければならない。これ、連合艦隊の予算として経費で落ちるかな…?そうじゃなかったら、他の方法考えなきゃな。
他には軽巡洋艦の概要図面を引くことだろう。艦型がどれであれ、あった方が後々やりやすいため、早めに手を付けて置くべきだ。ちょっとだけ簡単に考えよう。
日本海軍における軽巡洋艦の中でも5500t型が特徴的だろう。球磨型から川内型の14隻を指し、船体形状や兵装が似通っている。そしてこれが割と活躍した。
しかし、この艦型の前に天龍型を考慮した方が良いのではないだろうか。天龍型は軽巡洋艦における近代的な船体形状をした艦だ。それならこちらのほうがある程度都合がいいかも知れない。
「次の建造は天龍に決定だな」
早速紙を用意し、次期建造予定艦艇と称して概要を書きなぐった。これに関して俺個人が勝手にやることだから開発費などの予算は発生しない…はず。
大まかに書いたら執務室の机の引き出しにしまう。あとは忘れないようにしよう。
数日後、研究室出向いた俺は、ミラがまとめた研究の中間発表の内容を見ていた。
それぞれ試料の強度や降伏点を記したデータが順番にまとめられている。それによれば、今回の実験で得られた数値では、これまで作製されている鉄鋼材料より若干軟らかいらしい。そうなれば材料として使える部分が限られてくる。
「なので現段階では、学会に提出した所で見向きもされない状況に陥る可能性があります」
「分かっていてもどうしようもない状態なのは嫌ですね」
「どうにか先輩が提示した内容で研究が進められればいいんですが…」
「でもそれには加熱炉が必要で、炉自体はまだ納品に至っていない、と」
「時間はあるとはいえ、焦っちゃいます…」
「そうですね代表…」
研究室のメンバーに暗い空気が流れる。
「とにかく中間発表は提出出来たので、あとはキチンとした成果が出た発表が出来ればいいですね」
「えぇ」
「では、他に連絡事項などある人はいますか?」
「あ、じゃあ自分から」
「なんでしょう?」
「そこまで大ごとではないんですが、最近研究室にある消耗品の消耗が激しいので、追加してほしいという要望です」
「分かりました。具体的にどれですか?」
「具体的には紙とインクなどの事務道具、あと小型加熱炉のるつぼと燃料です」
「加熱炉周辺工具は私が監査委員会の方に申請を出します。事務用品はこちらで買ってきましょう」
結論が出たところで、この日は解散となる。俺も帰ろうと思い、席を立った。
しかし、そこをミラに止められる。
「先輩、この後暇ですか?」
「一応暇だけど…」
「では、私と付き合ってください!」
「…はい?」
「さっき事務用品が足りないってあったじゃないですか?なのですぐにでも買いに行っておこうかなって思いまして」
「あっそういうことか…」
いきなり何を言い出したのかと思った。
「まぁ、いっか」
「ありがとうございます!では早速行きましょう!」
「え、今から?」
「そうです。さ、行きますよ!」
そう言われて、俺は問答無用で手を引かれた。
なんの準備も無しに、クリファラン学園のそばにある商店街へと向かう。ミラは意気揚々と前を歩いていた。
とにかく今は事務用品の買い出しをしなきゃな。目的の店は学園からすぐにある。学生教授問わず、学園にいる人なら御用達の便利屋だ。
商品棚から目的の品を取り、会計に持っていく。
「えいらっさーい」
「これお願いします」
「あいよー。2.28CUになりゃーす」
「これで。領収書は研究室監査委員会でお願いします」
「あーい。どぞー」
「ありがとうございます」
「ありゃっすたー」
こうして目的は達成された。
俺はそのまま研究室に帰ろうと思ったが、それをミラに制止される。
「せっかく商店街に来たんですから、何か見ていきましょうよ!」
そしてまた手を引っ張られる。ミラに振り回されている感じが否めないが、俺も最近は研究室で実験をしては、仮庁舎の執務室で書類整理という具合だったから、たまの息抜きに良いだろう。
そんなわけだが、俺はあちこちを見て回るミラの後ろをついていくだけだ。正直、こういう場面でどう振舞えばいいかさっぱり分からない。学生だったころは女子との関わりが少なかったからなぁ…。
でも、なんとなく学生の感じを思い出すのは確かだ。
「先輩!ケチャーブ売ってますよ、食べましょう!」
「お、おう。いいぞ」
ケチャーブはクリファラン学園の学生に人気の、いわゆるファストフードのような食べ物だ。見た目はケバブのようであり、その見た目や味もまさにそれである。
それを二人分、普通のソースとチョイ辛ソースを買った。残念ながらケチャーブの購入は経費で落ちないので、俺の財布から出す。だが、学生に人気であるがゆえに意外と安い。
俺はチョイ辛の方を食べてみる。屋台売っていたケバブと変わりない感じであるが、なんとなくそれとは違う感じがした。
「いやー、このお肉の感じが病みつきになるんですよぉ」
「そうだな」
「先輩のやつも貰っていいですか?」
「…え?」
「ダメ、ですか?」
「ダメじゃあないけど…」
「じゃ、頂きますね!」
そういって彼女は無理やり俺のケチャーブをつまみ食いするかのように食べていった。
彼女はこの状況を理解しているのだろうか?俺は心臓が破裂しそうなぐらい鼓動が聞こえる。多分顔も赤くなっているかも。
「んんー!これちょっと辛いですけど、おいしいですねぇ」
「そ、そうだな…」
やばい。よく分らないがめちゃくちゃ緊張する。平常心が保てない。
こんなことしているミラは平気なのか?バレないように、そっとミラの方を見てみる。
すると、ミラは顔を伏せ気味にして押し黙っていた。よくよく見ると、耳が真っ赤になっているのが見える。もしかしてミラも緊張してたりするのか?
「も、もう研究室に戻るか…?」
「そっそうですね、戻りましょうか…」
ミラはそういうと、申し訳なさそうに手を握ってくる。うわっ…、手がちっさい…。
もうなんだが頭が真っ白になる。
気が付いた時には研究室の前にいた。すでにミラは手を離しており、研究室の扉に手をかけている。
「では先輩、また明日」
「お、おう。またな…」
そういってミラは研究室に入っていった。
なんかもう、今の俺の心境はミキサーでかき混ぜられたような感じだ。
その後数日間は、ほとんどの作業が手に付かず、トーラス補佐官に心配されてしまった。




