33海里目 開催する会談
早朝ごろクリファランに戻る際、講義が始まる前に研究室のほうに出向く。ミラはこの週末もずっと試料の作成に精を出していたそうで、その様子を見に行こうと思ったのだ。
研究室のドアを開けると、そこには机に突っ伏して寝ているミラの姿があった。彼女の目の前には大小様々な金属片が比較的分類されて置かれている。ずっと研究室に籠って作業していたのだろう。
「むぅ…。あれ、先輩…?」
「おはようございます、代表。起こしちゃいましたか?」
「いえ…。いつの間にか寝ちゃってましたね」
そう言ってミラは背伸びをする。
「研究のほうはどうですか?」
「進んではいますけど、まだまだ課題は多いです」
「無茶はしないでくださいね、代表」
「わかってます。さて、朝ごはんを食べて作業の続きをしましょう」
「では、自分はもう行きますね」
「はい。またあとで会いましょう、先輩」
簡単に言葉を交わして研究室を出る。彼女はまだまだ元気なようだ。この調子なら研究はいい感じに進むだろう。
今週もいつもの日常を過ごしていた。しかしいつもと少しだけ違うのは、週末に迫った会談があるからだろう。正直ここ数日は会談のことで頭がいっぱいだった。
限定的であるとはいえ、一部の報道関係者には対談の様子が公開されることになっている。その公開されている時に、連合艦隊としての考えを防衛連盟に伝達する予定になっているのだ。もちろん、この伝達をするのは最高指揮官たる俺の役割である。いくら段取りが決まっているといえども、さすがに緊張するものだ。
こうして迎えた金曜日の早朝。まだ太陽も顔を出していない時間に目覚めた俺は、密かに持参していた軍服を身にまとうと寮の窓から飛び出していった。
この後はサージ港の沖合数kmのところで停泊している「白雪」と合流することになっている。一時間も飛べばあっという間にトーラス補佐官たちの元に到着した。
「カケル司令、こちらはいつでも準備完了だ」
「了解。定刻まで待機せよ」
日が昇り、サージ港に船の往来が多くなってきたころ。いよいよ「白雪」が動き出す。
時間通りに入港すると、港内を動き回るタグボートの指示によって目的の岸壁に誘導される。この感じ、初めてラガスーロ海軍基地に来た時に似てるなぁ。
タグボートによって岸壁に寄せているときに、隊員たちを甲板上に出るよう指示した。これは登舷礼と言われるもので、乗組員が舷側に並んで敬礼したりする、現代ならば比較的よく見る光景だ。俺は艦橋から岸壁が言える位置に移動する。すでに埠頭には多くの関係者や音楽隊の姿があった。
やがて接岸が完了すると、舷梯が下ろされる。
岸壁に「白雪」が固定され、主機関を停止させたのを確認したら、俺は艦橋から甲板へ移動した。そこで他の隊員と共にタラップを降りる。
降りた場所で整列したところで歓迎行事が執り行われた。音楽隊が奏でる軽快な音楽が、その場を和やかな空気にしていく。
簡単ながら歓迎行事が終わると、すぐに車に乗って防衛連盟本部へと向かう。この後は短い休憩をはさんだあと、臨時防衛大綱作成のための会談が開催される。この時間を使って会談の時に話すセリフを再確認した。
「ホントにこれ話さなきゃならないのかぁ…」
「もちろんです。これもカケル大将の仕事ですから」
そばにいるジェイル大尉が答える。そうはっきりと言われると変に緊張したりするものだ。
こうして短い時間は過ぎ、あっという間に会談の時間がやってくる。
本部にある中会議場の一つを貸し切り、即席の会場が設けられた。職員の案内によって会場入りした俺は初めて部屋の中を見る。
部屋の中央には二つの長机が置かれ、お互いの代表団が向かい合って座るように椅子が配置されていた。よく首脳会談などで目にするような置き方である。自分から見て右手には防衛連盟の旗と連合艦隊の艦隊旗、さらに壁には防衛連盟を象徴する翼をモチーフとしたシンボルマークが設置されていた。一方で左手には長机に向かって椅子が並べられている。おそらくここには報道関係者が座るのだろう。
俺は中央の椅子に案内される。右隣にトーラス補佐官、左隣にジェイル大尉が座るようだ。
席に着こうとしたとき、反対側から一組の団体がやって来た。彼らこそ今回の会談の相手である、防衛連盟本部の上層部と言われる方々だ。確か本部総長に最高司令長官、参謀長官やその他各局長官が揃い踏みである。
「やぁ、君が独立統合戦術機動部隊の指揮官だね?」
「はい。海原駆です」
「私は防衛連盟本部総長のブロル・カールヴットだ。今日はよろしく頼むよ」
そう言って彼は机越しに手を差し出す。俺はその手を握り、握手を交わした。
それぞれが自分の椅子に座ると、本部職員が扉を開放する。そこからなだれ込んで来る人の波。おそらく報道関係者だろう。しかし人多くない?一部って言ってたよね?
