26海里目 完成と始動
防衛連盟軍司令部との兵棋演習を行ってから早数日。
ようやくではあるが、私設軍の概要がまとまってきた。防衛連盟理事会直轄の武力組織として設立することになり、今まで私設軍とだけ呼んでいたものは正式に「防衛連盟理事会直轄独立統合戦術機動部隊」となる。
ただ、これだと名称があまりにも長いため、通称として「連合艦隊」の名が与えられた。
これからは連合艦隊として行動することになるが、一体何が連合なのかと思うだろう。
それは現在作成中である、連合艦隊の独立性や行動などを定める「連合艦隊制定法」に、「連合艦隊司令部は必要ならば、防衛連盟加盟国の部隊を借用することが出来る。ただし、相手はこれを拒否する権利がある」という一文がある。これにより、防衛連盟加盟国の部隊を召集し、連合艦隊の作戦行動に加えることが出来ることを示している。
また前述の制定法に伴って、各国の現役軍人や退役軍人、民間からも広く募集がかけられることになった。まぁ、これに関しては仕方がないとしか言いようがない。今はとにかく人が必要だ、人がいなければ動かせるものも動かせない。
そして、この連合艦隊制定法を作成する上で必要になるものが一つ。
「連合艦隊の拠点…ですか…」
久しぶりに戻ってきた「吹雪」の艦長室。机の上は連合艦隊設立のための様々な資料が積み上がっていた。
艦長室には、俺のほかにトーラスさんが一緒にいる。
「この港は防衛連盟軍が使用するためのものだ。今は了承を得て停泊しているが、連合艦隊が発足すれば退去指示が出るのは間違いないはずだ。それにここの設備では、まともな補給も出来ないだろう」
「それは分かりますけど、どこか拠点になるような場所があるんですか?」
ヒルノ海上国家には、もう空いた土地があるようには見えない。
「候補はいくつか上がっている」
そういって差し出された紙には何かが書かれているようだが、自分には全く読めない。
「…ごめんなさい、なんて書いてあるか分からないです」
「あ、そうか。すまない」
トーラスさんは現在候補に上がっている場所を、簡潔に述べた。
リクア共和国に2ヶ所、ヤーピン皇国とランスエル公国に1ヶ所ずつ、ヒルノ海上国家周辺に2ヶ所の候補が上がっているそう。
「理事会の見解では、ヒルノ海上国家に近いほうが何かと融通が利くだろうとのことだ」
「じゃあ、なんで遠くに何ヶ所も候補が上がってるんですか?」
「…そうだな、ヒルノ海上国家が成り立った歴史は覚えているか?」
「はい、一応は…」
「ヒルノ海上国家は埋め立てて作られた。逆説的に言えば、埋め立てなければならないほど土地が足りなかったとも受け取れる」
「…つまり、もともとあれだけの島は存在しなかったと?」
「そうだ。ただ、この辺の島は海岸線から2、3kmほどは離れないと水深は一気に深くならない。それがヒルノ海上国家が現在の場所に作られた要因だ。無論、それだけの土壌を盛るとなると、計り知れないほどの資材と労力が必要になっただろうがな」
そもそも、海を埋め立てる工事というのは非常に大がかりなものだ。水深が浅いのならまだ良かったものの、それが深い場所であるならそれだけ作業量も増える。
そういった面で見れば、ヒルノ海上国家は全体的に広くなだらかで浅い暗礁の上に成り立っているのは順当な判断だと言えるだろう。
「どうしようかな…」
なるべくならヒルノ海上国家の近くで広い土地を確保出来るのが一番なんだが、そうなると島の拡張工事をしないといけなくなる。
「…ん?拡張工事?」
頭の中にあったピースが一瞬のうちに整った感じがした。
「トーラスさん、ヒルノ海上国家周辺を示した海図ってありましたよね?」
「あぁ、そうだな。海図室にあるはずだ」
早速海図室に赴き、海図をのぞき込む。
そして一つの島に目を付けた。
「トーラスさん、この島に拠点を置きましょう」
「テラル島…。そこまで大きくない島だが、一体何をするつもりだ?」
「つまりですね…」
こうして5日の時間が過ぎ、テラル島へとやって来た。何しに来たかと言えば、答えは一つしかない。
ここに連合艦隊の本拠地を構えるための工事をしにきたのである。
一応ヒルノ海上国家の領域内というのもあり、各種許可取りで少し時間がかかったが、意外とすんなりと通ったのは少々驚きだった。
そしてありがたいことに、「ヨハンの書」の応援要請も受理され、出動してくれたのだ。
「それで、まず何から始めるんだ?」
関係者を乗せた「吹雪」の甲板で、トーラスさんに尋ねられる。同行している「ヨハンの書」にも計画案を共有しているが、実際にやりながら進めたほうが分かりやすい。
「まずは島の拡張から始めます」
こうしてテラル島拡張工事に着手するわけだが、厳密には島の海岸線全てをある程度埋め立てることから始める。幸いにも、テラル島には砂浜のような柔らかい海底ではなく比較的水深のある固い岩石が遠浅で存在するため、地盤改良の必要がほとんどないのがありがたいところである。
島の拡張するための埋め立てを行うために、護岸を整備することから始めた。水深が10mほどの海域におおよその拡張した島の形に沿って広く砂を盛り、場所によってはその上に大きな石のようなものを落としていく。
