27海里目 兵学校へ行こう
ダリ中佐から予想だにしない問いが飛んできた。
「学校…ですか?」
「そうだ。君はこの世界に来る前は学生だと聞いた。少し懐かしいとは思わないかね?」
そう言われれば否定はできない。この世界に来てから既に数ヶ月以上の時間が過ぎているが、毎日のように濃い生活を送っていたせいか、もう何年も前のように思えてくる。
「でもこれから君に通ってもらうのは、一般教育課程の方ではなく兵学校のほうであるがね。もともとは民間人だったんだし、この世界での軍事を学ぶチャンスでもあるだろう」
「まぁ、そうですけど…」
「どうだ?悪くはなかろう?」
「悪くはないんですけど…。ただ、テラル島の整備もこれからですし、あまりそちらに集中するのも気が引けると言いますか…」
「なに、安心してくれ。君には、富豪や貴族が後方勤務に勤しむために必要な知識を習得する予備役士官教育過程で、他人と一緒に3ヶ月ほど学ぶだけさ」
そうは言われても乗り気ではないのが正直なところだ。
「表立った話はこれぐらいにしておいて、少し別の話をしようかね」
「別?…裏の話でもするんですか?」
「まぁ、それに近いかな」
ダリ中佐は少し前傾姿勢になって囁いた。
「実はだな、予備役士官教育課程が行われる兵学校はクリファラン学園都市にあってな。そこはクリファラン大学を擁する研究学園都市として成り立っている。その学園都市の第113研究室に所属して成果を上げてほしいというのが本来の話だ」
「…えぇ?」
いきなり指定された研究室に所属しろなんて、誰だって困惑するだろう。
「ムクーティー中佐、なぜカケル大将が第113研究室に所属しなければいけないのですか?」
俺の心の疑問を問いかけてくれたのは、先日昇格したジェイル大尉だ。
「最もな指摘だな。もちろん理由はある」
ダリ中佐がソファの背もたれの寄りかかると、少し息を吐いて話し始めた。
「私はもともとクリファラン大学で工学を学んでいてね、当時は鉄鋼の研究をしていたんだ。その時に所属していたのが第113研究室というわけさ。大学を卒業して軍に入隊しても、しばらくは研究室に赴いていたし多額の寄付もした。だがね、ここ数年目覚ましい成果は上がってこないうえに、最近出来た第231研究室が優秀な研究結果を残している。このままでは数年以内に第113研究室が廃止になることは確実だ。私は決定について後からどうこう言うつもりはないが、思い入れのある場所だからね…。どうにかして存続させられないかと考えていたところに、君に白羽の矢が立ったわけだ」
そういうことなら引き受けてもいいような気がするが…。
「大尉、どう思います?」
一応ジェイル大尉に相談してみる。
「少々悪く言えば、こちら側に一方的な要求をしているとしか思えません。こちらにも有利な対価がないなら応じるべきではないかと」
「…だそうです、ダリ中佐」
「うむ、真っ当な意見だね。兵学校への入学だけでは駄目だったか」
ダリ中佐は少しニヤッとすると、上を向いて考え込んだ。
「では何か君にとって有益なものがいいね。…そうだな、私の持てる権限で防衛連盟軍の情報を渡すか、各国にいる知り合いの富豪からの資金の調達、と言ったところかね?」
この辺りが妥当なところだろう。情報はどの程度のものが入ってくるのかは分からないが、資金ならあるに越したことはない。
だがここは確定させておきたいところでもある。
「ちなみに情報はどのようなものが得られるのか、また資金はどの程度融通してもらえるか、大まかに教えてもらえますか?」
「そうだな…。機密情報の一部は渡せるだろうが、君がどのようなものを望んでいるかによって変わるだろう。資金については…、彼らの気分次第だろうね。なるべく出資してもらうようには頼んではみるが…」
どれだけ融資してもらえるかは不明…か。
「まぁ、仮に資金を出してもらえなくても連合艦隊のような組織がいることを認知してもらえるだけでも少しは違うかもしれませんね」
「でも君のところの組織はもうすぐ有名になると思うね」
「なぜです?」
「時期に分かるんじゃないかな?」
なんか含みのある言い方だなぁ。
最終的に兵学校の事は後日連絡ということで、この日はテラル島へと戻った。
埠頭にある連合艦隊本部仮庁舎の執務室に入ると、そこには幾つかの書類を抱えたトーラス補佐官がいた。
「カケル司令、戻ったのか」
「はい。…その手に持ってる書類は何です?」
「これか?全てカケル司令宛ての親書だ」
「…はい?」
「中はまだ見ていないが、2通ほど有名な貴族から差し出されてる。良かったな、モテモテだぞ」
トーラス補佐官の顔は隠しきれない笑いで口角が上がっている。
一方の俺は、いまだ状況がよく分かっていない。
「大方お見合いの打診だろうな。まだ組織として出来上がったばかりなのに、なかなか素早い行動だ」
「何の話なんです…?」
「まだ分からないのか?結婚の話だ」
そこまで言われると、流石に焦る。
「い、いやいやいやいや!結婚なんてまだ早いですよ!」
「そうか?カケル司令は今16だったはずだから、少しばかり気の早い貴族ならそろそろ婚姻の話が上がってくる年頃だろう」
「だからって俺が結婚だなんて…」
「まぁ、焦ることはないがな。こういうのはいかに相手の要求をかわせるかが勝負だ」
そういうアドバイスを求めているわけではないんだが…。
「あぁ、そうだ。親書以外にカケル司令宛ての書類も届いている。目を通しておいてくれ」
「あっはい…」