記者達が椅子に座り、落ち着きが見られたところで、臨時防衛大綱作成のための会談が始まった。
「本日は大変忙しい中、この会談のために防衛連盟本部に訪問していただき、感謝する」
俺の目の前に座る本部総長が口上を述べる。
「いえ。現在、防衛連盟が置かれている状況を考慮すれば、一刻も早いクレバイルの降伏を願うのは当たり前のことです」
予定調和のごとく、決められた言葉を返す。
「もともと我々防衛連盟の全身にあたる九大国家連盟の時代から、かの国では不満が溜まっていた。いくら各国が困窮していた時代であるとは言え、国家としての体制は整えていないといけない。それが顕著に表れていたのが貿易だった。当時は不当な関税が掛けられていたこともあり、経済に多大なる影響を与えていたのは間違いないだろう。原因はそれだけではないだろうが、結局のところ彼らの不満が爆発したのが17年も前のあの日である。以降、我々防衛連盟とクレバイルは敵対状態となり、互いに国力を削りながら戦争を継続してきた。しかしこれ以上の疲弊は国そのものを崩壊させることにつながるだろう。よってここに防衛連盟理事会直轄独立統合戦術機動部隊に対し、クレバイルに対する臨時防衛大綱の作成に関する協力をしたいと考えている」
「本部総長の言うことは最もです。我々はクレバイルからの脅威を退け、世界に平和をもたらすべきだと考えています。我々は臨時防衛大綱の作成に全面的な協力を行いたいと思います」
「頼もしい回答をありがとう」
本部総長が席を立ち、手を差し出す。俺も立ち上がってその手を握る。
この後本部総長が会談のまとめとして、会談の成果を「実に有意義なものであった」と評価していた。
会談が終了したのち、俺は素早く軍服から候補生の制服に身を包む。後のことはトーラス補佐官に任せ、俺は文字通り飛んでサージ港へと向かった。
なぜサージ港なのかというと、午後からサージ港に停泊している「白雪」の見学をするためだ。そのため午前中の講義はなく、現地集合のための時間に充てられた。今の時刻が正午過ぎなので、時間には間に合っているはずだ。
低空で飛行し、目立たない場所に降り立つ。周りの様子を確認したあと、何食わぬ顔でサージ港正門前に向かった。
俺が正門に着いた時には、すでにほとんどの候補生が集合していた。
ものの数分もしないうちに教官がやってきて整列するように号令をかける。
「本日は防衛連盟本部にて、先日設立された独立統合戦術機動部隊、通称連合艦隊の司令官が訪問している。その関係で連合艦隊所属の艦の一隻がサージ港に寄港した。今回は特別な許可を得て、艦の見学を行おうと思う」
その許可下したの俺だけどな、と心の中でつぶやいた。
教官は簡単に話を切り上げると、正門から徒歩で「白雪」まで移動する。朝も思ったけど、基地の中って結構広いよなぁ。
10分も歩くと目的の岸壁だ。「白雪」を見た候補生たちは、各々が感じた感想を口にしていた。おおよそ驚嘆の声が多い印象だ。
そんな状況の中、「白雪」のタラップから艦長のルクシュー少佐と、元特命大使で現在連合艦隊本部の事務局長として勤務しているワーグナー長官が下りてきた。
「ようこそ、連合艦隊主力艦の『シラユキ』へ。自分は艦長のルクシューだ」
「私は連合艦隊本部の事務局長、ワーグナーだ。本日は広報の一環として同行させてもらった」
「早速だが、我々連合艦隊の存在意義と『シラユキ』について簡単に解説しようと思う。その後、艦内を軽く案内しよう」
こうしてルクシュー艦長による講義が行われた。俺にしてみれば全部知ってる内容なんだけどね。
周りの様子はどうかと言えば、大体の候補生はルクシュー艦長の説明を熱心に聞いている。おそらく真面目に聞いてないのは、俺と…まぁ、予想はしていたがウォルシュタインとその取り巻きぐらいだ。
