31海里目 思惑の交差
研究室が閉鎖される危機に晒されている状況だが、俺もいつまでもここに入り浸るわけにもいかない。
俺には教育課程をパスしなければならないことも忘れてはならないのだ。まぁ、ダリ中佐曰く滅多に落とされるわけではないらしいが。
そんなダリ中佐とは一度会わなければならない。もちろん目的は反攻作戦大綱作成についてだ。
しかしどうすればダリ中佐と連絡を取れるのだろうか。クリファラン学園都市内にはいると思えないし、いるとすれば防衛連盟軍の軍港にしているサージか防衛連盟本部のフォートだろう。この二択で選ぶとすれば、フォートに行くほうが確実性が高いはずだ。
というわけで、さっそく同じ日の昼休みにフォートへと向かう。もちろん移動には超低空飛行による空中飛行だ。ものの30分もすれば到着する。フォートにある人気の少ない裏路地に降り、そこから徒歩で本部を目指す。一度行った場所であるため、特に迷わず着くことができた。
俺は建物に入ると、真っ先に受付へと向かう。
「すいません、防衛防衛軍総合参謀本部のセムダリ・アブドゥル=サリード・ムクーティー中佐にお会いしたいのですが」
受付の人は開口一番何言ってんだこの人は、という顔をしていた。
「え、えぇと、参謀本部のムクーティー中佐…でしたら本日は予定が入っておりましてお会いすることができません」
「いつお会いできるとかは分かりますか?」
「申し訳ありませんが、こちらではそういった面会の予約受け付けはしておりません」
「では、せめて伝言をお願いしたいのですが」
「そうですねぇ、それぐらいならいいでしょう」
こうしてダリ中佐に伝言を残すことにした。内容は以下の通りだ。
『先日頂いた資料について質問があります。都合の良い日はありませんか?クリファラン学園都市のリーから』
これで意味が伝わってくれればいいのだが…。
反応は意外にも早く、2日後の朝に研究室の扉の隙間に返答の手紙が入れられていた。
『本日夜に本部へ来られたし』
どうやら意味を分かってくれたようだ。
研究室終わりの夜更けに同じように空中を移動してフォートへ向かった。
数日前のように防衛連盟本部の受付で名前を言うと、なんともあっさり奥に通される。案内された部屋にはダリ中佐の姿があった。
「お久しぶりです、ダリ中佐」
「急にあのような伝言を残されて心底驚いたよ。今後は控えてもらいたいね」
「その件は申し訳ありませんでした」
「それで、質問があるらしいがどんなことかね?」
「反攻作戦大綱についてです」
「なるほど…。ではそちらに座っていてくれるかね?地図を持ってこよう」
俺は空いている椅子に座る。その間にダリ中佐は大きめの羊皮紙と封筒のようなものを持ってきた。
ダリ中佐は羊皮紙と紙をテーブルに広げ、自分と対面するように座った。
「さて何から説明しようかね?」
「じゃあ防衛連盟軍が想定している今後の作戦の概要について教えてもらえませんか?」
「分かった。では…」
ダリ中佐の説明を要約すると次の通りだ。
反攻作戦に際する連盟軍の行動は、まずは東西のどちらかへ進軍するかを決定しなければならない。防衛連盟加盟国は、東方・西方戦闘海域を挟んでバンイ帝国及びクレイル連邦と対峙している。そして敵であるクレバイルの本隊はバンイ帝国にあると推定されている。そこでこの2ヶ国を分断するため、リクア共和国の西南方向にある現バンイ帝国領となっている旧トグラン国へ進攻、これを解放し防衛連盟軍の前線基地を建設するのが第一の目標だ。これを達成したのち、今度は2ヶ国のちょうど間に位置する現クレイル連邦領である旧ルミン王国へ進軍し、またこれを解放する。その後は北方に進攻してバンイ帝国をまるごと大規模包囲、またはクレイル連邦北部へ抜ける進路をとるというのが大まかな方針だという。
「そして休戦または停戦協定を結び、最終的には講和条約を締結する。まだ計画段階だが、提案された作戦案の中で一番現実的なものだ」
「えぇ…?」
俺は結構困惑した。
「こんなところだ。参考になったかね?」
「え、えーと…、質問いいですか?」
「もちろんとも」
一瞬質問するのにためらったが、絞り出すように聞いた。
「…本気ですか?」
素人目から見ても無茶であることが自明の理であるこの作戦の真意を聞かずにはいられなかった。
「…君の疑問は最もだ。しかしこれが数ある条件を加味した最善の策だというのが総合参謀本部の見解だ」
「はぁ…。ちなみに戦力はどれくらいの規模で想定を?」
「1等戦列艦で比べれば連盟軍が50隻強、クレバイル側が80隻ほどで推定されている。全体で見てもクレバイルのほうが多いとして試算されているがね」
この作戦を提案した人は「不可能」という概念が頭から抜け落ちていたのだろうか。
「これ仮に包囲網が完成したとして、どうやって交渉の席に着かせるんです?」
「我々としては白旗を上げることを願っているが、これまでの戦役から見ても簡単に降伏するとは思えない。よってバンイ帝国本土に上陸、場合によっては戦闘せざるを得ないことになるだろう」
「上陸するにしても戦力は足りるんですか?」
「陸上戦力については防衛連盟各国から陸軍を招集するとしている。が、必要最低限の兵を上陸させるとなると輸送などの手間も考えねばならない故に、戦力的には厳しいところだろう」
