29海里目 交渉と思考
「新しい鋼材の研究…ですか?」
前回行ったきり、来ることの無かった研究室。この日は研究室にミラしか居なかった。
「はい。以前に耐熱合金に関する研究を行っていましたよね?それの延長のような形で新たな合金の研究を行ってみたいな…と」
「私たちも新しい鋼材の研究をしていますが、具体的にはどのようなことを?」
「そうですね…。鉄に各種の希少金属を合わせたもの…とかですかね?」
しどろもどろになりながら返答する。正直研究する価値があると彼女が判断してくれれば、こちらとしてはほぼ要求を押し通せる。そのためなら詭弁まがいの答弁でもすることは覚悟の上だ。
「そのあたりだと、いくつか先行研究があるはずですけど…」
「勿論ただ混ぜるだけではなく、それらを比較的簡単な方法で量産できるような研究がしたいと考えています」
「やけに具体的ですね…」
ミラが怪訝な様子でこちらを伺っている。まさか個人的な要件だとも言えるわけがない。
…いや、逆に利用してしまえばいいのか。ごく一部の人間にしか知りえない「情報」として。
「…それがですね」
俺は訳ありな雰囲気を出すため、わざと体を前に倒し、小声で彼女に話しかける。
「実はある人物から聞いた話なんですけど…」
「な、なんでしょう?」
「私のことを紹介してくれたダ…ムクーティーさんの人脈伝いで、ある人物が接触してきたんです。話を聞いてみると、先ほど言った新しい鋼材を早急に完成させ、量産させたいと頼み込んできたんです。そうすれば双方ともに益をもたらすだろう、と」
「なんか嘘くさいような気がします…」
「私も最初はそう思いました。ですが、その人の所属を聞いたところですね、なんと防衛連盟に新設された部隊の幹部だったんです」
「えぇ!?それこそ嘘っぽいですよ!」
「でもムクーティーさんの知り合いですよ、もしかしたら本当かもしれないじゃないですか」
「うーん、でもぉ…」
彼女はかなり悩んでいるようだ。当たり前だろう。今ここで判断できる材料はほとんどなく、確証を持ってこの話を飲むことは考えられない。
ここは一旦引くべきかもしれないな。
「分かりました。今は進行中の研究がありますし、そちらを先に片付けましょう。それが駄目だった時に、もう一度この話を検討しましょう」
ここまで言っといてなんだが、論点ずらしに近い強引さを感じる。
「そうですね…、ひとまずそうしておきましょう…。では気を取り直して、今日の活動を始めましょう!」
彼女はそういって立ち上がる。
「…今更ですけど、あなたのことなんて呼べば…?」
「へ?」
先ほどまでの彼女の意気込みとは打って変わって、全く関係のない疑問を投げかけられ、俺は腑抜けた返事をしてしまった。
「先週初めて来たときは研究室の現状とか、今後の予定とかを話しして帰しちゃったので…」
なんか俺も悪い感じになってるじゃないか。実際そうだけど。
「別にリーで十分では?」
「うーん、それだとなんか素っ気ない気もするんですよ…」
そんなに悩むことなのだろうか。
「そういえば今おいくつですか?」
「十…八ですね」
「ほぇー、私から見れば先輩になるんですね」
彼女は少し考えると、何か納得したような顔をする。
「じゃあ決定です!今日から先輩と呼びます!」
「いや何故?」
率直にツッコんでしまった。
「私が呼びたいから呼ぶんです!いいですよね?」
良くないわけではないんだが…。
その日は研究のための事前準備で終わった。先ほども新たな鋼材の研究をしていると言っていたが、どうやら加工のしやすい鋼材の改良をするらしい。準備のためにいくつか資料を見たのだが、未だ読めない部分が多いのは今後死活問題になるだろう。
その晩、寮に戻った俺は薄々感じていた不安要素を解決しようと思考していた。
それは連合艦隊所属の兵に訓練をさせていないということである。今までは防衛連盟に出向いたり、テラル島を改造して連合艦隊本部を作ったりなどして、割と時間に余裕がなかった。そしてクリファラン学園都市でほぼ軟禁状態である現在では、確実に支障をきたすおそれがある。
何故俺が今まで本格的な訓練をしてこなかったというと、艦艇の兵装に理由がある。まず「吹雪」「白雪」は、元を辿れば自分ひとりで扱えるように調整した物である。しかし、成り行きで他人に操艦をさせることになり、そのまま連合艦隊を創設するに至った。つまり個人の使い勝手で出来ている艦を他人が扱うにはリスクが伴うということである。
一応他人が使用しても問題ないような設計をしたつもりではあるが、どのような問題が発生するか分からないのが怖いところではある。しかしいつまでも自主訓練と称して兵員たちを野放しにしておくのも、また問題なのだ。
「頭が痛くなる…」
とりあえず週末の一時帰宅を利用して、装備ごとの扱いを指南していくことにしよう。そのために簡単な使い方を記した説明書のようなものにでもまとめるか。
そしてもう一つ、問題を解決せねばならないものがある。
「反攻作戦の大綱作成かぁ…」
防衛連盟軍総合参謀本部から届いたそれは、かなり悩ませる部分が多い。
簡単に羅列しても、敵戦力がどの程度か、どこから進攻するのか、どこを中継していくのか、最終目標は何か云々…。そう考えるとさまざまなパターンが想定され、それによって必要になる艦艇・兵器が変わってくる。ていうか全部想定しなければならないのか?
「余計頭が重くなるな…」
それに伴う戦力の拡充は急務だろう。現状「吹雪」と「白雪」の2隻が最大戦力なのは何もできないと同義である。せめて「初雪」と「深雪」を建造して、第11駆逐隊を編成したいところだ。さらに軽巡洋艦も建造して水雷戦隊を結成できれば上々といったところか。だが、軽巡洋艦の建造はそれなりの時間が必要なのは明白だし、駆逐艦の建造も「白雪」みたいな二の舞はしたくない。
「あぁ、考えたくねぇ…」
だが嘆いているばかりではいられない。とにかく行動を起こしていかないと。
…
リクア共和国から西に約5000km、西方戦闘海域に指定されるエルトルリ海を進む一つの艦隊がある。
クレバイル所属第10艦隊、旗艦「バイステール」以下35隻を擁する外洋遠征艦隊だ。
その大艦隊を指揮するドルファン・アイルステン提督は「バイステール」の艦長室で海図を眺めていた。
すると艦長室のドアがノックされ、一人の中佐が入ってくる。
「アイルステン提督、情報局から電文です」
ドルファンは顔を上げた。
「読みたまえ」
「はい。『敵は新たな部隊を編成す。司令官は流浪者にあり。戦力は無きに等しく直ちに敵対せんと思われん』…以上です」
「ほう、流浪者が指揮を執る部隊か…。なかなか面白くなりそうだな」
ドルファンは海図を指でなぞり、ヒルノ海上国家の上で止める。
「これはすぐに我々の前に現れることになるだろう。だが今は問題ない」
彼は立ち上がり、机をぐるりと回った。そして確認するように指示を送る。
「今回我々に与えられた任務は、敵領域内に前線基地を確保するための偵察及び敵軍の動向を察知する、いわば前哨作戦である。くれぐれも深追い無用、過度な砲戦を避けるよう今一度各艦に通達せよ」
「はっ」
中佐が出ていくところをドルファンは見届ける。そして再び海図に視線を落とす。
本日は晴天で、波も穏やかである。艦隊は一路、連盟国絶対防衛線を目指し航海を続けている。