横にジェイル大尉を置き、マンツーマンで書類を解読する。なるべく早く読めるようにならないと、今後の活動に影響をきたしそうだ。
数日後、ダリ中佐から兵学校の案内が届いた。そこには年明けから始まる講義に出席する旨と、予備役士官教育過程での偽名などが同封されていた。そういやもう年越しなのか…。ヒルノ海上国家周辺の気候がずっと夏みたいなものだったから、感覚的な意味で忘れてた…。
そして例の研究室に関する資料も一緒に届いた。最近評価を得た研究発表は「純粋な科学技術による耐熱合金の生成法」という10年近く前の論文。最盛期は50人を越える研究員も今や10人もおらず、再来年度の予算をもって打ち切り、研究室は解散する予定だそうだ。
「先が思いやられるなぁ…」
そして少しばかりの時間が過ぎ…。
年が明け、今年は創世歴1744年となった。正直そんな感じはしない。
新年早々、各大使館や庁舎など、いろんなところへ挨拶回りに行く。ヤーピン皇国の大使館にお邪魔させて頂いたときは、かなり日本っぽい雰囲気を感じた。餅やおせちなどが並び、ほぼ宴会状態の中で危うく飲酒しそうになったけども。
そして1月4日、クリファラン大学の多目的ホール。支給された制服に身を包み、この日から大学での学園生活が始まることを肌で感じていた。
「諸君らはこれから人の上に立つことになるだろう…」
このように話をしているのは、この予備役士官教育課程最高部長のクリコール・グライディン少将だ。防衛連盟軍総合参謀本部作戦課に属しているという。ちなみにダリ中佐はグライディン少将の部下であるため、俺の入学に関する打診は容易だったそうだ。…あれ?これよく考えたら裏口入学では?
「リー候補生、あとで私のほうに来てください」
ここでは、自分は「リー」という偽名で過ごすことになった。出身はランスエル公国で18歳、両親はすでに他界して今は養子として暮らしている…って設定重すぎませんかねぇ…?
個人寮に荷物を置いて、その日のうちに同じ大学敷地内の研究室に出向く。大学本棟からそこそこ離れたところにある、B12工学研究棟という建物が目的地だ。若干迷いはしたが、無事に着くことはできた。外見を見ると、補修がされていないような古めかしい雰囲気を醸し出している。一歩間違えれば廃墟のようにも受け取れそうだ。
そんな研究棟に入り、目的の研究室を探す。
「第113…113…。ここか」
どうやらこの研究棟は複数の研究室が入れるような構造になっているようで、途中の部屋にはかつて存在していたであろう跡が残されていた。
「うわぁ…、変に緊張するなぁ…」
ダリ中佐からは第113研究室には話を通してあるとは言われたものの、どんな人が出てくるのか分からない。中佐は心配するなとは言っていたが、さすがに無茶を言わないでくれと思った。というかダリ中佐顔が広すぎではないか?
たが、ここでウジウジしていても仕方ないのは明白だ。俺は勇気を出してドアをノックした。
少しばかり間をあけて、部屋の扉がわずかに開く。
「はい、誰ですか?」
その隙間から覗く顔は、少しばかりやつれた男性の顔だった。
「は、初めまして!新入りのリーです!」
「あー、君がリー君ね。ちょっと待ってて、今代表呼んでくるから」
そうして、その男性は再び部屋の中へと消える。
何度かの物音がしたのち、走ってくる足音が聞こえ、そして勢いよくドアが開く。
「お待たせしましたぁ!」
そこに現れたのは、自分よりわずかに背の低い少女だった。
「初めまして!私、第113研究室改めトルカチョフ研究室の代表をやってます、ミラと言います!」
「初めまして、リーです」
部屋の一角、様々な書籍が納まる本棚に囲まれた休憩スペースで互いに挨拶が交わされる。
研究室の雰囲気とは異なり、代表のミラはかなり元気だ。
一方で、すぐ横にある個人に当てられたデスクにいる数人はあまり気分が優れないようにも見える。
「ムクーティーさんからは話を聞いています。単刀直入ですが、今年末までに開かれる研究発表会で何とか評価を得なければいけないんです」
それは大前提だろう。研究というのは何かしらの好評を得なければならないからだ。
「それは分かります。具体的にはどうするんです?」
「現在進行中の研究を続けるしかありません。早速ですが資料を持ってきますね」
ミラは席を立ち、デスクの書類をかき回す。そこまでデスクの上が散らかっているわけではないが、物を大まかな分け方にしているため、どこか整頓のなっていない印象を受ける。
1分ほどで数枚の紙を持って戻ってきた。
「これです、これです」
渡された紙を見てみる。すべてを読むことは出来ないが、要点ごとに読み込むと大まかな内容が見えてくる。
どうやら新しい鉄鋼の開発を目的に行っているらしい。
「トルカチョフ研究室は設立当時から鉄鋼の研究を続けてきました。これは現在も変わりません。最後の最後まで鉄鋼の研究を続けたいんです」
それはこの研究室に対する誇りとも呼べるものだろう。その考えは分からなくもない。
彼女の考えは、ダリ中佐の願いでもある。俺はこの期待に応えなければならないのだろう。
「分かりました。その前に、まずは詳しい話を聞いてからにしましょうか」
「はい!よろしくお願いします!」
今後数ヶ月は忙しい学園生活になりそうだ。
『物語を1.3倍位楽しむための豆知識コーナー』
第113研究室
創世歴1649年創設。近年になってから研究室に固有名をつけることになったため、創設当時代表だったトルカチョフの名を冠して「トルカチョフ研究室」と呼ばれるようになった。
研究内容は主に鉄鋼。