これ大丈夫か?あきれを通り越して心配になるな。
「まぁ…君が思っていることは何となく分かる。こんなもので勝てるのかってね」
「…はい」
「いや、いいんだ。もとから言われていたことだからね」
ダリ中佐は一つため息をつく。
「君も聞いたことがあるかもしれないが、現状の防衛連盟ではクレバイルに対抗できるとは言えない。だからこそ君のような、クレバイルに対抗できる方法ないしは手段を持ち合わせている人物が必要だとされてきたのだ」
確かに聞いたことある気がする。
「無論、そんな人物が現れなかったら我々は総力を挙げて抵抗するほかないだろう。君がここにいるのは我々に求められた結果と言えるだろうね」
彼らにとっては死活問題に直結する話なのかもしれない。俺はそこに片足を突っ込んだことになる訳だ。こうなった以上、彼らが望む結果を出す責務が発生してしかるべきなのだろう。
…あれ?良く考えたら、これそれっぽいこと言ってるけど要するに他力本願ってことだよな?それで良いのか防衛連盟。
「こんな具合かね。夜も更けてきたころだし、君もそろそろ寮に戻ったほうがいいかもしれないね」
「そうですね」
だいたい聞きたいことは聞けたし、後は大まかな大綱作成に注力しよう。
俺が帰ろうと椅子から立ち上がったとき、廊下から誰かが走ってくる音が聞こえてくる。その足音はこの部屋の手前で止まり、扉が勢いよく開く。
「ムクーティー中佐は…!あっ、お取り込み中でしたか?」
「いや、構わない。何事かね?」
「は、はい。たった今入った緊急の報告です。リクア共和国領海域警備部隊が西方戦闘海域より進軍するクレバイルの艦隊を捕捉しました」
「なんだと?」
「艦隊の数はおよそ30隻、警備部隊の追跡によりリクア共和国領海域に侵入を確認したとの事。現在リクア共和国海軍が防衛のため出撃、防衛連盟本部に連盟軍の派遣要請が出ています!」
クレバイルが防衛連盟絶対防衛戦を越えてきた。その事実だけで、俺の中で何かが揺れ動いた。
「状況は理解した。ディーリッヒ中将は?」
「連絡済みです」
「よし分かった。私もすぐに行こう」
「あの、ダリ中佐!」
「何かね?」
「俺も行きます」
何であれ、クレバイルによる侵略行為が今まさに行われている。連合艦隊が設立された理由である目標がいるのなら、自分が行く以外の選択肢はないだろう。
「駄目だ」
「えっ?」
ダリ中佐は何の迷いもなく否定した。
「どうしてですか?敵が来ているんでしょう?」
「そうだ。だが今君が出る幕ではない」
「それじゃあ連合艦隊が設立された意味がないじゃないですか」
「確かにそう思うことがあるだろう。私もただ頭ごなしに否定している訳ではない」
「では何故…?」
「理由はある。一つに現場は果てしなく遠いことだ。ここから西方戦闘海域側のリクア共和国国境は7000km以上。どんなに君の艦が速くても数日はかかるだろうね。もう一つに戦力の不足。いくら艦が強くても、たった2隻で敵艦30隻を相手にするのは無茶というものだ」
その言葉にハッとする。
「もし君の出番があるとすれば、それはこのヒルノ海上国家に敵艦隊が進軍してきたときだろうね。それまでは我々に任しておいて欲しい」
少し冷静になって考えれば当たり前だ。駆逐艦2隻が出来ることは限られているわけだし、いくら自分に期待しているとは言っても今までクレバイルの侵略を阻んでいる事実は確かだ。
ここはグッとこらえるべき時なのかもしれない。
「とにかく、今は防衛連盟軍部が対応する。もし君の出番があるならその時はまた呼び出そう。今日のところは寮に帰りなさい」
その言葉通り、俺はクリファランへと戻った。とにかく今は彼らに任せるべきなのだ。
というか発生した出来事が重大しすぎて、本来の目的を忘れかけていた。反攻作戦大綱の作成をしないといけなかったんだよな。
自室に戻った俺はさっそく机に向かい、ダリ中佐から聞いたことを思い出しながら紙に簡単にまとめていく。
大綱内容は防衛連盟軍に準ずるものとした。そのためまずは防衛連盟と共に旧トグラン国に進軍し、解放のちに前線基地を建設する。ここからバンイ帝国本土上陸の足掛かりにするというものだ。
この作戦を遂行するために必要なもので真っ先に思い付くものは揚陸艦だろう。そこに載せるのは防衛連盟国の陸軍部隊になるだろうが、陸上戦力は厳しいとの話をしていた。そうなると連合艦隊側で少数ながらも陸戦隊を編成し、小銃や機関銃、可能なら戦車の配備を検討すべきだろう。もちろん海上戦力としての戦艦や重巡、数個の水雷戦隊を配備したい。
となると少なくとも駆逐艦数十隻、軽巡洋艦数隻、重巡洋艦2隻以上、戦艦2隻以上、揚陸艦10隻程度と上陸用舟艇が必要になると考えられる。空母及び艦載機については、現在必要に迫られていないこともあり、後回しということになるだろう。でも偵察要員としての航空機は欲しいところだ。
以上をトーラス補佐官と共に簡単な大綱としてまとめ、防衛連盟本部に提出する予定である。
一応これで本来の目的は達成した。今日はぐっすり寝れそうだ。
週末、テラル島に戻る際に手にした新聞には、リクア共和国に侵攻したクレバイルを撃退したとの記事が掲載されていた。