ルクシュー艦長の説明が終わり、次は乗艦に移る。何人かで分かれ、それぞれが簡単に艦の説明を受けるような感じだ。
そして俺の番が回ってくる。残念なことにウォルシュタインたちと同じ組になってしまった。彼のほうもこちらを睨んできている。これは面倒なことになったな。
隊員が先頭に立って甲板を移動する。前甲板に出たところで解説が入れられる。
するとウォルシュタインが手を挙げる。
「質問があるんですが」
「なんでしょう?」
「これを持つ理由はあるんですか?」
「…はい?」
「わざわざこんな無駄に巨大で異質な艦を持つなんて、権力の誇示のためにあるようにしか思えないんですよねぇ」
「…それは語弊を招きかねない言い方では?」
「いえ、本心ですよ。なんでもこの部隊のトップは流浪者なんでしょう?古来よりその存在だけで恩恵を受けてきた流浪者が、ついに軍の主要なポストにまで手を伸ばしてくるのはいささか傲慢とも見て取れるのではないですか?」
明らかな喧嘩腰。完全に文句を言いに来ている感じだ。当の本人を目の前にして、なかなか言うじゃないか。
質問に答えていた隊員は押し黙ってしまった。彼にとっては予想だにしない質問であり、これに答えるには相当の責任を負わなければならない。俺が答えられる状態にあったら、少しは言い返せるんだがなぁ。
そこに後ろからワーグナー長官がやってくる。
「それは流浪者でなくとも失礼にあたるのではないか?」
さすがはワーグナー長官。ズバッと言ってくれる。
「果たして失礼になりますか?そもそも防衛連盟が担うべき軍事を、たった一人の流浪者に依存するのは間違いではありませんか?」
「それは司令が常日頃からおっしゃっていることだ。流浪者といえども一人で補える範囲は限りなく狭い。それを我々のような凡人に理解できるようにし、技術として蓄積していくことができるように考えていらっしゃるのだ」
「フッ、あなたもその流浪者に陶酔しているようですな。仕方ないことだ、強大な権力には媚びていたほうが後々融通が利くでしょうし」
「陶酔などしていない。司令は我々に可能性を示しているのだ。その例に、今いる場所を思い出してみるといい。この艦は司令自ら材料を揃えて建造したものなのだ」
「なに…?そんなことができるわけがないだろう?」
「それが流浪者だ。一見できなさそうなことを実現させてしまう。我々にできないことをやってのける。そうして生まれた可能性は、これまでの我々の技術の一部を構成しているのだ」
「チッ」
「流浪者はその長い歴史の中で我々に数多の可能性を示し、そして我らはそれを獲得していった。ただ一言に『流浪者だから』というのではなく、積み上げてきた可能性こそが流浪者なのだと私は思う」
ワーグナー長官に言いくるめられたウォルシュタイン。この調子だと反論はできないだろう。
しかし俺ってそんな風に見られてたのか?ちょっとプレッシャーに押しつぶされそう。
「質問に答えられたかな?」
「…はい」
ウォルシュタインは少し悔しそうな顔をする。その後は特に騒ぐことなく、おとなしく案内に従ってた。
こうして「白雪」の特別公開は終了した。このまま解散し、各自クリファランに帰る。しかし現地集合、現地解散は移動が面倒だ。
俺は寮に戻る前に、研究室を覗くことにした。この時間はミラと他一人しかいないようだ。進捗具合を聞いてみると、出来た試料から順にテストに回しているとのことらしい。そこそこ順調のようで、今のところ問題はないそうだ。俺は少し安心した。
数分ほど話をしたあと、俺はそのまま自室へ戻る。まだ明日も連合艦隊の指揮官としての仕事があるからな。