この作業には「ヨハンの書」も加わり、主に砂や石の生成に一躍買った。彼らは魔術書を開いて呪文のようなものを唱えることで、それに記された物を生み出すことが出来る。これをヒルノ海上国家建設時に行ったという。
これを「吹雪」の後部甲板から爆雷を投下するように、土砂を海底へと落としていく。とはいっても海底までの水深はかなり浅く、「吹雪」の喫水ギリギリなのは少し怖いところではある。これは専用の船舶を用意する必要がありそうだ。
もちろんすぐに出来るわけではなく、何日もかけて護岸整備を行い、どうにかして島一周分の土台を落とし終えた。艦で乗り入れられない場所は内火艇を出したし、非常に面倒だった。
次は、実際に海を隔てるためのコンクリート構造物を設置する。水深が浅いところはケーソン式で、深いところは捨石式を使っていく。巨大なコンクリートの塊が生成され、綺麗に並べられていく。
これもまた即日完了するものではない。てかそもそも即日完了するほうがおかしい。第一、こんな巨大な塊一つ生成するだけで全身の力が抜けて倒れそうになる。今は3番砲塔に接続されている魔力伝達パイプから、直接魔力を吸収しながら休憩を挟むことで事なきを得ている。しかしこの状態が続くと思うと気が滅入るし、早急に対策を講じる必要が出てくるな…。
これも数日かけて全て設置した。捨石式は特に手を施すことはないがいろいろと心配なため、捨石との接触部を完全に固定する。
これでようやく埋め立てを行える。ここからは「ヨハンの書」の腕の見せ所である。
全員が同じ魔術書を手に持つ。それを開いて呪文を唱え始めた。彼らが使うのは、ヒルノ海上国家建設にも活躍したものを再編纂した最新版の土の魔術書だ。人数も10人いるわけだから作業スピードは滅茶苦茶早い。単純に土を投下すれば良いだけだからな。
もちろん、ただ投下するだけではなく、それを均しながら排水作業を自分が平行して行う。土台を押し固めてなければ、その上に建物は作れないし、液状化現象は避けなければならない。
この作業自体は単純であったが、今まで以上に範囲が広大であるため、これも数日の期間を要した。
工事も終末に差し掛かると、ちらほらと野次馬が見られるようになり始める。トーラスさんが持ってきてくれた新聞には、「第二のヒルノ海上国家誕生」という見出しが大きく書かれていた。まぁ、言いたいことは分からなくもないが、こうも決めつけられた言い方をされるとこちらも反応に困る。
こうして、約1ヶ月の期間を経て島自体の拡張工事は完了した。また、これを以て連合艦隊の作戦本部を含む活動拠点をテラル島に置くことが正式に決定した。
この日は防衛連盟本部にて設立記念式典が執り行われた。とは言っても、防衛連盟の内部で設立された新しい部隊なだけあって意外にも質素な式典となった。「吹雪」と「白雪」の搭乗員が整列し、防衛連盟軍司令長官から艦隊旗と教訓、そして連合艦隊制定法なる法令の公布・施行が宣言された。この式典には防衛連盟司令部の要人のみが参加するのかと思ったが、実際に出席した関係者の肩書きは大方質素とは言いがたいような方たちが大勢だった。
どちらにせよ、今後は連合艦隊として活動する。最高指揮権を有するのは大将の階級を得た自分だ。トーラスさんは少将、そのほか数人の水兵も階級が元のそれより高くなった。
その翌日、俺は残りの作業を終わらせるためにテラル島に戻った。
島自体の拡張が出来ても、外洋に面していると波の影響で埠頭として機能しなくなってしまう。なので港は湾のようになっている所に建設するのが常である。東京湾や瀬戸内海で港が多く点在しているのは、湾内の波が穏やかであるからだ。
これと同じようにテラル島にも波の穏やかな領域を作ってやらなければならない。
そこで今日はジャケット工法と呼ばれる工法を用いて湾擬きを作る。
ジャケット工法とは主に海上に建設される構造物で用いられる工法である。上部構造物を海中の脚部や海底の杭で支えるもので、実例で言うならば、海上の石油プラットホームや羽田空港のD滑走路が有名で分かりやすいだろう。
今後埠頭となる場所と消波堤を、このジャケット工法で建設する。これらは埋め立てた時よりも格段に範囲が狭く、簡単に出来るため、ほんの2,3日で全ての作業が完了した。
これでテラル島拡張工事は終了。この後は連合艦隊本部を機能させるためのインフラ整備が予定されている。これは自分がやるのではなく、専門の業者がテラル島に来て作業を行うとのことだ。その他にも建築物や道路整備も業者に依頼するつもりである。ただし埠頭周辺の設備は、今のところ自分にしか出来ないため自分でやるしかない。しかしこの自分にしかできないような技術は、後々のこと考えると一般的なものにしておきたいなぁ…。
さて、テラル島に諸々を移管する準備を進めていると、ある人物が自分もとを訪ねてきた。
「私は防衛連盟軍総合参謀本部のセムダリ・アブドゥル=サリード・ムクーティー中佐だ。気軽にダリと呼んでくれ」
軍港にある建物の一室、第4応接室に自分とジェイル中尉、ダリ中佐とその部下がいた。
「えぇと…、ダリ中佐、なぜここに呼び出したのですか?」
「それはだな、君に一つ話をしようとしようと思ってね」
そういって一呼吸置いて、ダリ中佐は口にする。
「学校に通ってみないか?」
「…えっ?」
とんでもない話に開いた口が塞がらなかった。




